店長さんと、嵐の前の空騒ぎ。
世界を創った精霊達に豊穣の感謝捧げ、今後も変わらぬ生活が出来るよう祈りを捧げる『大精霊祭』は時期を重ねて建国されたゼノの建国祭も兼ね、現在では大々的な祭となっている。
その祭で行われる祭事に出る様命じられた――結局アイザックからの勅命を頂いたブリューゲンの“毒花”オリヴィア・アイリス大佐は往復の時間を考慮した結果帝都ドラグニルに留まる事になった。
そうして、砦の町ブリューゲンの軍人三人が帝都に留まってそろそろ二週間になる。
「どぉーして、私が・・・そりゃ皇帝陛下の命に逆らいはしませんけど」
軍服の変わりに支給された簡易ドレス(ワンピース)を着たオリヴィアは、相変らず賑やかな城内の食堂で不満気にぼやいた。
牛のステーキも付け合せのポテトや人参、インゲンの類まで全てを意味無く細切れにするオリヴィアの前でそれぞれ肉料理を食べる部下二人は手を止めてオリヴィアに目を向けた。
「そりゃ調子こいて修練場ぶっ壊したからじゃねぇの」
「・・・自業自得?」
「だな。まあアレの対価としちゃ、お優しい処置だと思って諦めろや」
クククと咽喉で笑い頬杖を突いたギディオンと、呆れた様に鼻から息を抜いたグレタ、それぞれの言葉にオリヴィアはぐっと言葉を呑んで溜め息を吐いた。
「そりゃまあ・・・そーですね。でも、肌や髪のお手入れよりも!私は剣の腕を磨きたいんです!」
折角ドラグニルに居るのにぃ!と本物のサイコロサイズに切り刻まれたステーキ(現、極小サイコロステーキ)にフォークを突き立てたオリヴィアの泣き言に、ギディオンとグレタは声を揃えて宥めるでもなく答えを返した。
「ああ、それについては「・・・ご愁傷様」だな」
上司であるオリヴィアに対し、無礼な・・・否、気負う事無く言葉を紡ぐギディオンとグレタは彼女の部下である。
しかしながらこの三人、上司と部下と言う関係以前に幼馴染であり子供の頃からの悪友でもあるのだ。
故に、それぞれ立場に縛られないプライベートな時間に置いてはこの様に軽口を叩いたりもする。
「しっかし、オリヴィアの“普通”の正装なんざ何時以来だ?」
「んー・・・?ああ、成人祝い」
「ああ、そーだった」
「私は!ドレスより軍服の方が気が楽なんですっ!」
ギディオンとグレタが何の気なしに行った会話はオリヴィアの心の何かに突き刺さったらしい。
殆ど悲鳴の様な声で叫んで、頭を抱えたオリヴィアに近くで食事をしていた者達がなんだなんだと視線を集めた。
「「耳真っ赤」」
「ちょっと黙って下さい」
オリヴィアの幼馴染二人の笑い声に、彼女は蚊の鳴く様な声で反論したが、彼らはそれぞれ笑みを浮かべたまま食事に戻った。
――――――――――
一方、その頃『風見鶏』では・・・
「「ごめんなさい」」
「「申し訳在りませんでした」」
元勇者アーサーと、その一行が頭を下げていた。
店内で仕事を待っていたり、ただ単に屯して雑談に花を咲かせていた傭兵達の反応は人それぞれと言ったところだ。
目を丸くしていたり、首を傾げていたり。
『帽子うさぎ』前での騒動を思い出して「ああ、あの時の」と頷いていたり、これ見よがしに指を指していたり。
あの騒動を知らなかった面々や、傭兵以外の客は「取り敢えず面白そうだ」と黙って居たり、訳知り顔の傭兵に彼らについて訊ねたりと忙しい様だ。
「えー・・・と、ちょっと待て。アーサー、誰に対する謝罪だ?」
「街中で乱闘に巻き込んでしまった傭兵の方々に、非礼を詫びに参りました。それと、別途でノゾムさんとユジさん、でしたか?そちらの男性にも」
四人組の代表者として、勇者であったアーサーに臨が困った顔を向ければ、アーサーもまた困った様に眉を下げて答えた。
