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大きな木の下で  作者: 小田 浩正
第一章
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1-1

第一章《始》


 これは僕が小学六年生の夏の話。

 随分と太陽が輝く一日だった。

 ギンギンと照りつける太陽から逃げたくて仕方ない、だけれど、今僕がいる場所には、太陽から逃れられる日陰など全くなかった。

 陽炎によって、遠くはボヤけてしまっている。況して、数十メートル離れたピッチャーも僕から見たら、ぐらぐらと揺れてしまっている。僕の方に投げてきたボールなんて、変化球を投げているように見えてしまって、チームが逆転するための一打など、期待されても打てそうになかった。

 それに元々僕はバッテイングが得意ではなかった。打つというよりは、ポンっとボールをバットに当てる『バント』や、脚力を生かして内野安打を狙う小賢しい打者だったから、1番に起用されていたのだけれど、起死回生の場面、ヒットを打つしかない状況では、何の意味もなかった。

 今の状況を確認する。

 最終回の裏でツーアウト。ランナーは一塁と三塁にいて、この二人がホームベースを踏むことで、僕たちは勝つことができる。一人でも帰ってくれば同点となり、試合は延長戦へと運ぶことが出来る。

 しかし、一人でも帰って来れなければ負けることとなる。

 だから、僕が一本大きなモノを打たなければならなかった。

 いや、ホームランを打てなくても最低限、僕はランナーがアウトにされないような場所へとヒットを打ち、僕もランナーにならなければならない。

 それが最低条件だった。そうしなければ負ける。

 しかし、そんな状況に立たされているというのに、僕は嫌な顔一つせず、ただバッターボックスに立っていた。

 ただ立つだけ。

 今の僕にはそれしか出来なかったのだ。

 なぜなら――今の体では打てないのだから。

 僕は右肩を痛めていた。

 試合中に違和感を感じて、試合が終わりそうな今この時点で、じんじんと痛みが増していて、こうしてバッドを持つのですら、辛かった。いつバッドを落としてしまってもおかしくはなかったのだ。

 あぁ、なんで僕が最後の試合で最後の打席で、運命を左右するような場面に出てしまったのだろうか。 それもこんな状態でだ。

 応援はひっきりなしに僕の耳に届く。どれほど応援されても、僕はその応援にふさわしい活躍を出来るとは思えなかった。

 今頃嘆いていても遅い。

 チームが期待するのも遅い。

 だったら、自分たちでもっと点数を稼いどけば良かったんだ。そうすれば僕に期待しなくて良かっただろうに。

 とにかく僕はこの試合が早く終わって欲しかった。

 ピッチャーはセットポジションに入る。

 もうすぐ試合は終わる。

 ピッチャーは足を上げて、前へと出す。

 だけど。

 そのまま頭の後ろからボールが前へと繰り出されることはなかった。

 そのまえに、ボールがポロっと地面へと落ちたのだ。

「……」

 試合をしていた者、見つめていた人々が固まった。何があったのか僕にはわからなかった。ピッチャーにも負傷していた部分があったのだろうか。審判からボークというピッチャーの反則行為が言い渡されるのだろうか。

 ピッチャーはこちらを見ていた。だけど、僕を見ているのではなく、僕を透視してうしrの人間を見ているようだった。それに気づいてようやく僕は、後ろに妙な気配を感じ取った。

 そして振り返ると。





「バッドは振るものだろ?」





「っ!?」

 僕は声を上げずに、その場で飛び上がって尻から地面に落ちる。

 審判もキャッチャーもこれに対しては口を開けて呆然としていた。まさか試合に入り込んでくる人間がいるとは思っていなかったからだろう。でも、三人の中で一番無様な姿を見せたのは、僕であった。

 なんでそこまで僕がびっくり仰天したのかというと、僕の背後には見知らない青年が立っていたのだ。背丈は僕よりも頭二個分は高かった。顎が細くて男にしてみればだいぶ肌が白く、少し目つきの悪い顔が印象的だった。

 そんな青年が口を開いて言葉を吐く。

「ほらほら、ちゃんと腰を据えて相手の目を睨んでボールが自分の打ちたい場所に来たらバッドを思いっきり振る。そうすればちゃんとヒットくらい打てる」

 唖然としていた僕は青年によって体を持ち上げられて、僕は再びバッターボックスに立たされる。そして、痛かった肩を思いっきり掴まれる。

「これで大丈夫だな」

「な、何をしているんだ、君はっ!」

 ようやく状況を把握した主審が青年に叫ぶ。

 どうやら僕の兄だと主審は思ったらしく、僕たちのチームにも叫ぶが、誰も彼の名前を知る人間はいなかった。当然、僕も知らない。

 いったい誰なのだろうか。どこかで会ったような、というようなことはなかった。僕の頭の中を探しても、彼に該当する人間にあった覚えはなかった。

 そのうち彼は、主審に手を引っ張られて、グランドから出て行く。

 近くにいた大会運営者に彼は預けられて、さらに彼の顔は見えなくなる。

 そんな時、彼から大きな声で僕に言葉を伝えた。





「一度くらいヒーローになっていいだろ!」






 そして、彼は僕の視界から完全に消えた。

 とんだ邪魔者によって試合は中断されていたが、すぐに主審が戻ってきて、試合は再開される。

 気持ちが昂っていて速い球を投げていたピッチャーは、邪魔者によって調子を崩されてしまったが、さすがはピッチャーだった。深呼吸を何回かすると、彼は試合モードになったようで、ランナーなど気にせずに、ただ僕だけを見つめていた。

 そして、ボールは握られ、前に足を出せば投げられるような状態へとなる。

「ふぅ……」

 なんでだろうか。肩の痛みが引いたような気がする。

 一瞬肩に握られただけで、そのまま痛みごと剥がしてくれたかのように思えた。どうしてなのかわからないけれど、バッドが楽に振れそうだった。一度くらいなら、思いっきり振り回すこともできるんじゃないかと思えた。

 だから、僕はピッチャーを睨む。

 別に野球が嫌いなわけじゃない。どちらかといえば、好きだ。

 それに勝負で勝つか負けるかなら普通に勝ちたいと思う。

 だから、痛みの引いた今なら、僕はヒットでも打てるような気がした。

 ピッチャーがボールをミッドめがけて投げる。だが、そのボールは剛速球であったが、偶然なのかストライクゾーンから外れた。

 僕は一度気を抜く。

 ここでストライクになっていたら、僕は見逃し三振となっていたし、なにより真剣にボールを見ることが出来た。

 一度くらいヒーローになってもいいだろ、か。

 それを頭の中で反芻して、そして僕は頷く。

 そうであってもいいのかもしれない、と。

 ピッチャーは思いっきり足を前に出して、ボールを投げる。

 先ほどよりも速い剛速球であることに間違いはなかった。

 だけど、それでも僕はちゃんとボールを目で追えていた。

 だから僕は肩のことなど気にせず、バッドをボールに合わせて前に出す。

 芯に当たった感触。

 僕はその瞬間に思いっきりバッドを振り抜く。

 人というのは、出来ると思ったら何でも出来るのではないのだろうか。プロの野球選手でも、大人たちは、信じれば出来ると、言う人は大勢いる。そのようなことはもしかすると、このことなのかもしれない。

 僕は、外野の頭を余裕で超えるところを見ながら、一塁へと走った。

 チームは勝った。





 でもこんな活躍をしたとしても、僕は野球を続けることはなかった。

 僕は一生野球を手放すこととなる。







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