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大きな木の下で  作者: 小田 浩正
第四章
26/30

4-5




「もう症状なんて出ないんだろ?」

 僕はそれに頷く。

 向かい側に座るのは我流さんで、僕たちは今、商店街にある喫茶店でお茶をしていた。今日も偶然我流さんと出会って、今は座らされていた。

「一応はそうなんですけど……」

 我流さんに頷いたものの、まだそういう成果は出ていない。でも、学校では気軽に話せるようになったことで、女子からは近づいてくれるのだけれど、未だに男子での友達が出来なかった。僕が寄ろうとすればそそくさ逃げていってしまう。なんでなのだろうか。

「学校ってあっという間に終わってしまうんだからな。積極的に動いていかないと今までどおりだぞ」

 まだまだ時間はたくさんあるように思う。

 僕はまだ十三年間生きてきて、学校というものは自分の人生の半分以上を占めていた。そうなると僕には学校にいる時間はどうしても長く感じてしまう。大人になったとき、あっという間だったな、と思うことになるのだろうけど、僕にはまだそういう気持ちは理解しがたいことだった。

「友達を必ず作れとは言わないさ。意見の合わない人間はこの世に大勢いるんだ。人の数だけ考えは色々あるんだから、みんな思っていることは違うはずなんだ。だから歩。恐ることはないんだ」

 僕はそれに「はい」と答える。

 我流さんから言われたことは確かに僕の人生を変えてくれた。

 一生背負っていくかもしれなかったあの病を僕は克服して、こうして徐々に一歩ずつだけれど前へと足を進めている。

「我流さんには頭が上がらないですよ」

「だからな、俺は当たり前のことを出来る範囲でやっているんだ。歩が思っているみたいに俺は超能力者でも魔法使いでもないんだよ」

 いや、実際僕は超能力者とも魔法使いとも思った覚えはない。超能力者はわからなくはないけれど、魔法使いとなると――魔法少女が頭の中で連想してしまって、「ぶふっ」と声を漏らしてしまう。

「何だよ、いきなり」

「いえ、ちょっと」

 絶対そんなことは言えなかった。言ったら何をされるか、わからない。それがだいぶ怖かった。我流さんを怒らせるのは何か自分の体内のどこかで危険だと警告していた。

「こうして過ごしていると、時間が止まっているように思えるな」

 紅茶を口に運んでいると、我流さんはそう呟くように言った。小さく僕に話すために言ったことではないようだったけれど、僕の耳には確かに入ってきていた。

 僕も我流さんの気持ちはわからなくはなかった。

「この街に来てから、ゆったりとした時間が流れているように僕も思います」

「やっぱ、そう思うか?」

 我流さんは確認するようにそう聞いてきたから頷くと、我流さんは一度瞳を閉じて何かを考えるように空を仰いだ。

「毎日がこうして平和に続いていくんだ。いつまでもこういう時間を送っていきたい、よな……。でも、やっぱりダメなんだよな――」

 独り言を呟き続ける我流さんを見て、僕はおかしく思った。

 この人でもやっぱり色々考えることをしているのだ。僕が困っていた時はすんなりと答えてくれていたけれど、自分のことにはだいぶ答えを出すのに困っているようだった。こういうのを見ていると、我流さんも遠く離れた人間じゃなくて普通の身近な人に見えてくる。

