店長さんの、長い休日。2
「でもさー、俺思うんだけど。店長よりアリソンのが確実に馬鹿力じゃね?」
てか店長人間だし、非力。と茶々を入れたロバートに食堂内の女性陣が冷たい視線を投げた。
針むしろ状態だと言うのに、「え?何?」と首を傾げるロバートの姿を見ていたシャムは、「空気が読めないってすげぇ」とカウンターの隅である種尊敬したと言う。
「怪力だろうが何だろうが、女の子に荷物持たせんな」
「そーだそーだぁ!だからロブさんモテないんだってばぁ!」
臨とアリソンの反論にロバートが言葉を無くした所で、なら!とシャムが手をあげた。
「アリソンが駄目なら俺お供するっすよ」
「ばっ!お前この前行っただろ!」
「て言うかー、あたしが勝ったんだからあたしだってばー!」
まあ結局の所、ジムが居ようが居まいがこの騒ぎは毎度の事なのだ。
指名したところでロバート、アリソン、シャムの賑やかしトリオの内、誰かしらが駄々を捏ねそれを皮切りに荷物持ち争奪戦が始まる。
今回もまた、お決まりの三人が騒ぎ出した事で、食堂が再び賑やかになる。
収拾がつかない状況に、どうしたものかと溜め息を吐いた臨の肩が叩かれた。
「こんな所に居ったら邪魔じゃろうが・・・お?」
「何ど?ああ、店長来とったんがか?今日はおまさん休みじゃなかと?」
振り返った臨にそんな言葉を投げたのは、大柄な二人組だ。
ジムと同じ年代に見える黒髪の男は、臨よりも頭二つ大きい。
額に大小一対ずつ計四本の角があり、ヘビー級の筋肉を覆う肌は褐色だ。
見た目三十代、爺臭い言葉で喋る赤鬼は、ユジと言う。
ユジの横に並ぶこれまた隆々な筋肉を持つのは、オズだ。
身長は臨より少し大きいほどで、180に足りるか足りないかと言った所でユジと比べると大分小さい。見事な髭と白髪を持った六十代の爺様で、バリバリ現役の傭兵であり、人間だ。
九州言葉に近い妙な訛りは、西大陸の一部地方の言葉なのだそうだ。
この爺様コンビ。
何故か異様に仲が良く、揃って現場が好きな為、モンスター討伐をコンビで請ける事が多かった。
「ああ、悪い。買い物行こうと思って」
「なんじゃ、手伝いば探しに来よっとか」
端折りまくった臨の言葉に皺を深くして笑ったオズが、それなら。とユジの肩を叩いた。
「おん、どうせ誰が行くと決まらん状態だったんじゃろ?ならワシが行くとするかの」
呵々(かか)と笑ったユジに、周りから一斉にブーイングが飛ぶ。
ええ! ズルい! ユ爺抜け駆け!! 等とギャイギャイ喚く傭兵達に、ガキか。と臨が頭を掻いた瞬間、
「せからしか!」「喧しい!」
爺様コンビの雷が落ちた。
「おまんらが我が我が言っちょぉ間に、店長の休みは減りよっちこっが判らんがか!!」
「オズの言う通りじゃ!嬢ちゃんも嬢ちゃんでこうなるのが判らんわけじゃ無かろう!