どうやら『風見鶏』側の代表は、この場で唯一のギルド職員である臨に丸投げされた様だ。
「こちらは皆さんでどうぞ」と、やけに重そうな箱をアーサーはカウンターの上に置く。
本日の当番である、ユジが中身を確認すると数本の酒が中に入っていた。
その内容は、葡萄酒の赤白がそれぞれ三本。
蜂蜜酒と林檎酒が各二本。
洋梨酒が一本だ。
どれもこの世界では一般的な酒で他には麦酒や、酒造を生業とする者達以外にも各家庭や教会などでも作られている各種果実酒、薬草や香辛料を漬け込んだリキュール等も一般的に知られる酒だ。
他国の名産品である火酒や、焼酎、米酒(清酒)も少々値は張るが、先にあげた酒と同様に知られている。
ホワイトリカー系の酒も存在するが、此方ではラムやテキーラとは名が違う為、割愛する。
米酒について補足すると、生産地である東諸島や東諸島文化を良く知るウィルマ国では清酒と呼び、他の地では米酒と呼ばれている。
因みに、西大陸には米酒に相当する酒は無い。
閑話休題。
さて、酒に色めき立つ傭兵達を一喝した臨は溜め息を吐いた。
翔太や梓に引かれてからと言うもの、臨は何かある毎に一喝を入れる事にしたらしい。
ただし二度目には何時も通り刃物が飛ぶと言うことを、傭兵と常連客達は知っている。
「それで?ユジには兎も角、私は謝罪を貰ったはずだ。城の食堂で二週間位前に」
「そうね、確かに城の食堂で謝罪はしたけど、あの時怪我させたし、ボトムだって血塗れにしちゃったでしょ?それに買い物してた荷物も駄目にしちゃったし」
「だからそのお詫び。それにあたしはまだ何も言ってないしね」
ジュリアの言葉に継いで、女格闘家のソフィーが肩を竦めた。
「遅くなったけど、あたしソフィー。拳闘士よ、よろしくね」
臨と先に名前を交わしていたソフィーの言葉に臨はまあ、確かに面と向かって言葉を交わしたのは今日が初めてだと納得した。
「だから、ごめんなさい。それから、ここに来る前にね?『帽子うさぎ』にも言って謝って来たの。そしたらそこで店長さんがお酒を駄目にしてたって聞いて」
「それで、同じ物かは解らないけど、出来るだけ似たような物を買ってきたんだ」
『帽子うさぎ』の店員に色々聞いて。と、アーサーが苦笑を浮べて臨に紙袋を手渡した。
中身は焼酎と清酒、それと淡い茶色の衣服だ。
アーサー達の言葉から察するに、引っ張り出して見ずともそれがボトムである事は明らかだ。
サイズについては・・・まあ、合わなくても貰い物だし。と確認をやめてそれよりも酒の方が素直に嬉しかった臨は礼を告げた。
「態々(わざわざ)悪いな、有難う」
「良いのよ、アレについては私達が全面的に悪いんだし。ご都合主義な歴史に対して疑問を持たなかったのも今考えるとどうかしてたんだわ!だから気にしないで。ああ、そうだわ。ミラ、ほら貴女も彼にあるでしょ?」
相変らず兄そっくりなマイペースな語り口でひらりと手を振ったジュリアが、小動物・・・否、どこか気恥ずかしそうに俯いていたミラを背を押し促す。
あうあうと言葉にならない声をわずかに上げながら、恐る恐るユジに視線を向けたミラは紙袋を差し出した。
どうも、ミラには周囲の者の庇護欲を掻き立てるらしい。
固唾を呑んで見守るような雰囲気が周囲に流れ出した頃、ユジが苦笑を浮べた。
「そんで、嬢ちゃんもわしに何かあるんか?」
「っあの、は、はい!」
ああああの、ごめ、んなさい!サイズがわからなくてそれで。なんて、尻すぼみに成りながらも言葉を紡ぐミラは最終的に蚊の鳴く様な声で「気に入らなかったら捨ててください」何て呟く。
それに失笑を零しながらも袋の中身を覗いたユジは目を丸くして少しばかり固まった。
「・・・これ、嬢ちゃんが作ったんか」
