店長さんと、嵐の前の空騒ぎ。
傭兵ギルド『風見鶏』の事務所と言うのは、カウンターの内側を指す。
普段臨が取り仕切る軽食(喫茶)スペースよりも、こちら側は横に半分位の幅だ。
カウンターの外側から見ると、数人の職員用の作業机と奥の壁には書類や本が並ぶ本棚や、その他の雑多な物が並ぶ棚が三つあるドアを避けるように置かれているように見える。
一番『風見鶏』に近いドアは裏庭に続いていて『赤い飛び魚』と似た様なトイレが二つと喫煙スペースがある。
この裏庭は『風見鶏』の利用者と兼用だ。
ここまでが『風見鶏』と同じ奥行きで、裏庭から見るとギルド側の建物は裏庭と同じ幅せり出している。
『風見鶏』側のカウンター奥は、事務所より狭い調理場と裏庭に向かう短い廊下とドア。
それから倉庫が一つあるだけだ。
裏庭に続くドアの隣にある二つ目のドアは物置であり、国内外の傭兵ギルドとの連絡手段である代物が置かれている場所でもある。
予備の備品やこれまた書類や本などが置かれ、通信手段の方は電話代わりの固定通信石や、書類や生き物以外の様々な物をやり取り出来る移転魔法の応用版である簡易魔方陣などがある。
生き物の移動は個人で馬車なり馬なりで行くか、移転魔法の出来る者が付き添うしか手段が無い。
裏庭と同じ幅だけせり出した事務所のほとんどが物置部屋であり、三つ目のドアは平均的な人が二人並んで通れか怪しい幅の階段がある。
物置部屋の一部天井を圧迫する途中で一つ折れた形の階段を登ると建物の二階部分に出る。
階段の二階部分のドアを開けて直ぐと次の部屋が寝泊り用の部屋二つで、その奥にある通称『風見鶏』の全てと同じ幅の広い部屋が会議室。
さらに上に続く階段があるが、その上にある三階にはギルドマスター(ギルベルト)の部屋と古い書類や本、何に使うか解らない物から緊急時の武器や攻撃魔具(攻撃用の魔法道具)などが犇く物置部屋がある。
因みにギルドの敷地内には風呂にあたる物が無いので、寝泊りする際には『赤い飛び魚』等がある下町にある銭湯を利用する形になる。
閑話休題。
てっきりギルベルトの部屋に向かうものだと思って居た臨だったが、メルは二階の会議室に臨を案内した。
室内に声をかけて扉を開くと、大きな円卓の端と無数の椅子と魔具製の照明が一つ見えた。
壁には東大陸とゼノ帝国全体。それから帝都ドラグニル付近の地図などが貼られている。
窓もいくつかあるが、カーテンが締め切られていて外の景色は見えなかった。
広い会議室の角に出入り口が一つだけと言う面倒くさい作りである為、奥に人が居たとしてもドア付近からは見えない。
臨が部屋に入ると、メルは事務所に戻るためドアを閉めた。
「臨さん久し振りー」
「馬鹿!一応ちゃんとしろって!えーっと、お久し振りです臨さん」
「ああ・・・久し振り?」
部屋の中で待っていた面々に少しだけ臨の頬が引き攣った。
ぱっと臨に向けて駆け出した梓とその背中を蹴倒した翔太。
席についているのは、何事も無いかのように微笑リチャードと、引き攣った顔のギルベルト。
それから、壁を背に立つよく似た顔の騎士とメイドが臨を待っていた。
騎士とメイドは初めて見る顔だが、翔太と梓は見慣れているらしい。
「・・・そっちの二人は初めて、だよな?私は」
「「ノゾム・ヒサマツ様ですね」」
臨の言葉に声を揃えて臨の名を口にした騎士とメイドは、同時に同じ顔で笑った。
敢えて揃えた訳では無いだろうが、笑うタイミングから何から何まで鏡合わせの様にぴったりと揃ったその二人に、臨は違和感を感じた。
