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大きな木の下で  作者: 小田 浩正
第二章
15/30

2-8



 七海と一緒に家から出て、お祭りに向かう。

 お祭りだから、といっても街全体のお祭りではないから、七海は浴衣は着ていかないようだった。着るのはあまり好きじゃあないらしい。

「来てくれてありがとう、歩くん」

 会場となっている公園にたどり着くと、エプロンをした美咲さんが出迎えてくれた。

 美咲さんの姿を見ていると、屋台のお手伝いをしていたようだ。

「私には何も言わないの?」

「来なくても良かったのに」

「何よそれっ!」

「嘘よ。来てくれてうれしいよ」

 二人して笑みが溢れる。

 それを見ていて僕も自然と笑みが顔に出てくる。

「ほらほら、友達が来たんなら遊んできな」

 美咲さんのお母さんと思われる人が僕たちのところまで来る。女性にしては長身で怖い印象があるけれど、後ろからエプロンを外してそう言ってくれる、美咲さん思いの良いお母さんのようだ。

「もうお神輿終わっちゃってるから、ここに来てるよ。見てみる?」

「持ったりできるの!?」

 七海は少し興奮気味で美咲に聞く。

「大人たちに聞いてみないとわからないよ。子供だけで持ち上げられないくらい大きいからさ。触るくらいならできるんじゃない?」

 で、結局触るまで、ということになった。「女子三人で持ち上げられたらなんでもしてやんよ」なんて言うおじいさんがいたけれど、僕以外の二人は『女子三人』という言葉に吹きそうになっていた。僕は正直イラっとしていた。

「暗い顔してどうしたの? 具合でも悪いの?」

 二人はお神輿を触れてきゃっきゃしていたところに入りたくなかった僕は、二人から離れて近くのベンチに腰をかけていた。それに気づいた美咲さんが僕に寄ってきてそう聞いてきたのだ。

「いや、なんでもないよ」

 正直に言ってしまえば、あまりここへ来る気はなかったのだ。

 なぜならまだ昨日のことが頭から離れなかったから。

 別に僕は人と仲良くなりたくない、とそう言っているわけじゃない。

 仲良くなれるなら、そうなりたいと思っていた。

 でもダメなんだ。いつ症状が出るかわからないから。

「お神輿触ったことないんでしょ? 触ればいいのに」

「いいよ、僕は」

 あまりはしゃぐことが好きじゃないし、あまり協調性のない僕には、こうして三人で行動することも疲れを感じるようだった。ああやってはしゃぐのも慣れていないから、そういうことはするつもりがなかった。

「あのさ歩くん。こうしてお祭りに来てるんだし楽しんでいったほうがいいよ」

「いや、楽しんでいるよ」

 僕は美咲さんに笑みを浮かべて嘘をつく。

 でも、彼女はそんなことは見抜いてしまう。

「そうやってわかりやすい嘘をつかない方がいいと思うんだけど。だったら正直につまらないって言ってくれた方がいいよ」

 そうやって簡単に言えるならどれだけ楽だろうか。

「学校でもさ、なんか一人にして欲しいオーラを出しまくってるよね。それやめて欲しいんだよね、本当は」

 僕は無言で彼女の話を聞く。

 彼女の言うとおり、僕は人を近づけたくないからそうやっているのだ。仲良くなったらまた症状がでてもおかしくない。だけど、それでも七海や美咲さんが接してくるから仕方なく対応しているのだ、もしものことを考えないように。

「何してるの?」

 七海が僕たちの元に戻ってくると、美咲さんは「次行こう」と言って、先程の話など全く気にしてない様子で歩いていく。

「……」

 僕は少し動揺していた。

 あれほど率直に人の嫌な部分を言える彼女が――。

「っ!」

 気が緩めれば、また症状が出てしまう。

 今この場で出すわけにはいかなかった。

「あ、射的だよ、射的!」

 七海が一人で走っていってしまい、色々な屋台に行ったり来たりしていて、後ろに振り返ったかと思ったら指差したのは射的屋だった。僕は一度も射的をしたことなく、小さいころは一度でもやりたいと思っていたのだけれど、すでに中学一年生になってしまって、いまさらやろうとは思えなかった。

