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第四章《始》
あの連絡を受けてから、僕は一度家へと戻った。
この街で受け入れてくれる病院は少し家から離れているため、叔母の車で向かうことになったのだ。まだ家にはおばあちゃんがいるから、一緒に同行することとなった。
「……私のせいだ。……七海にあんなことを話したから……」
横に座るおばあちゃんは、僕と初めて会ったときと変わらないくらい蒼白な顔をしてしまっていた。理由はわからない。ずっと独り言で呟き続けていた。そしていつも通り僕の方へと顔を向けることはなかった。
僕はこの状況を上手く飲み込めていなかった。
なんで七海が事故にあったのだろうか。
それが偶然なら仕方ない。そう心を落ち着かせることは出来なくはなかったはずだ。
でも、あの時僕に叫んだ言葉を思い返すと、七海が事故に遭ったのは僕のせいじゃないのか、そう思ってしまう。
必ずしもそうじゃない、それもわかっているけれど、あの言葉から想像すると僕のところに向かっていたんじゃないかと思った。僕のところへいち早く駆けつけるために走っていたところに事故に遭った。
どうして七海が僕のところに向かっていたのか、その理由はわからない。
もし仮に、七海が事故に遭わないようなことを考えると、僕がそもそもあの場に行かなければ良かったんだと思ってしまう。
「……っ!」
僕は座席に座りながら、太ももに置いていた両手が足を押しつぶそうとしていた。
もし僕があの木の元へ行かなければ、僕は綾女さんに誤解を解くことなんて出来なかった。あの場に行かなくては、綾女さんには会えなかったはずだ。
僕はどうすれば良かったんだろうか。
「着いたよ、おばあちゃん、アユくん。……行こうか」
後部座席に座っていた僕たちと違って、叔母は冷静だった。
心の中では、今見ている叔母の様子とは違い、今すぐにでも娘である七海の無事な顔を見たくて仕方ないはずだと、僕は思った。なのに、僕がこれほど深刻な顔をしていることに自分に対して腹立たしい気持ちになる。
「比較的外傷は少ないものの、頭を強く打ってしまい、昏睡状態が続いています」
ひどく白い印象のある病室に入ると、すでにその部屋には叔父が座っていて、七海はベッドの上で眠っていた。体のあちこちに包帯が巻かれていたり、かすり傷が見受けられたけど、交通事故にしてみれば軽い怪我だった。
「赤信号にも関わらず七海さんは交差点に出てしまったそうです。その時携帯電話を手に握られていて焦った様子だったことをその場にいた目撃者が証言していました。そこに滑り込むように乗用車が走ってきてしまって、運転手は急ブレーキをしましたが間に合わず、前に押し倒されるように道路に頭を打ってしまったのです」
医者から事情を聞いて、僕は動揺を隠せなかった。
やはり僕のせいだ。僕のせいで七海は――。
「七海は……七海は、無事なんですよね……?」
医者にそう聞いたのはおばあちゃんだった。目頭に涙が溜まっていて、医者は冷静に事実を僕たちに伝える。
「いつ意識が戻るか、わかりません。私たちもこれ以上は……」
そう告げた医者は僕たちに頭を下げて病室から出ていってしまい、七海を含めて五人が部屋に残った。
叔父は椅子に座ったまま頭を抱えていた。
叔母は七海のそばに座って強く手を握って、目覚めることを祈っていた。
僕はただ立ち尽くしていた。原因は僕にあるんだ。それを伝えるか、伝えないか、心の中で迷っていた。
そんな時、僕の横にいたおばあちゃんが糸が切れたようにその場に崩れてしまう。
僕はすぐさま支えたことで、冷たい床におばあちゃんが腰を付けることはなかった。でも、おばあちゃんに触れたことで、今まで気づいていなかったけれど、おばあちゃんは小さく震えていた
「私のせいだ。私のせいなんだ。私が七海にあの話をしなければ――」
「おばあちゃん、そんなこと言わないで! 七海が事故に遭ったのは偶然よ……」
叔母がおばあちゃんを慰めるのだけれど、全くそれを聞き入れることをおばあちゃんはしなかった。
そしてボソッと呟く。
「――《綾子さん》の真実を伝えなければ……」
《綾子さん》の真実。
「……?」
それがいったいどういった内容なのか、わからなかった。そのままおばあちゃんは泣き崩れてしまって、話を続けることはできなかった。




