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大きな木の下で  作者: 小田 浩正
第三章
18/30

3-3




 お祭りから一週間が経った。

 毎日は滞りなく、同じ調子で進んでいく。

 僕に関わるようなことは学校内では何一つなく、授業が終わればいつも通りに、夕日を眺めるために山に登った。

 あれ以来綾女さんとは顔を合わせていない。

 彼女は幽霊だから基本的に僕の方から会いに行くことは難しい。だけど、彼女は僕を探し出すことくらい容易いだろう。それでも来ないということは彼女は僕とは会いたくないと思っていると見て、たぶん間違いはないと思った。

 そして我流さんとも会えていない。

 僕から周りに我流さんについて情報を得ることは難しいから、七海に頼って集めてもらったところ、あのお祭り以来彼とは誰とも会えていないらしい。それにお祭りに現れる前に彼の姿を見た人もいないようで、あの時、あの射的屋以外では彼の姿を見た人は誰もいないようなのだ。だから誰も我流さんの居場所もわからないまま一週間が経ってしまったのだ。

 それに、まだおばあちゃんの言った言葉の意味を僕は理解できていなかった。あのまま忘れてもいいことのはずなのに、我流さんと僕には何か関わりがあるようなことをおばあちゃんは言っていたから、気になって仕方なかったのだ。

 これを『もどかしい』と表現するのが良いのだろうか。

 自分の知らないところで何かが蠢いているようで、気持ち悪かった。僕には解決をしなくてはいけないことがあるというのに、時間はどの物事でも同じ量で動いている。だから片方だけに目を向けていたら、その分だけ反対側でも進んでしまっている。

 それならまだ良いのかもしれない。ある意味なら。

 今の僕には、その両方が手に負えなかった。

 綾女さんと仲直りするためには、我流さんがいなければならない。いや、いなくても出来るのかもしれないけれど、僕だけでは自信がなかったからやはり我流さんが必要だった。

 そしておばあちゃんの言っていたことだけれど、あれ以来おばあちゃんの口は固く閉じられてしまい、真実を知ることは出来ないままだ。だけど、これについても、我流さんなら知っているのかもしれない。

 結局のところ、我流さんがいなければ何も始まらないのだ。

 逆に言えば、我流さんがいれな両方とも解決するのだ。

 保証はどこにもないのだけれど。

 それでも大きな期待を持たないわけにはいかなかった。

「……ふぅ……」

 明日は土曜日だ。

 中学生になって初めての試験はまだ二週間後だ。そろそろ勉強をしたほうがいいのかもしれないけれど、僕は中間試験よりも目の前で起きている出来事の方が重要だった。

 だから土日を利用して街中を歩き回る。

 そして我流さんを探すのだ。

 見つからないかもしれないけれど、何もしないままでは何の解決にもならない。

 夕日を見つめながら僕はそう決意したのだ。




「よっ!」

「……」

 早々と見つけてしまう。

 必死になって探そうとしていたのに、当の本人が目の前にいた時の心情と言ったら、言葉では言い表せないほど意気消沈してしまう。

 我流さんを探すということで、僕は作戦をちゃんと練っていたのだ。

 まずは昼頃、人が多く集まるであろう商店街を歩き回る。それで見つからなければ、らせん状にしらみ潰しに商店街を中心に回りながら探そうと考えていた。途中途中我流さんについて目撃情報がないかも聞きながら探すことで、くまなく捜索できると思ったのだ。

 だけれど、目が合ってしまったのだ、我流さんと。

 商店街の前で一人心の中で気を引き締めて、足を踏み込んだところで斜め前方から視線を感じたのだ。視線を感じた方にはテラスがあり、優雅にくつろいでいる我流さんが目に飛び込んできたのだ。目があったら声までかけられてしまう。

