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大きな木の下で  作者: 小田 浩正
第二章
11/30

2-4




「あのさ――」

 保健室から戻ってくると美咲さんが待ち受けていた。

 あまり人と言葉を交わすことを好まない僕にとっては、教室でもなるべく一人でいたかった。こうして美咲さんに声をかけられても、聞き流す程度に聞くようにしていた。

「歩くんはさ、今週の土曜日空いてる?」

「……えっと」

 土曜日は明日である。

 僕は迷う。

 暇であるのだけれど、僕はなるべく土日の間は家にいる時間を少なくしたいために、街中をうろうろするような人間である。だから、何かのお誘いならばそれに付いて行くことも良いんじゃないかと思うのだけれど、美咲や、美咲さんの友達とどこかへ連れて行かれることを考えると、一人でいたい僕には行く気になれなかった。

「アユくんはとっても暇だから一緒に行けるよ」

「なっ!?」

 僕が答えるのに困っているところに七海が僕たちのところまで来て、そう言った。

 それほど行く気にもなっていないのに、そんなことを言われた方は困る。

「良かった。じゃあこれ、知ってる?」

 美咲さんは僕にある一枚のチラシを渡してくる。

 そこには町内のお祭りのことが書かれていた。

 この学校からそう離れていない場所でお祭りをやるそうなのだけれど、僕はこのチラシを見るまで知らなかった。

「町内のお祭りにしてみればまぁまぁ大きいからさ。一緒に回ってみない?」

 そういうお誘いも初めてかもしれない。

 お祭りといえば両親と一緒に花火を見に行く程度で、あまり屋台が出ていても、買って食べるなんてなかったし、友達と遊ぶこともなかった。

「何時から回る?」

 七海は美咲さんにそう聞く。

 そう聞くということは僕も行くことになってしまったのだろうか。

「あまり早くから行ってもすぐに見飽きちゃうと思うから、そうね、夕方くらいからで良いんじゃない?」

「うん。じゃあアユくんも土曜日一緒に行こうね、逃げずに」

 そう念を押されてしまうと僕は何も反論できなくなってしまう。たぶん土曜日が一番疲れることになるんだろうな、とちょっと肩を落とす。

「あ、でもさ、神輿とか担ぎたいなら、昼過ぎくらいにいないとダメだね」

「いや、僕は……」

「……アユくんが担ぐの?」

 なぜか七海は首を傾げる。いったい今の会話の中でわからないところがあったのだろうか、七海に聞いてみると、

「だってアユくん女の子だし――」

「僕は男だからっ!」

 僕は即刻彼女に異議を申し付ける。

「七海、そういう心配はしなくていいから。最近だと女の子もスパッツ履いてやる子もいるから大丈夫」

 いやいやいや。

 美咲さんは僕のことを男として見てくれていたんだと、僕はそんな甘い考えをしていた。だけど、それは大いに間違っていて、というより七海は僕のことを心配してくれている顔なのだけれど、美咲さんの顔は僕にそういうことをやらせたくて仕方ない顔をしていていた。正直に言えば、今の美咲さんは怖かった。

「だけどさ、子供たちが持てるのは山から降りてきたところからなのよ」

 まだお神輿の話は終わらないようで、僕は授業の準備を始める。

「あのさ、山ってどこのことなの?」

「ほら、昨日言った――《綾子さん》のいる木が植えられている山」

 僕は《綾子さん》という言葉を聞いてビクッと体を震わせてしまう。

 それには二人共気づかなかったけれど、僕は少し不安になる。

 《綾子さん》は現実として存在しているから。

 僕は聞いていないようで聞いているような態度を取りながら、ちゃんと耳に情報を傾けていた。

「あの山の頂上に神社があってさ。なんでお神輿をするのかというと、そこから神様をお祭りの会場に連れてくる、ということでやっているのよ」

「そうなると――」

「子供たちを連れて行くわけにはいかないじゃない? ――《綾子さん》がいなくなったわけじゃないんだからさ。だから、あの木が見えない麓から子供が担いでいいことになっているのよ」