「事情含めて話はディック達から聞いてるし、それに」
「僕達は初めましてって、感じじゃないけど」
そんな事を口々に呟いた騎士とメイドの二人組みの顔に、臨はふと何処か見覚えのある様な気がした。
違和感と言うよりも、良く知っているのに忘れてしまって出てこない。
そんな気がして仕方が無かった。
「・・・名前は?」
「僕はテリー」
「僕はバリー」
「「家名はヴィンゼーリン」」
テリーと名乗ったメイドはまだ若いらしく10代に見える。
くすんだ黄色の髪を右耳の下で一つに束ねている。
バリーと名乗った若い騎士は、同じ色で同じ長さの髪を、左耳の下で同じ様に一括りに束ねていた。
身長も体格も全く同じに見える二人はオレンジ色に光る、明るい茶色の眼を細めて鏡合わせの様に全く同じ笑顔を浮かべてみせた。
「さて、自己紹介は済んだし早速本題に入っちゃうけど。精霊祭の時って前後何日か食堂の方休みじゃなかったっけ」
「ああ、いや今年は明後日から休みだけど祭りが終わった翌日からは通常通りだ」
「へぇ、まあしょうがないか。今年はちょっと賑やかだしね、お客も来るし」
リチャードの言葉に首を傾げた臨に、珍しく真面目な顔でギルベルトが頷いた。
「今年はマオラとラウシュのお偉方がゼノに来るんだ」
「それって去年もじゃなかったか?」
「うん、まあそうだけど。前回までは名代で、今回は直々にって所かな?」
要するに隣国の国王が揃ってくるんだよ、と苦笑したリチャードに「それで?」と臨は先を促した。
まあ騎士団とその下の準騎士団である小軍は忙しいだろうが、臨には関係の無い話だ。
そりゃあ其処に関わってくる様な知人は居るが、傭兵達ですら仕事を忘れて精霊に感謝し、着飾り飲み食い遊ぶと言うような一週間なのだ。
商業ギルドは書き入れ時だが、傭兵ギルドもそうと言えばそうだ。
仕事を入れるか入れないかは傭兵達個人の自由だが、護衛に子守に荷物運びに等仕事は山とある。
特に国からの警備依頼など金払いの良い仕事も少なくない為、殆どの傭兵が出払い腰を落ち着ける余裕も無いほどなのだ。
よって、開店休業状態になってしまう『風見鶏』は休みになるのだ。
「それで?私に何をしろと?」
「話が早くて助かるよ」
結局の所、暇なら手を貸せという話だろうと辺りを付けた臨に対してへらりと笑ったリチャードは、梓と翔太に視線を向けた。
「ショウタとアズサの目付けをやってくれないかな?折角だから城の外も見せたいじゃない」
「研修は?」
「んー大体良いかな?履修科目はノゾムと同じだし」
そうかと答え、額を押さえた臨にリチャードが苦笑を漏らした。
ギルベルトをからかって居た翔太と梓が、はっと振り返り臨に詰め寄る。
その表情は真剣そのもの、と言うよりどこか青褪めて見えた。
「臨さんあれマジで全部覚えたんすか!?」
「コリーさんとジャスミンさんのスパルタ半端無くないですか!?」
ぎゃーぎゃーと殆ど泣き言に近い愚痴を連ねる翔太と梓に対して失笑を・・・と言うよりも、どこか遠くを見据えた臨は二人の肩を叩いて落ち着けた。
「ああ、うん。私も流石にアレは辛かったけど、どこまで進んだ?」
「・・・えーっと、近隣諸国の大雑把なのは終ったし、ゼノの中の国?とかまあ色々が終わりかけで」
「あー、なるほど。実技の方は?」
座学の方の詰め込みは本当に終わりかけなのだろう。
臨も一度は通った道だ。
ジャスミンとコリーのスパルタ詰め込み教育は、模試で望みなしを食らった学生の受験勉強すら甘っちょろいと思える気さえする様なものだったのだから、この二人の鬼気迫る表情での泣き言も臨には理解出来た。
