第7話
「そうか……それなら、冬季の世界の事を教えてくれるかい?」
「どうしてですか?」
冬季の右腕の震えが、クレメイアと冬季の世界の違いによるものだと言う事はミルドには予想できたようで、冬季に元の世界の事を教えて欲しいと言う。
冬季はミルドが何を思ってそんな事を聞いたか、理解できないようで聞き返す。
「君の腕の震えはクレメイアと冬季の世界との違いからきている物だと思ったんだよ。私達には当たり前の事でも、この世界に呼び出された君にとってはそれが当たり前の事とは限らない。君の世界の常識も知らない私にできる事は君の世界の常識を知り、君に共感できる部分を見つける事、君の不安を拭う事に手を貸す事、それくらいしかできないからね」
「ありがとうございます」
ミルドは隠す事無く、柔和な笑みを浮かべて自分の考えを話す。そんな彼の言葉はわずかではあるが、冬季の不安を和らげる事ができたようで顔には血の気が戻り始める。
「ギルドでライさんの言葉を聞いて、改めて、元いた場所と違うんだと思い知らされただけなんです。俺のいた世界でも人が人を殺す事はありました。だけど、それは、例外と言うか、まず、自分の手で命を奪う事がないんです。そんな俺が、ライさんの言う通り、命を奪う事ができるのか? いざ、その時になったら、俺はどうするんだろうか? 他の命を奪うように自分の命が奪われたら? と考えると手が震えだしました。まだ、その時でもないのに怖くて……」
「そうかい? 冬季の世界は平和だったんだね」
「そうですね……それが当たり前の世界でした。テレビで戦争のニュースが流れていても、俺には関係のない世界だったんです」
冬季はぽつぽつと自分の世界とクレメイアの違いを話しだす。ミルドは何か言うわけでもなく、黙って冬季の話を聞く。
冬季は話す度に、元のいた世界の情景が思い浮かんでいるようで目を閉じる。
「そうか……少しだけ、君がクレメイアに勇者として呼ばれた理由がわかったかな」
「それはどう言う事ですか?」
冬季の様子にふとミルドは冬季が、クレメイアに召喚された理由がわかったと言うが、冬季は意味がわからないようで直ぐに聞き返す。
「今、君が言った通りだよ。私達の世界では王都や街の中では殺しはご法度だ。だけど、1歩、王都や街の外に出てしまえば、魔物や魔族、それこそ、人であっても野盗になり下がって襲ってくる。自分の身を守るためには他者の命を奪う事もある。それが当たり前の世界だ」
「はい……」
「冬季のように自分の命の事も他人の命の事を思いやれる人間は少ない。命を奪う事に恐怖を抱く事はそれだけ、命を尊い、大切だと思っている証拠なんだ。そんな考えを持っている君だから、精霊様は君をクレメイアに召喚したんだと私は思うよ」
「そんな事……ないですよ。きっと、俺の世界の人間ならみんなそう言うと思います」
ミルドは冬季のような考えを持てたから、勇者としての資格を持つ事が出来たのではないかと言うが、冬季は自分の事を勇者だと思えていない事もあり、首を横に振った。
「そうかな? 私はそうは思わないけど、冬季の世界から召喚されても、自分の目的を達するためなら、人の命を奪っても、人を蹴落としても良いと思う人間は絶対にいると思うよ。そう考えられる冬季だから、勇者として召喚されたって私は信じたいかな」
「……買被り過ぎですよ」
「買被りでも良いさ。ただ、冬季の不安を少しでも取り払えるようにはなりたいね。冬季が、人の命を奪わなくて済むように私も頑張るよ。私にもできる事があるかも知れないからね。だから、冬季は訓練を頑張ってよ。圧倒的な戦闘技術を身に付けて、人の命を奪う事無く、私のところに連れてこれるように、そうしたら、その人達の面倒を見れるように私は私のできる事をするから」
「むちゃくちゃですね」
「そうかもね。でも、何かやろうとしなければ、何もできないと思うから」
ミルドは冬季が勇者として呼ばれたのは必然だと言うと、彼の不安を和らげようとしているようで、貴族としての自分ができる事を探す事を誓う。
冬季はどこかに貴族は自分の事しか考えていないと思っていたようだが、クレメイアに召喚されてから、関わってきたミルドは自分の知っている貴族とは違っており、2人は顔を見合せて苦笑いを浮かべた。