「でも、お神輿を山から担いでくるのは相当大変だと思うから、それくらいでちょうど良いんじゃないかな?」

 こんな話をしたのだけれど、その当日に僕も含めてお神輿を担ぐわけでもないから、そこでお神輿の話は隅に置かれる。

 《綾子さん》の話からも逸れることになるだろうから、僕はホッと一息つく。

 だけど、美咲さんはまだまだ話し足りないらしく、口は動き続ける。

「そうそう、あの山の神社には神様がお住まいになっている、って言ったけど。実はさ、とても怒りやすい神様で昔からこの街に災いを起こしていたんだって」

「例えば?」

「七海は知ってるでしょ?」

 七海と二人で話は続いていくから、僕は残っていた宿題をやり始める。

 でも、美咲さんはそんな僕に気にせず、話に入れようと問いかけてくる。

「《弘法大師》って知ってる、歩くん?」

 僕はそれをどこかで聞いたことがあるような気がした。

 そう、えっと――。

「……『弘法にも筆の誤り』、の弘法?」

「うん、その《弘法大師》。よく知ってるね」

 七海は目を丸くして手をパチパチして驚いている。これくらいのことわざくらいなら、僕でも知っていて当然だと思うんだけれど。

「でも、その《弘法大師》は別名なんだよね。その名前もよく知られてるけど、もっと有名な名前があるんだよね」

 それは僕でも知っているような名前なのだろうか。

 僕には『弘法』という名前以外には思い浮かんでこなかったので、首を横に振って答えを求める。

 それに七海が答える。

「《弘法大師》はね、実は《空海》なんだよ!」

 あの、空海? 

 空海は、小学校で一応社会科で習っていたから名前は知っていたけれど、あまり歴史が好きでない僕にはそんな別の名前があるとは知らなかった。

 でも、これは七海じゃなくて美咲さんも知っているようで、なんで二人ともそんな知識を持っているのか、気になった。

「アユくんはまだ引っ越してきたばかりだから、知らなくても仕方ないよ」

「ざっと説明すると、この街は良く駅の横を流れる《水無川》が氾濫するから、空海に鎮めてもらったの。当時はそういう自然現象は全て神様の怒りによって引き起こされてるって思われていたから、空海は川の氾濫、つまり神様の怒りも鎮めたわけ」

 そういう逸話が残っているから、知識として彼女たちは持っているのかもしれない。

 ちゃんと聞いてみると、地域のことを知るための教材でその話が取り上げられているから、小学生でも知っているようだった。

「えっとだいぶ話は戻るけど――」

 美咲さんは別に弘法大師について話すつもりではなかったらしい。

「――良く災いが起きるから、空海が鎮めたあとも何百年後にはまた災いが起きるのよ。だからさ、この街の中から《人柱》になる人間を探して神様に命を捧げていたそうよ」

「……《人柱》?」

 僕はその言葉を初めて聞く。

 七海もこのことについては良くわからないらしく、首を傾げていた。

「要するに命を差し出す、という感じ」

 その命を受け取るのが神様ということか。

 僕はあまりそういう宗教のようなことはわからない。神様は人の命をもらって嬉しいのだろうか、それで怒りを鎮めてくれたんだろうか。昔の人の考え方は理解できない。

「昨日私が《綾子さん》について話したことなんだけど、色々説があってさ」

 またもや僕は体を固まってしまう。

 どうして今になって《綾子さん》の話に戻ってくるのだろうか。

 いや、この話から続くとなると……。

「《綾子さん》はもしかすると《人柱》になる女の子だったんじゃないか、というのがあってね。私たちくらいの年頃だった《綾子さん》はなりたくなかった《人柱》に無理やりやらされて、命を差し出されたことで恨みをこの街に発散し続けている、なんてのもあるんだよね」

「それだったらなんで子どもの命を狙うの?」

「うーん、どうしてだろう?」

 そこでガラガラとスライド式のドアを開けて先生が教室に入ってくる。

 七海が席に着いた頃には号令の合図で授業は始まる。

 僕は教科書を開いたのだけれど、全くと言っていいほど、僕の耳に先生の話など耳に入ってこなかった。

 気になったから。

 綾女さんのことが。

 彼女はどうして幽霊になったのだろうか。





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