「三人で一緒にやったら、アレでも取れるんじゃないかな!」

 アレというのは、この射的屋の中でも一番大きい景品であるゲーム機だった。しかし、テレビにつなげるような大型のもので、たとえ中身が入っていなかったとしても、後ろに倒せるとはどう考えても想像できなかった。

「七海、それは無茶だから、あれくらいにしなよ」

 美咲さんはそのゲーム機よりも一回り小さいくまのぬいぐるみを指していた。あれくらいなら僕も落とせるように思えた。

 七海は少し考えたあと、僕たちに財布を出すようにと言ってくる。

 まさかのまさかだけれど、僕たちにもあれを狙えということだった。

「一人五百円出せば全部で二十一発撃てるんだよ。アユくんもやろうよ!」

「金銭感覚おかしいよね?」

 僕は美咲さんに一応訪ねてみたけれど、「お祭りなんだからそれくらいいいんじゃない?」と言って財布から五百円玉を渡してまう。意外とやる気満々のご様子だった。

「ほら、アユくんも!」

 七海が僕の財布をかっさらうと、中から勝手に五百円出してしまう。

 どうなっても知らないからな、と心の中で愚痴って、僕はコルク銃を手に取ろうとするのだけれど、五つ中全てが使われていて、すぐさまやることは出来なかった。

 少し時間が経ってから、僕たち三人がコルクを込めてボルトを引いて、机に肘をついて狙いを定める。あとは引き金を引くだけ。そして僕は何の躊躇いもなく引き金を引く。だけど、狙ったぬいぐるみの頭にはあたったのだけれど、びくともしなかった。二人もぬいぐるみに撃ったのだけれど、当たらなかったり、当たっても僕と同様、倒れるようには思えなかった。

「まだ一発目だからね、これからこれから!」

 そう七海が意気込んで言ったのだけれど――。

 結果は最悪。

 七海は残り一発を残して何も収穫はなかった。美咲さんや僕は五百円も使ったのだから何かしらの景品を、ということで一つずつお菓子を落としていた。

「今度は一点集中攻撃で!」

「ぬいぐるみを攻撃するのかよ……」

 僕は今度もお菓子を狙うことにしていた。

 どうせ取れるなんて思っていなかったから。

「……はぁ」

「……ん?」

 横を向いてみると、僕たちよりも早くから屋台にいた小さいな男の子がため息をついていた。どうやら狙っているものが落とせないで、その子も残り一玉しか残っていないようだった。

 男の子が目線を向けるのはどうしても落としたいと思っているモノ、それは、初め七海が狙おうと言っていたゲーム機だった。

 僕たちでさえも無理だと思ってやめたというのに、一人、男の子はそれを狙っているのだ。どう見ても無理に思えて仕方なかった。でも、小さい子がお金を払ってまでやりたいと思ったのだから、僕からは言うことはしなかった。

 挑戦してみるのも良いと思う。

 でも、現実は自分の出来るか出来ないかの境目を狙うのが一番良い。そうすれば得もするだろうし、損も最低限に留められる。

 男の子はそれを知る良い機会だと思ったから、僕はただ見届ける。

「おっちゃん、俺もやるわ」

 そう言って屋台に入ってきたのは、背の高い男だった。

 白いワイシャツを着ていて連れもいないようで一人でわざわざこの屋台で一番値段の低い三百円で三玉分をもらうと、男の子の横に並ぶ。一つだけコルク銃は使われていなかったためにすぐさま彼は照準を定めて引き金を引いた。