まあ実際調理師学校に進学した臨は、模試がどうのと言う経験が無いのだが。
あの二人のスパルタ教育を受けると、何となくそんな気分になるのだ。
閑話休題。
翔太と梓の話を聞く分には、実技の方も座学同様に滞りなく終わりが見えているらしい。
実技がどうのと言っても子供が通う“学校”で仕込まれる様な護身術に近いものだ。
元々剣を持つ翔太は別コースで鈍った身体を叩きなおされていたらしいが、バリーの言う事が事実なら翔太は座学が終れば修業だそうだ。
「判った引き受けるよ」
「「マジすか!?」」
「ごめんねー助かるー。ああ、一人こっちからも着けるってコリーが行ってたよ、誰か指定があれば出来る限り受け付けるって」
と言われたところで臨の顔見知りは大体忙しいだろう。
ギルドの面子だって同じ事が言える。
少し唸ったところで、特に思い当たる顔が浮かばなかった臨はふと翔太と梓に視線を向けた。
「城の兵士とかで、誰か知り合い居る?若しくは誰と一緒に回りたいとか」
「あんまり食堂行けなかったんですよねぇ・・・知り合いかぁ」
臨の問いに、首を傾げた梓が唸る。
その横で何かに気付いたのか、肩を震わせた翔太は勢い良くリチャードに顔を向けると
「リック!頼むから先生に進言してくれ!絶対にバグラーチ少将だけは止めてくれって!!どんだけ現場警備がキツくてもあの人『面白いかと思って』の一言でやりかねない!!」
「・・・な、なんでそー言うこと言うかなぁ!ありえそうで怖いわ!って言うか湧いて出そうだから止めてよ翔太!!リッちゃん!!あたしからもお願いだからコリーさんに頼んで!!」
唾を飛ばす様な勢いでテーブルを叩いた翔太と
もう心理的ブリザードは嫌だァアアア!!と、
髪を振り乱して叫ぶ梓の二人に視線を向けた人物が一人口角を引き攣らせた。
第二皇子の手前ふざける事を自重していた為、今まで空気と化していたギルベルトだ。
「の、ノゾムちゃん?」
「何だ、ギル」
必死になって「バグラーチだけは勘弁!」とリチャードに懇願する梓と翔太、二人の後で腰に手を当てた臨に声を掛けたことをギルベルトは心底悔やんだ。
現在の臨の顔を説明するとなると一言では難しい。
“にっこり”と笑んでいる事は確かだが、そりゃもういっそ清々しいほどに判りやすい“作り笑い”だ。
そして声が1オクターブとまではいかないだろうが、低い。
思わず梓と翔太が例の諍いを思い出して凍りつく程度には低かった。
それ、女の子が出す声じゃないよねノゾムちゃん・・・
と言う言葉をギルベルトは賢明にも飲み込んだ。
「そっかー、それじゃあ、マレイラだけは確実に外すよう言っておくよ。他に何かある?」
「あ、テリバリのどっちかってのは駄目なの?」
「「ごめん、僕らもう仕事決まってるんだ」」
声を揃えた双子に、話を振った梓はそっかーと元から期待していなかった様に答えた。
出来ればテリバリが良かったな。と呟いた通り、“出来れば”の話しだったらしい。
「まあ、話はこれだけだったんだけどね。後忠告が二つ」
「・・・忠告?」
のほほんとした笑みを浮べ、指を組んだリチャードの言葉に臨は眉根を僅かに寄せる。
忠告と言うのは些か穏やかさの欠ける言葉だ。
「そんな大袈裟に受け止めなくて良いんだけどね。一応だよ?一応」
くすくす笑ったリチャードが「あのね」と、話し出した“忠告”に臨は頭を抱えた。
確かに私にとっては“忠告”だ。
そう呟いた臨に、えー?とその場の臨を除いた全員が不満そうな、それでいて楽しそうな声を上げた。




