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大きな木の下で  作者: 小田 浩正
第一章
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1-2




 陽が傾き始めて、車窓から入ってくる陽に眩しさを覚えながら、僕は前に抱えたリュックサックを守るように座っていた。

 電車は西へと向かって走り続ける。

 車窓から見える景色はビルによって全く見えないなんてことは、もうなかった。西に進めば進むほど、ビルから住宅街、そしてついには家など見当たらず、田んぼや畑が遠く彼方まで見渡すことが出来た。

 途中で電車は駅で止まるのだけれど、なぜこんな場所に駅があるのかと思う場所もあった。乗客はそれらの駅では全く降りようとはしない。だから僕が降り立つ駅でも、人があまり見られないのだと思っていた。

 だけれど、予想に反して僕が降り立った駅ではそうではなかった。電車からは僕も含めて大勢吐き出される。田舎町だと思っていたけれど、そうでもないらしい。

 僕は人ごみに押し流されるようにしながら改札口を通り、そこで一人の少女を見つける。まだ春とは思えない寒さを感じるこの頃でも、ミニスカートを履いているように活発的な印象を持たせてくれる女の子だった。

 どうやら少女の方も僕と目が合ったことで気づいたらしい。こちらに駆け寄ってきて声をかけられる。

「本当に女の子だね」

「……」

 最初にかけられる言葉がこうなることは、前々から予測できたことだった。というのも、もう初対面の人間はこれが恒例だったからだ。

 僕の外見は女子そのものだった。顔のラインに口鼻目元、顔のパーツは女子ものを張り付けれれていた。そして夏でも焼けない白い肌に、平均身長よりも少し低い背丈が加わることによって、誰から見ても小学生の女の子だった。

「私が相川七海。よろしくね、アユくん」

「アユくん?」

「《歩》だからアユくん。別におかしくないでしょ?」

 目の前にいるのは七海という少女。僕の従姉である。

 だけど、こうしてお互いが会うのは初めてだった。

 どうしてなのかというと、従姉の家族と一緒に住んでいる祖母と、僕の両親は仲が悪かったのだ。というのも、両親が祖母から結婚を認められずにそのまま駆け落ち同然のことをしてしまい、それ以来祖母の住むこの街に戻ってくることはなかったのだ。

 僕が生まれる前のことだから、祖母と、そして一緒に住む従姉の家族とは、僕からしたら初対面なのである。

「私のことは七海でいいから」

 そう言うと彼女は、僕の手を掴んで引っ張っていく。少し手のひらから汗が吹き出していて、握られた瞬間に僕は謝りたくなる。あまり人と握手などすることがないから、いざこういう時に緊張するのだ。

 これから七海と僕が向かうのは祖母の家だ。

 今日から僕は祖母と従姉の家族にお世話になる。

 つまり引っ越してきたのだ、この街に。

「何年住むことになってるんだっけ?」

「一応……両親が戻ってくるまでは」

 僕の父親が海外に単身赴任することになったのだ。なのに、家族一同で付いて行くと母親が駄々をこねたのだ。僕は海外に行きたくなかったから、母親に反対したため、頼りになるのが祖母の家しかなかった。だから両親が日本に帰ってくるまでは祖母の家で住むことになっていた。それが中学生までなのか、高校大学まで住むことになるのかはっきりしていない。

「でも、今日からはもう家族だからね」

 家族……。

 僕はその言葉に少し体を強ばらせてしまう。

 こうして七海と話しているだけでも、僕は緊張しているというのに、その家には祖母と叔父叔母が待っているのだ。挨拶なんて出来ないように思えた。

「これからよろしくお願いしますね、アユくん」

 田舎町だから古臭い家なのかと思えば二階建ての新築の家だった。その家の玄関を開ければ、待っていたのは清楚な女性だった。雰囲気は違うけれど、見た目は僕の母親と変わりなかった。なぜなら叔母と母親は双子の姉妹であり、叔母の方が妹であったから。