 するとパスンと音が鳴って、見事景品に当てる。

 それは僕が次に狙おうとしていたお菓子で、楽々後ろに倒してしまい、その景品を手に入れてしまう。

しかし、その男性はそれが肩慣らし程度のようで、一度コルク銃を長机に置いてストレッチをする。する必要があるのだろうか。

「ねぇねぇ、あの人凄いんじゃないかな!?」

「あの感じだとそうかも」

 誰が見てもその姿はプロのように見えた。異様な雰囲気で僕たちはただ彼の様子を見つめていた。

 彼は一度コルクを込めずに狙いを定める。何か大物を狙っているようで、念入りに狙いを定めては立ち上がって、調子を窺っているようだった。

 そして彼がひと呼吸入れたところで、僕たちの方に顔を向ける。

「そこのお嬢ちゃん三人、手伝ってくれないかな?」

「……手伝う?」

 どうやら僕も含まれているようで、男性はうんうんと頷いて景品に指を指す。それはゲーム機よりもぬいぐるみよりも大きさは小さいけれど、価値から見たらそう悪くはない有名な携帯ゲーム機であった。

「あのね君。どう大人たちが頑張っても取れないものはあるんだよ。だけど、あれなら取れなくもないよ。だから俺と一緒にアレを狙って取れたら君にあげるよ」

「え……?」

 男の子は驚いたような顔をする。二発撃っても落とせないでいたから、がっかりしていたようだけど、そう男性から言われて「くれるの?」とうれしいような困ったような顔をする。

 それに対してその男性は大きく頷いて僕たちの後ろに回ってくる。

「君はあの辺を。君もあの右部分をなるべく狙って撃って」

 七海から順に、コルク銃でどのあたりを狙えばいいか、男性は後ろから手を伸ばして定めてくれる。

 そして僕の後ろに来たとき、

「君は――僕はあの辺を狙ってくれ」

「っ!」

 男性は先ほど僕のことを女子だと思っていたようだけれど、コルク銃を構えて顔が横に来たとき、そうやって訂正した。どうして気づいたのかよくわからない。けど、最後に両肩を叩いてきて、それが前に同じようなことをしてもらった覚えがあった。

「さて、君は隊長だ。君の合図で僕らは一斉に撃つんだ。そして、アレを落とすんだ。必ずね。僕たちの力で」

「ホント?」

「あぁ、必ずみんなの力を合わせて手に入れるんだ」

「うんっ!」

「さぁ、構えて!」

 男の子は大きく頷いて、男性も銃を構える。

 僕は正直最後の一発だから自分の好きなように使いたいと思っていた。いきなり協力してあれを取ろうなんて、勝手すぎる。

 でも、そう思っているのはどうやら僕だけのようで、二人は真剣な顔で狙いを定めていた。僕も仕方なく狙いを箱の右部分に定めた。

「せーのっ!」

「えいっ!」

 男の子の掛け声で僕と七海と美咲が引き金を引く。

 二人が撃ったコルクは運良く箱の右上に当たり、少しケースが右側だけ後ろへと下がるのだけれど、倒れかけてしまう。どうやら倒れやすいように細工されているようで、それでは後ろまで持っていくことが出来ずに落とせない。

 そこでたまたま僕の撃ったコルクが箱の左下に当たって、箱は少し飛び跳ねたように後ろに下がりながら体勢を戻す。

 しかし、箱の中身は上の方に重りがあるようで、それでも後ろへと倒れそうになる。

 そんな時に、男の子がなかなか引き金を引けていなかったのがようやく撃てて、それが偶然にも箱の真ん中に命中する。少し飛び跳ねていた箱が真ん中に当たったことで、さらに箱は後退していく。