依頼人である嬢ちゃんがさっさと決めてしまわんか!!」
オズの傭兵達への一喝と、ユジの臨への一喝に、食堂中の傭兵と臨はビシっと背筋を伸ばして固まった。
「「すみません!」」
「おまんら謝る相手が違っとぉ!」
「や、も、オズ爺。気にしてない。と言うかすみません、ユジさんお願いします」
ギチギチとユジに向かって頭を下げた臨を見て、爺様コンビは納得した顔で頷いた。
メルに依頼実行者を伝え、結果傭兵を指定する事になったので追加分の料金を払った。
その後、臨とユジは風見鶏を出る。
乾麺、米、小麦粉を何時もよりも多く買い込んで、ついでにチーズや瓶詰めの保存食も買う。
この他に卵や野菜も買う予定だが、確実に臨では持てない総重量の大荷物をユジは軽々と持つ。
先ほどロバートが触れたが、人間より魔族とされる獣人や亜人の彼らの方が身体能力が遥かに高いのだ。
同性で近い体格の物で比べればそれはより顕著だが、それはまあ良い。
久し振りに怒られたな、と横を歩くユジをちらりと観た臨は溜め息を噛み殺した。
臨と気質が似ているし、外見的年齢が近い分気心しれたジムが彼らの妥協点であることを知っている臨は彼が居ない今日、丸投げしたのだ。
誰かを名指ししたら他が煩い、それで騒がれるのも面倒くさい。
そんな理由で大雑把な判断を下していた臨は、言外にそれを怒られていた事に気付いて反省した。
「あ、そう言えば」
「おん?なんじゃ」
ふと過ぎった疑問が少し口から出たらしく、ユジが臨を見て首を傾げた。
「あー・・・その」
一瞬口ごもった臨は、眉根を寄せてから続きを口に出す。
「今更なんだが、どうして私の料理を皆が皆好きなのか、と」
それはマギ・・・この世界に来てから、ずっと心の片隅で思っていた事だった。
自意識過剰かと一時期思いもしたが、周囲の反応を鑑みるとそうでは無いように思えた。
ついさっき、風見鶏での出来事を思い出しても明らかに、可笑しい。
「そりゃ、美味いからじゃろ?」
「それは有難いが、やっぱり可笑しいんだろ?」
何を今更、とばかりに答えたユジの言葉を臨は否定する。
どう考えたって、可笑しいだろう。
十人十色で、蓼食う虫も、だ。
味覚も好みも千差万別が当たり前だと言うのに、皆が口を揃えて自分の料理を絶賛する。
自分の作った料理を誉められる事は、料理人としては嬉しい事だ。
だが。
「私はただの料理人だ。元は小さなレストランの・・・本当に普通の料理人なんだ」
もし、臨が星付きレストランのシェフや、有名料亭の板前であったなら、ユジの言葉で納得したかも知れない。
だが実際は、掃いて捨てるほど居るようなレベルの腕だ。
口に合わないとクレームを貰う事もあったし、賄いでバイトに微妙な顔をされた事もある。
だからこそ、最初は気を使われて居るのかとも考えたが、あの反応では気を使っている訳では無さそうだ。
「なるほどなぁ・・・だから、口に合わない奴が居ないのは可笑しいと思うわけじゃな?」
「ああ」
頷いた臨にユジは何か考えるように首を捻った。
「ワシはな、そうそう飯は作らんし、食う専門じゃから上手く言えんが。
嬢ちゃんの飯は他と何かが違う気がするんじゃ。
他の奴の料理は芋やら肉やらがガツンと“来る”んじゃが、嬢ちゃんの飯は全部が綺麗に纏まってる感じかのう」
だから美味い。と、ユジは笑った。
ニカッと笑った赤鬼が臨の頭を軽く叩く。
「纏まってる?」
そうじゃ。と答えるユジの言葉を聞き流しならが、臨は考えた。
器具や食材に多少の差はあれど、日本に居た時と変わらない調理方法で作っている筈であり、臨自身なにも特別な事はしていない。
味見しても「ああ、自分の料理だな」と思うだけで、衝撃を受ける様な飛び抜けた美味さは感じない。
なら、他人の料理は? と考えて見ると、少し引っかかる物を感じた。
例えば“帽子うさぎ”のハロルド、彼は牛肉料理が得意だ。
牛肉の旨味を引き出しステーキやハンバーグは絶品と言っても良い。
ただ、それがビーフシチューになると別だ。
牛肉の自己主張が強くて、野菜やブラウンソースの風味が霞む。
牛肉以外の料理もそうだ、牛肉程では無いが何かしら肉や魚の主張が強い。
他の店や料理人を思い出しても、同じだった。
一人に付き一種。
何か一種の食材、もしく酸味、甘味、辛味など得意分野が物凄く判りやすい気がした。
「何でだ?」
「何でかのう・・・っと、嬢ちゃん!行き過ぎじゃ」
いきなり二の腕を強く引かれて我に返った臨がよろける。
何とか転倒は阻止したが、ユジは申し訳無さそうに小さく謝罪した。
「すまん、八百屋でも何か買うんじゃったな」
「あ?ああ、うん。悪い、ぼーっとしてた」
じゃが芋、人参、玉ねぎ、にんにくなど多少ストック出来る野菜は少し多め、
葉物野菜はどうしようか。と、頭を切り替えた臨は、ほうれん草を手にしてユジを見た。
正確にはユジの手にする袋を、だ。