「……は、はい。よろしく、お願いします……」

 僕はボソボソとしか喋ることができない。それでも頭を下げながらそう言ったので、叔母はわかってくれたようだった。

「荷物は先に届きましたから、部屋に置いてありますからね。触っちゃいけないと思ったので何も開けてませんから。何か困ったことがあれば七海が手伝うようにしてね」

「うん」

 落ち着きのない母親とは違って、しっかりしたお母さんの叔母。双子なのにここまで違うのか、と僕はそう思ってしまう。

 七海が先に家に上がって、僕もそれに続いて家に上がろうとした瞬間。

 リビングと繋がっているであろうドアが開く。

「来たのかい?」

 少しかすれた女性の声。

 僕はそちらの方に顔を向ければ、白髪が目立った女性が視界に入る。背筋が真っ直ぐで、歳を感じさせない人であった。

 たぶん、この人が僕のおばあちゃんなのだ。

 だから僕は慌てて、頭を下げて挨拶をしようとしたのだけれど。

「来たのなら私にも伝えてくれれば――」

 僕と目が合った瞬間、おばあちゃんは口を開けて唖然とした。

 まるで時間が止まってしまったかのように、静けさが玄関に満る。

 何が起きたのだろうかと、僕は階段にいる七海の方に目を向けようとした時。

「え……?」

 いきなりおばあちゃんの顔が一気に血の気が引いて真っ青になる。

 そして、ついには前に倒れてくる。

 僕はすぐさまおばあちゃんを支える。

「ど、ど……どうすれば」

 頭がパニックになってしまい、僕もおばあちゃんのように倒れそうになった。






「まぁ、立ちくらみ程度だから、心配するほどじゃなかったんだけどね」

 七海はそう言ったのだけれど、確実におばあちゃんは歳を取っているのだから、万が一のことを考えていたほうが良いと思った。

 あの後、救急車を呼ぶことはなかった。七海や叔母が僕よりも速やかに行動したおかげか、おばあちゃんは少し横になっただけで具合は良くなった。

「でも、なんでアユくんと顔を合わせたくないなんだろう」

 それは僕も疑問に思っていた。

 具合の良くなったおばあちゃんに挨拶をしに行こうとしたところ、和室で看病していた叔母から、おばあちゃんが僕に会いたくないと言われたのだ。その理由はわからないけれど、たぶん、おばあちゃんが倒れた原因は僕にあるのではないか、そう考えることが容易に出来た。

「そんな気にすることじゃないよ」

 七海は僕の肩を叩いてくれるのだけれど、それだけで心が落ち着くわけではなかった。

 会いたくない理由が確実にあるはずなんだ。

 それは、おばあちゃんが倒れてから三日が経とうとしていても、未だに考えてしまう。教室内の席に座っていると、どうしてか、そんなことが頭を過ぎる。

「……っ!」

 僕は一度目をつぶる。

 考えることを強制的にやめさせる。

 こんなことを考えていたら、またアレが体の奥底から溢れてくる。

「そういえば誰かと友達になれたの?」

 なぜ、そんなことを教室内で話してくるのだろうか。

 僕がこの街に引っ越してから、三日が経とうとしている。その間に入学式があって、中学生活は二日目を迎えた。

 小学生のころは私服で過ごしていたのだけれど、中学生になってからは学生服を着ての登校で、今も違和感が包み込んでいるけど、時間が経つにつれて慣れていくのだと思う。

「だから友達が出来たの?」

「あんまり聞かないでください」

 僕は丁重に話をやめてもらう。

 頭の中では別の話題を思い浮かべていたというのに。

 二日目に入ったけれど、すでにクラスは大きく分かれていた。それが男女で分かれているというわけではなくて、同じ学校同士の人と固まっているのだ。この学校は近くにある二つの小学校から生徒が集まってくるらしい。だから、ほとんどの人間が小学生以来の友達を持っているのだ。

 そんな中に僕が入る余地などあるだろうか。

「アユくんと友達になりたい人、いるのになぁ」

 そう諭すように言われても、僕は困るだけだ。

 僕は別に友達を積極的に作ろうなんて思わなかった。出来たら出来たで、それはそれで嬉しいのだけれど、またアレが出るのではないかと思うと、友達を作る気にはなれなかった。

 友達がいない方が安心感を持つことができた。

「歩くんに声をかけるなんて相当の勇気が必要だからね、七海」

 僕は横に顔を向ける。

 そこに立っていたのは、黒縁メガネをかけた女子だった。確か、名前は諏訪田美咲さんだったと思う。七海に話しかけているということは、どうやら七海とは小学生の頃から知っているのかもしれない。

「そんなことないのに。ねぇ、アユくん?」

 僕に同意を持ちかけられても困る。

「私は七海から歩くんのことを聞いていたから良かったけど、他の人にはキツいよ。だって女の子よりも綺麗な男の子なんて、スペック高すぎだから」

「可愛いんだから男子もアタックしてもいいのにっ!」

「そんな男子がいると思うの?」

 あの、クラス内に響く声で話さないでくれいないでしょうか。僕はそう言いたくて仕方なかった。それも、僕の目の前で。

「まぁ、時間が経てばそのうち友達くらい出来るよ」

 慰めるようにそう言われるのは嫌だった。けれど、僕は諏訪田さんにそんな顔を見せることはしなかった。それは人としてダメだと思うし、何より、僕の知らないところで憎まれるのは嫌だった。

「席に着いてくれ。大事な書類を書いてもらうからな」

 休み時間は終わり、先生が入ってくる。

 僕は一度深呼吸する。

 先生の話を真剣に聞くためじゃない。

 心を落ち着かせないと、また僕は一人になってしまうから。





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