 でも、やはりコルク銃では威力が低く、後ろへと落とすことは難しいように思えた。

 そこに男性が加勢する。

 今まで状況を見て、落とすための最後のコルクを残していたようだ。

 一瞬のように思える時間を彼は、微調整して引き金を引く。

 撃ったコルクは先ほど男の子が当てた真ん中へと命中し、あと少しのところまで後ろへと下がった。

だが、最後の最後で、力が足りなかった。

 そのまま下へと落ちることなく。

 ぎりぎりのところで箱は踏みとどまってしまった。

「あぁ……――」

 僕たちはそう声を漏らした。

 やはり取れなかったのだ。



「まだ終わってねぇっ!」



 男性はそう言うと、先ほど構えていた銃を再度構えていた。コルクはもうないはずなのに、なぜ狙っているのだろうか、そう疑問に思ったときに、僕は気づいた。

 青年は同じ銃を使っているわけじゃないんだ。

 先ほど撃ったコルク銃はすでに長机に置かれていた。なのに男性は銃を構えていた。そうだ、男性は三発分を買ったんだ。一発目は慣らしで、二発目は先ほど真ん中に命中している。そして残りが今、彼が構えている銃に装填されているのだ。

「狙ったものは落とさなくてどうすんだよっ!」

 そう大声で叫ぶと同時に、彼は引き金を引いた。

 踏みとどまったと思っていた箱はまだ完全に動きを止めていたわけじゃなく、倒れた反動で微妙に跳ねていたのだ。

 そこを男性は的確に狙った。

 コルクが命中し、宙に浮いている箱はすんなりと後ろへと落ちていった。

「……」

 落ちたということは――。

「やったっ! 本当に取っちゃったよっ! すごいよ!」

 七海は大はしゃぎして、美咲さんは少し現実とは思えないような顔をしていた。

「まさかそれを取るとはな」

「いいや、この隊長くんが取ったんだよ」

「ありがとうっ!」

 屋台のおじさんは最初男性に渡そうとしたけれど、男の子にちゃんと譲った。それに対して男の子は深く頭を下げてお礼を言った。

「君が取れると思ったから取れたんだよ」

 そう言って男性は屋台から離れていこうとする。

 その背中に僕は懐かしさを感じた。

「あ――」

 あの背丈。そしてあの雰囲気が僕の頭の中にある、ある人物と一致した。



――あの時の青年だ。



「ねぇ、やっぱりあの人――」

 七海が何かを言いかけた時、目の前で事件が起きた。

「どこに持っていってたんだっ!」

「いや、借りるって言ったじゃないか」

「昔から変わらず迷惑かけんじゃねぇっ!」

 隣にも射的屋があって、そこで男性はどうやら銃を借りていたようだった。どうやら借りたことで、その屋台のおじさんが怒っているいるらしく、男性が持っていたコルク銃を奪い返して頭に叩きつけていた。

 でも、何度か叩くとおじさんは銃を屋台に戻して、男性の肩をポンポンと叩いた。

「久しいな、我流」

「じいさんこそ、よく生きてたな」

「まだまだ死ねぇよっ!」

 そう言って、二人から笑い声が聞こえてくる。

 それを聞いて周りから人が集まっていく。

 その様子からしてあの男性はこの辺出身のようで、ずっとこの街に帰ってきていなかったようだ。それでも名前を覚えられているほど有名な人のようで、お祭りに来ていた大人たちが男性と言葉を交わしていた。

「やっぱり我流さんだよ!」

「知ってるの?」

 僕はその名前をどこかで聞いたような覚えがあったのだけれど、頭から出てきてくれることはなかった。七海はどうやら知っている様子だったので、聞いてみると彼女は興奮したように告げてくれる。



「草壁我流、この街を治めていた草壁の当主だよ」



 あの人が草壁我流。

 僕があの試合で救ってくれた人であり。

 この街を治めていた一族の人間。

 そういえば、《綾子さん》が出ると言われるあの木の近くに、大きな洋館があったけれど、あの館に住んでいたのは確か、草壁一族だったような覚えがあった。あの館の執事は息子が出て行ったあと、廃れてしまったことを言っていた。

 もし、我流さんがこの街を出て行かなければ、僕はあの試合で彼とは会えていないはずだ。

 この時、僕は運命を感じた。

 やはりこの人しかいない。



 僕を救ってくれる人は。





第二章《終》

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