 僕はテラスに近づいて、円状のテーブルにシンプルなショートケーキと良い香りが漂う紅茶が置かれているところ、まだ店に入ったばかりだというのがわかった。

「一応初対面ですよね?」

 僕はそんなことを聞いてしまう。

 彼にとってはあまり記憶はないと思う。一応僕と彼は二度会っている。一度目はあの夏の野球での試合にて。もう一方は一週間前のお祭りの射的屋にてだ。射的屋の方では僕の顔を覚えているかもしれないけれど、こうして会話する状況になったのは今回が初めてだと思った。だからそう聞いたのだ。

 それに対して我流さんは、予想もしなかった返答が返ってくる。

「今回で三度目だろ? あまり人の顔を覚えるのは苦手なのか?」

「いえいえ」

 僕は即座に否定する。

 彼が僕のことを覚えてくれていたことに驚きと感動が入り混じって、少し心臓が早く脈を打っていた。今回が三回、ということは一度目の野球でのことも覚えてくれていたのだ。あの時はバッターだったからヘルメットで顔の一部しか見えていないはずなのに、覚えてくれていたのだ。これほど感動することはないと思う。

「で、何のようなんだ?」

「……?」

 我流さんから声をかけてきたから、てっきり彼に僕に何か要件でもあるのかと思ったのだけれど、そうではないらしく首を傾げてしまう。

「俺のことを探してたんだろ?」

「いったい誰から……」

「商店街の皆からだよ。俺のことを探している男の子の話を聞かされたんだ」

 そんな話が商店街内で広まっているのか。でも、僕が行動を開始したのは今日であり、というか始める前にすでに見つけてしまったのだ、僕が我流さんを探しているなんて誰も知るはずはないのだ。

「七海ちゃんから聞いたのよ。我流さんを見つけたら引き止めておいてって」

 そう言ったのはこの店のオーナーで、僕はそれを聞いて合点がいく。七海は僕の知らないところで協力してくれていたのだ。僕には到底出来ないような人の交流関係で探していてくれたのだ。

「あの、これは?」

 僕はオーナーが我流さんとは別の紅茶をテーブルに置いていき、立ち去ろうとしたところを僕は引き止めた。これは我流さんに出されたものではなくて、どう見ても僕のために出されたようなものだった。だから気になって聞いたのだ。

 だけど、オーナーは笑みを浮かべて、

「紅茶一杯くらい気にしないで」

 と言ってカウンターへと戻っていく。

 僕はボソッと「ありがとうございます」と礼を言ってから、我流さんの向かい側の椅子に座る。

「さて、これを食べた後に行きたいところがあるんだ」

「え……?」

 あの、話を聞こうとしてくれたんじゃないのか、と聞こうとした時には、我流さんはすでに口の中にケーキを頬張ってしまい、ゆっくりと飲もうとした僕の紅茶も一気に飲み干してしまう。僕が一つ一つの行動に追いつけないまま、「行くぞっ!」と他の人に迷惑になることなど気にせずに、僕の手を取って喫茶店を出て行く。

「……あの……、どこに向かってるんですか!」

 商店街から抜け出したあと、我流さんに引っ張られて北へ北へ走っていく。北側にはそれなりに大きなショッピングモールがあって、どうやらそっちに向かっているように思えた。

「友人にあげたいものがあるんだが、どれにするか迷っていたんだ!」

「え? 何の話ですか!?」

「とにかく付いて来てくれっ!」

 手を離してもらわない限りは付いて行くことになるんですけど、とは言いたくても言えなかった。そんなことを言っているなら、酸素をとにかく取り入れなければならなかった。半年前まで野球チームに入っていたからといっても、それなりに体力が落ちているから、こうして長距離を走るのは辛かった。

「到着っ!」

 結局のところ、僕の予想していたどおりショッピングモールだった。

 だけど、向かう先は食品売り場でも生活必需品を取り扱っている店でもなく、スポーツ店でも本屋でもない。

 残ったのは、ゲームセンターだった。

「あの……遊びに来たんですか?」

「ほら、あれだ! あの中にあるもの、どれでも良いから取りたいんだっ!」

「はぁ……?」

 我流さんが指差す方へと目を向けてみれば、そこにあるのはクレーンゲームだった。我流さんはその中の景品を取りたいようで、ここまで来たようだった。

 でも、僕が付いて来る必要があったようには思えないし、ましてや景品を選べと言われても僕には選べない。クレーンゲームの中には様々な種類の商品が置かれていた。ぬいぐるみであったり、箱に入ったものもあったので、僕からは何も言えなかった。