「は、い。あの、すみません・・・」
驚いた様な表情のまま、ユジが紙袋から取り出した物は薄手のコートだ。
砂色のフィールドワークジャケットに似たフードの付きのコートで、和柄の布で縁取りがされている物だった。
日本で似たような物を見た覚えのある臨は一瞬あれ?と首を傾げ考える、この世界に来てからこういった意匠の服を見た覚えが無いのだ。
それもその通りで、西大陸は勿論の事、東大陸であってもこういった意匠の服は存在しない。
振り袖、留袖、羽織などと洋服を組み合わせて着ると言う、ファンタジーだから許せる服装はまあ在るが、和柄系ファッションはミラ作の一点を除いて存在しない。
「えっと赤鬼さん?あたし貴方と同じ種族の兵士と私が仲良くなってね、ミラが何か色々悩んでたっぽくて」
「そうそう私達が迷惑掛けたお詫びの差し入れ持ってこうって話した頃からそうだったのよね、それでミラって裁縫得意だからじゃあ作ったらって話になって」
「あー、そうだった。それで、色々話し合った結果それ作る事になったんだけど。じゃあ、折角だから出身地の布使ったらって話したら、カカンが・・・あ、あたしの友達の兵士ね。彼が用立ててくれたんだけど輸入品だから結構して。そうなったみたい」
ジュリアとソフィーが口々に事情を説明して、それを聞いてユジや臨、他店内の人々が納得する中、ミラだけがしおしおと身を小さくする。
それに気付いたユジは、ニッと犬歯が覗く笑みを浮かべた。
「嬢ちゃん、凄いんじゃなぁ。店で売っとっても可笑しくないぞこりゃ」
紙袋をカウンターに置き、コートに袖を通したユジが「おお」と、思わず呟いた。
ぱっと見ただけでもユジに良く似合っているし、サイズもそんなに違わない。
晩秋の頃に少し着込んでも大丈夫だろうが、そう大きくも小さくも無い丁度良いサイズだ。
「「すっご!」」
「サイズぴったりじゃね?ってーか、ユジさん似合うなぁ・・・」
揃って感嘆の声をあげたシャムとアリソンに続いて、ロバートが眼を丸くして感想を述べた。
小動物・・・否、ミラの意外な特技にか、ユジの似合いっぷりにかは解らないが、心底驚いているのは確かだろう。
普段ならシャムとアリソンにつられて悪ノリしそうなロバートが、極普通の感想を述べた辺りにそれが窺える。
ただ「(普段三人揃って喧しく騒ぐ所で落ち着かれると気持ち悪いな・・・寧ろ、つまんね)」と、臨は思った。
「えー!ミラちゃんすごーい!あれカッコイイね!自分で考えたの!?っていうかぁ、あたしのも作っ・・・ちょっと何ぃ」
きゃーきゃー黄色い声をあげながらミラの両手を掬い上げて、跳ね回るアリソンをシャムが羽交い締めにして、ジムが顎でカウンターを示した。
「ミラちゃんノゾムちゃん、ごめーんね。ちょっとカッコ良かったからテンションあがっちゃったぁ」
「ミラは良いとして、後は私じゃなくてシャムとジムだろ」
「おっちゃん、ごめんねー!」
包丁片手に指示を出した臨に、アリソンは素早くジムに謝った。
普段ロバートの立ち位置である、話を纏める為の犠牲と言う立場に置かれてしまったシャムの「俺は?」と言う呟きは当然の様に無視されてしまっている。
「嬢ちゃん本当にあんがとな。有難く使わせて貰うとするかの」
「ほ!本当です・・か、あの。無理なさらないで、下さいね」
ふんわり笑ったユジの言葉にぱっと明るい顔をしたミラは、それでも自信が無いのか塩々と語気を弱めてまた小さくなった。
「この顔見て解らない訳!?どう見てもちゃんと気に入ってくれてるでしょう!?どうしてミラはそうも自分に自信が持てないのよ!」
形の良い爪の乗る人差し指をユジに突き立てるように向けたジュリアが唐突に怒鳴ると、びくっと身体が跳ねたミラは視線を彷徨わせながらうつむいた。
