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大きな木の下で  作者: 小田 浩正
第四章
25/30

4-4




「……う、……アユ、くん……?」

 あの後七海は我流さんによって目を覚ました。

 薄らと弱々しくだけれど、彼女は僕の顔を見ると「……よかった」と呟いて、安心した顔をしていた。いらない不安をさせてしまったことに僕は少しだけれど、申し訳ない思いがある。だから七海の安心しきった顔を見られて僕もホッとできた。

「本来彼女に流れているべき《気》の位置がズレていたんだ。少し手を加えるだけで良かったんだよ」

 僕にだけそう説明してくれた我流さんは、僕たち家族に頭を下げて病室から出て行く。おばあちゃんもこの件で一応わだかまりがとけて、感謝の気持ちを込めて礼をしていた。

 僕は立ち続けることなど出来ずに、病室から出て行く。

 そして僕は我流さんを見つけると叫んだ。

「我流さんっ!」

 廊下の向こう側で我流さんはこちらに振り向く。

 だから僕は頭を下げて、感謝の言葉を述べる。

「我流さんのおかげで七海は助かりました。それだけじゃないです。僕のことについても治してくれましたし、おばあちゃんの誤解も解くことが出来ました。全て我流さんのおかげです。感謝しきれないことをしてもらったのに、僕は――」

 今の僕には何もできない。

 たぶん、これからも出来ないと思った。

 僕を含めて四人の人生を変えてくれたのだ。七海は生死との狭間から引き上げてもらい、おばあちゃんは姉である綾女さんとの誤解を解くことができ、そして僕はこれから生きていくなかで必要な人との関係を築き上げることができるようになった。

 これらのことを一人の人間によって全てを変えてくれたのだ。そんなことが出来るのは我流さん以外には見つかるとは思えない。

 そして、誰かが真似することもできない。だから僕には我流さんにはそれ相応のお返しなど出来ないと思ったのだ。

「歩、俺は普通の人間だ。お前が思っているような超人じゃないよ。ただ先祖から伝わってきたモノが他人との差を分けてしまっているだけなんだ」

「それでも、その力が確かに七海を救ってくれました。それは間違いはないはずですっ!」

 だけど、我流さんは僕の言葉を聞いても、あまりいい顔はしなかった。

「そうかもしれない……。歩にはそう思っていてくれると同時に、言っておきたいことがあるんだ」

 我流さんは少し顔を下に向けてから僕を見て告げた。



「助けられるモノは助けている。ただそれだけのことだよ。だから俺にも助けられないモノくらいはあるんだ」



 その言葉の意味を理解するのには、今の僕には不可能だった。

 それを理解するのは、数日後のことである。




「ねぇ、歩」

「なんですか?」

 僕は顔を横に向けると、綾女さんがいる。

 七海が目を覚ましてから一日が経って、僕は綾女さんのいるあの木に足を運んでいた。

 昨日のことでおばああちゃんとも関係は良くなったから、家からこうして逃げていなくてもいいのだけれど、居心地はこちらのほうが良かった。

 春と夏の間に挟まれたこの時期は、太陽の下で寝っ転がっているのが一番快適に過ごしやすいと思った。

「ねぇ、こんなのがあるんだけど?」

 綾女さんが起き上がって、僕の顔近くにあるものを見せる。

 それは黒く土で汚れてしまった軟式の野球ボールだった。それも何年か前に代替わりする前の型だった。僕が野球を始めてまもなく少しだけ変わったから、練習などでは使ったことがあって懐かしさがあった。

「これをどこで?」

「草壁のあの館から取ってきたの。もう人は誰もいないから勝手に持ってきてみたの」

 それは盗みじゃないのかと思ったのだけれど、そうはならない。

 一応僕たちがいるこの木周辺は、草壁の館の敷地内であり、綾女さんはまだ盗み出していないことになる。と言っても、綾女さんは魂だけなのだから、盗みを働いてもどうせ罪には問われないと思う。

「さすがにグローブはボロボロだったから持ってこなかったけど、野球はできるよね?」

「野球は人チーム九人でやるものですから、全員で十八人必要な球技なんです」

「え……?」

 綾女は目を瞬かせてしまう。

「二人でボールを投げ合うのはキャッチボールって言うんですよ」

 僕は真上とボールを投げる。

 珍しく投げたボールは自分の思っていたよりも素直に重力に縛られないで上へと向かった。そして重力に引っ張られて戻ってきたボールを取ってみると、少し体を動かしてみてもいいかな、と思った。

「綾女さんはスポーツとか出来たんですか?」

「ちょ、……え、あっ!?」

 僕は綾女さんの様子を見ていて笑みが溢れる。

 僕がそう聞きながら綾女さんにふわっとボールを下から投げてみると、予想通りというか、お決まりというか、綾女さんはお手玉するようにボールを取った。

「運動オンチだったですね」

「……うぅ」

 僕も昔は運動オンチだったのだ。

 もしかすると、僕の母親もあまり運動は得意ではなかったから、先祖代々運動オンチだったのかもしれない。

 そう思うと、綾女さんとはやはり血が繋がっているんだな、という気持ちが込上がってくる。でも、それが祖母と孫という関係じゃなくて、どちらかといえば顔が似ているから双子のような感覚だった。

「おりゃ!」

「あぁ……」

 上手く足が踏ん張れずに腕も曲がっていたから、僕とは別の方向へとボールが飛んでいってしまう。

「投げ方教えますから、上手くなってくださいよ」

「なんで歩から教わんなくちゃいけないのよ」

「僕が綾女さんより断然スポーツができるからです」

 僕は綾女さんにボールを握らせてから、背中側から両手を掴む。まるで僕が綾女さんを操り人形にしているような感じだった。

 幽霊とは思えない確かな肌の感触、そして僕よりも少し暖かい温もり。

 それを感じると綾女さんは今でも生きているように思えてしまうのだけれど、我流さんの祖父である人に魂を利用されていて、未だに解放されていないのだ。その方法は見つかっているというのに、彼女の肉体が見つからなければ解放されないのだという。今僕が触っているのが肉体と思えてしまうのに、これは偽りなのだ。

「いつまでもこんな毎日が送れればいいのにね」

 ふいにそんなことを言われて、僕は困って質問する。

「なんでそんなことを聞くんですか?」

 綾女さんは太陽に手を伸ばす。

 眩しそうに目を細めて陽の光を浴びる。

 僕はそんな彼女を見つめる。

 そんなことを聞くということは、まるでこんな日常が続かないようなことを言っているように聞こえてしまうじゃないか、とそう思った。

「歩がこうして、ここに来れなくなるかもしれないし、私がいつここから消えてもおかしくはないからよ」

 僕はその言葉が妙に心に引っかかった。





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