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大きな木の下で  作者: 小田 浩正
第二章
13/30

2-6




 いつからこういう症状が出始めたか、良く覚えていない。

 たぶん僕が小学六年生の頃だったと思う。

 突如として人を恐るようになった。

 初めは、それほど重症ではなくて、普通に喋る程度のことには何の問題もなくやれていた。だからあの野球の仲間たちのことをチームメイトとして一緒にプレイするくらいならできていた。ただ、元々協調性のない僕のため、仲間を邪魔者扱いすることは何度もあった。

 それがいつの間にか、知らず知らず仲間さえも怖くなっていった。

 その原因は、あの試合の後のことだと僕は思っている。

『僕のせいで――』

 泣きじゃくる子は、僕の右肩にボールを当ててしまった相手チームの子だった。

 少し前から野球をやめるとチームの監督に言っていたのだけれど、それがどう広まったのかわからないけれど、その子にも伝わったようだった。

 僕が野球をやめる理由は、肩を痛めたから続けなくなったからだ。

 だけど、それは半分真実で――半分偽りだった。

 確かに僕は、肩にボールを当てられ痛くなった。だけれど、医者にでも見せれば治せただろうに、その日の夜には痛みがひいてしまい、医者に見せることなく放置してしまったのだ。それに、ちょうど野球をやめる理由になるだろうと思ったから。

 そんな些細な嘘だったはずだった。

 しかし、そんな小さな嘘は大きくなっていく。

 僕が肩を痛めたのは自分に原因があると、彼自身思ってしまったようで、わざわざ謝りに来たのだ。

その時の僕は胸が締めつけられる思いを隠すのに精一杯だった。

 野球をやめたいがために、軽い気持ちで嘘をついたら、こうなってしまったことに、僕は目の前のことから逃げ出したくなった。

 僕の方が謝りたくて仕方なかった。彼は何も悪くないのに、なんで僕が謝られているのだろうか、その疑問が頭の中で渦を巻いていた。

 そして何よりやめることをチームメイトに告げた時が決定的だった。

 小学校を卒業する頃までチームで活動できるため、小六の夏場にいきなりやめることを言った時は、はっきり言って辛かった。チームメイトに頭を下げた時、チームというモノから解放されたように思えたのだけれど、その後頭を上げた時に見たチームメイトの顔を今でも覚えている。



 ――笑っていたのだ。



 それが初めて症状が出た時だったと思う。

 僕がいなくなることで補欠だった一人が試合に出られるようになる。

 だから彼は笑っていたのだ。

 彼の心の奥底から黒い何かが『笑み』を形作っていたのだ。

 その場では言葉を出せずに、監督によって最後頑張ってくれてありがとうと感謝の言葉を言われてグラウンドから出たのだけれど、僕はその時から、狂い始めたのだ。

 人には心がある。

 それは僕たち他人からは見ることは出来ない。

 当たり前のことなのだけれど、心の中が見えないことで、それが僕を押しつぶしていくように感じてしまったのだ。

 いったい何を考えているんだろうか。

 僕のことを考えているのだろうか。

 僕のことを嘲笑っているんだろうか。

 心のどこかではそうじゃないと否定するのだけれど、それが抑えられなくなると、先程の綾女さんに当たってしまったような状況となってしまう。一気に自分の心が黒く染まって外界と拒絶する。

 それが僕の症状だった。

 仲良くしていた友達とも、症状のせいで失った。

 僕のことを影で何を言っているかわからない。

 それが怖くて、恐ろしてくて、考えないようにして、いつしか僕は人と距離を置くようにし始めた。

唯一両親には、その症状が出ることはなかった。それが何より救われた。

 いや、なんにも僕は救われていないのはわかっている。

 けれど、そのことに安心感が確かに僕の心にはあった。

 でも、いつまで経っても僕は両親にこのことで相談することは出来なかった。相談したら、僕のことをおかしな子だと思われてしまうことが怖かったから。

「……」

 今は両親と離れている。

 それは自分で決めたことだから仕方ないと思っている。

 一応、僕の症状を抑えるための対策はしていた。



 ――なるべく人から遠ざかるということ。



 人から離れることで僕のことなど眼中に入らなければ、考えられることもないだろうと思ったのだ。しかし、さすがに七海や叔父叔母とは毎日接触することになる。ただ同じ血が通っていることからか、症状が出ることは抑えられている。

 でも、いつ症状が出るか、僕にはわからない。それによって、僕はまた大事なものをなくしていくかもしれない。

 僕は綾女さんを失った。

 彼女は僕のことを助けてくれた人、いや幽霊だ。そんな幽霊がいるとは思えない。でも、確かに僕のことを救ってくれたのは彼女だ。

 そんな人を突き放してしまった。

 もう元には戻れない。

 近づくことも出来なくなってしまった。

 枕元が濡れていることに気付いていても、僕は枕に顔を押し付けた。





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