店長さんの、日常。3
2ヶ月前に隣に越して来た14歳の天才少女は、誰もが認めるプチ不運さんだ。
飲み物や食べ物を口にしようとして、誰かにぶつかり落とす。
注文した料理が後回しにされる。
買い物中、後一枚銅貨が足りない。
そんな小さな不運を引き寄せるスクルドが天才少女たる由縁は、東に渡って来た事が何よりの証拠だ。
海峡を渡ってくる勇者組は、25歳以上が多い。
“勇者”は誰もが就ける職であるが、それ故に狭き門でもある。
そこに同行する者も相応の試験をクリアせねばならず、
経験や知識が豊富な年配者が多くなるのは仕方の無い事なのだ。
よって、十代半ばで東に渡って来る事はかなり稀である。
そんな天才少女は現在、彼女は国立医療研究所の下っ端職員をしている。
現皇妃が皇帝と結婚する以前に勤めて居た場所で、
薬草などから作る薬と、回復魔法などで治療を施す大学病院のような場所だ。
プチ不運な白衣の天使。
くりっとした緑色の目と、ふわふわな栗毛のスクルドは『放っておけない身近なアイドル?』として、着々と周囲から支持を得ていた。
まあ、これは余談だが。
そんなスクルドは髪の色も合間ってか、隣人故か、臨の妹ポジションに収まっていた。
赤い飛び魚の住人達も、妹か娘のように可愛がっては居るのだが、プチ不運が発生すると必ずと言って良いほど臨が呼び出されるのだ。
臨も臨で、スクルドに泣きつかれると弱い。
下に弟妹が居た所為で、元々が世話焼きの性分だ。
こうしてスクルドは、臨の妹ポジションについた訳だ。
「とりあえず、飯は」
「お、おじゃいふも゛、わじゅででぎだので、だべでまぜん」
訳:お財布も忘れてきたので食べてません。
ぐぎゅー、とタイミングよく鳴いたスクルドの腹の虫に、臨は溜め息を飲み込んだ。
とにかく、飯だ。
家にある食材を思いだすが、翌日買い出ししようと思っていたのでほぼ底を突いていた。
「ジム、悪い。何か食材あるか?」
「あー・・・見てみるか」
使えそうな物を持っていく、と言うジムが自室に消えた。
腹に張り付くスクルドを引き摺りながら、部屋に帰った臨は引き剥がしてスクルドをベッドに投げる。
ゴッと壁に頭を打った音がしたが、スクルドは鼻を啜りながら後頭部に治癒魔法をかけていたので問題はなさそうだ。
臨が残り少ない食材を漁る最中に、ノックが響き「勝手に入れ」の言葉でジムが部屋に入る。
ジムが持って来た鳥ベーコンと野菜、辛うじて残って居た卵と一食分の米で炒飯と卵スープを作ってスクルドに食べさせた。
後はもう風呂に入って寝るだけだ。
常ならばその間に趣味の時間を挟んだりもするのだが、明日が休みである臨とは違い、翌日も出勤するスクルドが居るのでそうも言ってられそうに無かった。
食べ終わる頃には、すっかり泣き止んでいたスクルドを臨に任せたジムは部屋へ帰ったので部屋には二人だけで、ジムもそうだがスクルドも立ち直りが早いな、と妙な感想を抱きながら臨は食器類を手早く洗う。
自分が汚したのだから皿洗い位させてください! と言うスクルドの申し出は有難かったが、前科のあるスクルドを黙らせた。
この二ヶ月で既にふた桁ほど食器類が無残な末路を遂げているのだ。
「ああ、そうだスー。服は貸せるが流石に下着は無理だから我慢してくれ」
「ノゾムさん有難うございます! あ、下着は大丈夫ですよ。いざという時に備えて鞄の中に常備してます!」
通勤用にしてはやけに大きなバッグを、何時も掛けているとは思っていたが。
どうやら非常袋らしい。
西に居た頃からすでに、締め出しなどが日常的に起きて居たのだろう。
過去の経験から学び、いざという時の最低限の準備は素晴らしい事だ。
だが、臨は思う。
「・・・そう、か(荷物が多いから、忘れ物と落とし物に気付かないんじゃ・・・)」
それを口に出さなかった事が、結果的に良かったのか、悪かったのか。
それは誰にも判らない。
裏庭に建てられた、二つ並ぶ物置小屋のような建物はトイレ。
その横にあるアパートの一室ほどの大きさの小屋が風呂場だ。
原理の詳細は不明だが、(おそらく、魔法で小細工してあるのだろうが)
24時間使用可能な風呂の使用は、赤い飛び魚関係者ならば自由である。
体格にもよるが、2~3人はのびのび使える広さで、
大体は、同じ時間に風呂に向かう同性の住人3、4人で使用する。
空いてる時に勝手に使え。と言う、何とも大雑把なシステム故に、男女別の時間設定などは特にされて居ない。
内鍵が付いて居るので、滅多にある事じゃないが、
時たま『お風呂でばったり』なんて、お約束な展開もあるらしい。
が、此処で一つ残念なお知らせをせねばなるまい。
赤い飛び魚に住む女性陣は、大抵がギルド関係者である。
傭兵、若しくは職員だ。
事務職なので舐められがちだが、実のところ例外を除いて傭兵よりも職員の方が強い。
傭兵同士の揉め事の仲裁も仕事の内であるギルド職員は、
傭兵の中でも実力者が引き抜かれて居る事が多く、女性と言えど実力は折り紙付きだ。
そんな彼女達と“ばったり”した日には、どうなるか・・・
取りあえず、『骨の一本で済めばまだ良い方』とだけ言って置こう。
どーでも良い相手に対して、女性が容赦ないのは何処の世界でも同じ様だ。
風呂の後は歯を磨いて、就寝。
最後にスクルドが引き起こすプチ騒動があったものの、
その他に特筆すべき点もなく、臨の一日は幕を閉じるのだった。
ん? 妹キャラのドジっ娘美少女と一夜を共にして何も無い筈が無い?
店長さん、ちょっとそこ変われ?
はっきり言おう、後者は無理だ。各自妄想で補って欲しい。
それから・・・、
臨に関してはそう言った方向のアクシデントは起きようが無い、とだけ言っておこう。
何故なら風見鶏の店長さんは・・・――