「これの使い方を教えて欲しいんだ」

「……やったこと、ないんですか?」

 我流さんなら、こういうアーケードゲームくらいやったことがあると思っていたから、僕は目を丸くして聞いてしまった。

「前からこういうのはやってみたかったんだけどな、なかなか出来なかったんだよな」

 照れくさそうにそう言う我流さん。といっても、僕も人のことを言えない。あまりこういうゲームセンターに出入りしたことがなかったので、僕から教えることははっきり言って、なかった。ただ、どうしたら良いのかくらいは知っていたから、一応基本的なやり方だけは教える。

「じゃあ、アレも取れるんだよな?」

「えっとそれは……」

 我流さんが狙おうとしているものは、中に入っているどの景品よりも大きいぬいぐるみだった。初心者ならもっと簡単に取りやすいものを選べばいいのに、と思ってしまう。

「取れるものなら取ってやろうじゃねぇかっ!」

 でも、先週の様子からしてやる気満々であるのはわかっていた。だけど、今回は初めて挑戦するのだ、この前のようにはいかないだろう。もう止めることはできないだろうから、なるべくお金を細かくしとこう、そんなことを考えていると、

「おっしいなっ!」

 くまのぬいぐるみの首元に引っかかるのだけれど、案の定持ち上がったとしてもそのまま下へと落ちてしまう。確かにくまの首元にアームを引っ掛けることができている時点で我流さんが初心者にしてはすごいと思う。

「そういえば名前聞いてなかったな」

 一度クレーンゲームから離れた我流さんはこちらに顔を向けて聞いてくる。僕は元々我流さんの名前は知っていたから気にしていなかったのだけれど、自己紹介がまだだった。

「歩、ね。女の子と間違われるだろ?」

「……まぁ、そうですね。良くあることなんであまり気にしてませんけど……」

 そういえば、我流さんは僕のことをすぐさま男と見抜いた。自分で言うのもなんだけれど、外見からでは女子として判断しておかしくないし、まだ声変わりが来てないのでまだまだ女と間違われる。

 なのに、我流さんはすぐさま気づいたのだ。何でなんだろうか、と疑問に思ったけれど、これが普通であるのだから、そんなことよりも現実に意識を戻す。

「歩、お前は《気》が内側に入りすぎてる。それはやめていた方がいいぞ」

「……?」

「あの試合でもそうだったし、先週の祭りの射的でもそうだった。《気》が外に出ないから外界と上手く交わらずにどんどん黒く染まっていく」

 我流さんが突如として話し始めたのだけれど、僕には何一つ理解できなかった。

 そもそも《気》が何なのか、わからなかった。

「今度は必ず取る」

 周りががやがやしているというのに、まるで彼が僕の後ろから声をかけてきたかのように聞こえた。

 何一つ雑音などなく。

 ただ雫が水面へと落ちた瞬間のような静けさが辺りを覆った。

 彼は静かにボタンを押していく。

 景品であるくまのぬいぐるみのところまで、クレーンは我流さんの指示通りたどり着く。

 たった二回ボタンを押し続けるだけだというのに、その一つ一つの動作が流れるように綺麗だった。

「ふぅ……」

 我流さんはボタンを放してから伸びをする。その姿はすでに獲物は取ったかのようで、余裕の表情だった。

「俺のように《気》を上手く使えば、こうして困難なものでも取れる」

 僕の方に振り返った彼は、しゃがみこんで手を入れれば、そこからはガラスの向こう側にあったはずのくまのぬいぐるみが握られていた。

 初心者だと聞いていたのに、これでは上級者と変わらない。

「これであいつも喜ぶな」

 いったいこの人は何なのだろうか。

 射的屋でもそうだった。

 そして目の前でもそうだ。

 不可能を可能にする。

 この人はそんな人だった。







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