2-7
「ほら、昼だよ!」
扉を壊しそうな勢いで僕の部屋に入ってきたのは七海だった。
僕は昼に近づきつつあるのに、未だにベッドから出ることができずにいた。昨日のことで一歩も外から出たくなかったのだ。
「アユくん、具合でも悪いの? ならお祭りにいかない?」
そういえば今日は夕方から美咲さんと七海と僕の三人で地区でのお祭りに行くことになっていた。すっかり忘れていた僕は怠い体をなんとかしてベッドから這い出る。
「目が真っ赤だよ?」
七海に今の僕の顔を見られてそう言われる。昨日のことで自分のまぶたが重たくなっていると思っていたら、だいぶ彼女が気にするくらい僕の目は充血してしまっていたらしい。それを隠すように僕はリビングに入る前に洗面所に向かう。
「はぁ……」
ふと気づいた時にはため息が出てくる。
その溜息から僕の何もかもが出てきそうで怖くなる。
顔を洗ってリビングに入れば、七海がキッチンで昼食を作ってくれていた。今日は叔父叔母も仕事で出かけてしまっている。おばあちゃんは和室で何かをしているらしい。リビングと和室は襖で部屋が区切られているから、目と鼻の先なのに何をしているか全くわからない。
「おばあちゃん、朝からずっと仏壇の前で座ってるの。どうしちゃったんだろうね?」
何か祈ることでもあるのだろうか。
おじいちゃんは僕や七海が生まれる前に亡くなってしまっている。だからおじいちゃんのことを思っているのだろうか。
「あゆくん、食べよ?」
七海がテーブルの上に二人分焼きそばが盛られた皿を置いていく。おばあちゃんの分は七海がラップで包んで、リビングに来た時に食べられるようにした。
「ねぇねぇ、なんでおばあちゃん、アユくんのこと怖がってるんだろうね?」
「……――ん?」
僕は口に焼きそばを含んでいて、七海の言葉をちゃんと耳にしていなかった。
「今、なんて言ったの?」
「だから、おばあちゃんがなんでアユくんのことを怖がってるんだろう、っていうこと」
「怖がってる?」
僕は耳を疑った。
「嫌ってるの間違いじゃなくて?」
「アユくん、人とあまり話さないからって、表情も読み取れないの?」
「いや、そういうわけじゃあ……」
「じゃあ何?」
僕はいったん箸を置いて、目を閉じてから七海に聞く。
「だって、僕のことを見ようとしないから――」
「嫌いだから見ないの? それもわかるけど、一番最初に会ったときのことを思い出してみなよ。あの真っ青な顔なんて私だって、初めて見たんだよ」
玄関で出迎えてくれたとき、おばあちゃんは真っ青な顔をして倒れてしまったのだ。アレはさすがにおばあちゃんを心配してしまった。そしてこう思った、この家に住んでいいんだろうかと。
「おばあちゃんね、アユくんが来ることをね、楽しみにしていたの。ほら、お母さんにメールでアユくんの写真が来てて私たちは見てたんだけど、おばあちゃんだけ自分の孫はこの目でちゃんと見なきゃダメだって言ってね」
僕が思っていたこととはだいぶ違う。
おばあちゃんは元々両親のことで、息子である僕のことを嫌っているのだと思っていた。
「ほら、そうだったらおばあちゃんが玄関に来ることなんてないでしょ? 顔なんて会わせようなんてしないだろうし」
そう言われればそうだな、と僕は頷けてしまう。
嫌ってる人間だったら、なるべく会おうなんて思わないと思う。
だけど、何か引っかかる。
「でも、それだったら僕のことを怖がってる理由がわからないよ」
「だから聞いてるの」
七海にもそれがわからないらしい。でも、怖がっているというのは譲れないらしい。
そんな話をしているうちに皿に盛られていた焼きそばはなくなってしまっていた。
僕はごちそうさま、と言ってから席を立って、皿を洗う。
「じゃあ今度聞いとこうかな?」
七海はそんなことを平然と言う。
僕はそれはやめて欲しいと言って、部屋に戻った。