 だけど、次の言葉には耳を疑った。




「――……綾女は邪魔者、か……――」




 そんな言葉が彼の口から出てくるとは思えなかった。何かの間違いかと思った。

 だから僕は聞き直した。

 なんと言ったのか、と。

「綾女はこの街にとって良くない、ということだよ」

 我流さんは表情一つ変えずにそう言った。

 その言葉に僕は反応した。

 立ち上がって怒鳴り上げる。

「それはどういう事なんですかっ!」

 自分からこれほど怒りがこみ上げてくるとは思ってもみなかった。

 いつもならこれほど人に対して怒りをぶつけることなんてしないはずなのに、僕は抑えることなど出来なくて、我流さんを睨んだ。

「綾女さんがどうして邪魔者なんですかっ!」

 周りのお客さんなど気にせず、思ったことを口にする。

 冷静の欠片もない。

 ただ、ただ怒りに任せて僕は声をぶつけた。

「どうして、どうしてそんなことが言えるんですかっ! なんで――」

「――本当のことだからだ」

 その場が凍りついたような気がした。

 僕は絶句した。

 その言葉に対して何一つ否定できなかった。

 我流さんは真剣な顔をしていた。そして何より僕が意見を言ったところで何も受付ないような気がした。自分の言っていることは間違いはないと。

 その顔を見てしまえば、僕から反論することは出来なかった。

「まだ終わっていないんだ。完全にこの街から消えていないんだよ」

 終わっていない。

 消えていない。

 それが指すのは、たぶん《呪い》のことだ。

「綾女が解放されない限りこの街は良くならないんだ。だから、もう仕方ないんだ。もう待っているわけにはいかないんだ。綾女をこのまま、この土地にずっと、縛り続けるわけにはいかないんだ」

 僕は我流さんが焦っているように見えた。

 何に対してなのかわからない。

 ただ、綾女さんを解放する方法があるようだ。先日の時点では綾女さんの肉体が見つからないということで、様子を見るような話をしていたはずだった。

「明日、あの木を燃やす」

 ……明日。

 それは僕にとっては早すぎると思った。こんなにも早いものなのか、そう思わずにはいられなかった。もっと先の、もっと綾女さんと話すことが出来ると思っていたのに、これでは綾女さんのことを何にも知らないまま、分かれてしまう。

 僕は少し力が抜けて、椅子へと腰を下ろす。

「俺たちにはどうすることもできなかったんだ。祖父は天才だった。俺たちには歯が立たないんだ。それは今も、これからも。祖父の作り上げたものを完全に崩壊させるには、元となっている基盤を完全に壊すことだけなんだ」

 病院の屋上で聞いた話を思い出す。

 綾女さんたち三人の《気》はあの桜の木の前で我流さんの祖父に奪われた。そしてそのままあの木に魂を定着させられたと我流さん本人の口から聞いた。

「あの木は樹齢千年を超えそうなくらいの老木なんだ。それはつまり、この土地に千年も根付いてるということなんだ」

 千年という長い時間をあの木はあの場で過ごしてきたのだ。

 人はその間に何人も死んでいき、何人も生まれ、街は変わり、景色は少しずつ変わっていたのを、ずっと見守り続けてきたのだ。

「あの木はこの街と繋がっている。それは俺たち《気》を扱う人間よりも確実に大地に流れる《気》の流れを捉えることが出来る存在だ。何世紀も一心同体で生きてきているからな。だから祖父は上手く利用したんだ」

 少し謎が解けたような気がした。

 綾女さんたちがあの木に縛られているのも。

 しかし、疑問はまだ残っている。

「綾女さん以外の二人はすでに解放されているんですよね? なのに、まだ《呪い》は続いているんですか?」

 僕はこのことを小声で我流さんに聞いた。周りの人にこんな話をしているのを知られたりしたら、困ったことになると思ったから。

 そして我流さんは教えてくれる。

「親父と俺はに《呪い》は薄まっていると思っていたんだ。さすがに二人を解放した後、すぐには効果が出るとは思っていなかったから、十年前に俺はこの街の外で綾女を探すのと同時に見守っていたんだ」

 確かに薄まっていた。

 だが、異変が起きる。

「三人で分担していた《呪い》は綾女一人になったが、時間が経つにつれてこの街に流れている《気》と同化し始めたんだ」

「え、でも――」

 僕はそれが間違っているように思えた。

 綾女さんに対して僕が症状を表に出してしまった前に、綾女さんはこう言っていた。

『この街にも入ってこられるようになったのね……』

 それの意味はもしかすると、《呪い》が薄まっていき、僕たち外部の人間がこの街へと徐々にだけれど入ってこられるようになった、という意味だったのではないかと。だから、我流さんお言っていることと、矛盾してしまっているから僕は困った。

「まだ始まったばかりだから影響はそれほど見て取れないんだよ。今がちょうど《呪い》の効力が一番低いところにまで下がってきているだけで、そのうちまた効力は増すどころか、暴走し始めるかもしれないんだ」

「暴走……」

 そうなるといったいどうなるか。

 たぶん、この街から誰ひとりとして出られなくなるに違いない。

「だから、歩。理解してくれ」

 僕はその言葉に頷くことは出来なかった。





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