どもり言葉にならない声を口から零すミラの前に、苦笑したユジがしゃがみ込み。
過去の事まで引っ張り出して説教しようとしたジュリアは、アーサーとソフィーが止めている。
まあ、正確には今にも掴みかからんとするジュリアをアーサーが羽交い締めにして、喧しい口をソフィーが抑えた形だ。
ヴァンとは違い、ジュリアは勝気を通り越して短気らしい。
この止め様を見る分に、直ぐに手が出る方でもある様だ。
「無理や世辞じゃ無くてな、本当に気に入ったから使わせてもらいたいんじゃ。寧ろ、ワシがこんな上等なもん貰うても良いんかの?」
「じょ!上等なんて、そんな・・・あの、赤鬼さん、の為に作りましたから・・・」
そう言ってもらえると、嬉しいです。と、へにゃりと笑ったミラにユジが目を丸くした。
「ああ、そうじゃった。わしはユジちゅーもんでな、エンジュ・ユジじゃ。血筋の名がエンジュで、わしの名がユジちゅーんじゃ。嬢ちゃんはミラだったかの?」
「え、あ。はい、あのミラ・バケット・・・です」
そう言えば名乗ってなかったですね。とクスクス笑うミラに、そうだったと微笑んだユジが頷いた。
そんな様子を見ていた臨は、ジュリア達にカフェラテを押し付けながら一つ、へぇと呟いた。
ついでに同じ物を頼んだロバートと、ミルクティーを頼んだアリソンとシャム達はそんな臨の様子に首を捻る。
「へぇ、ってどうしたんすかノゾムさん」
「否、ユジのフルネーム初めて知ったなーって。あ、そう言えば・・・お前らのフルネームも知らない」
「えー?あれ、そう言えばぁあたし達ちゃんとノゾムちゃんに名乗ってなかったかもぉ?」
「あー、そう言や?」
あれ、そうだったっけ?そう言えば!何て、臨の一言を聞いた『風見鶏』の傭兵達が騒ぎ出す。
カフェラテ(カフェオレ)を一口啜って落ち着いたらしいジュリアが「あら、そうなの?」何て手近に居たジムに告げれば、少し考えてからジムが「ああ」と苦笑した。
「今更だけどあたしアリソン・エンプーサって言うのー。ノゾムちゃんはヒサマツ・ノゾムだよねー?」
「ああ。・・あー、そうか。私は『風見鶏』に来た最初に名乗ったから知ってるんだよな?・・・そう言えば最初の頃、お前ら適当に名乗ってたから・・・あれが原因か」
まあ、適当に名乗れ。と、臨が手を振ると、シャムがひらりと手を上げた。
「ノゾムさーん、俺はシャムロック・アルカードね。で、」
「俺、ロバート・ガルム。そんで、ジムが」
「ジェームズ・セベクだ。オズはオズワルド・オズボーン」
今居ないから代わりに、とジムがオズ爺の名を名乗り、次々に傭兵達がフルネームを名乗り出した。
傭兵の内、三人アリソンが居て、ロバートが二人。
ジェームズは四人居た為、愛称や名前を略さずに通称としている者が居たようだ。
シャムは「長いし」と言う理由から愛称を名乗っているらしい。
臨以外にも、へぇそうだったんだと友人と名乗りあって笑う者が多かった。
どうもこの世界で名前と言うものは、個人的に分かればいーじゃんと言うようなものだそうだ。
正式な場や、諸手続きの書類などに書く名以外はそんな扱いらしい。
傭兵達が名乗り終えると、アーサー一行の面々がそれぞれ名乗った。
「ノゾムさーん、ギルさんからご使命ですよー。それから私はメイリープ・サックスヤードでーす」
「ああ、解った・・・サックスヤード?」
例によって例の如く『風見鶏』の会話が筒抜けだったらしく、ギルドの事務所側から顔を出したメルがフルネームを名乗った。
ギルベルトからの呼び出しについては、翔太達の事だろうと当たりを付けて頷いた臨はメルの家名にふと引っ掛かるものを覚えた。
「・・・メル、レミーリアって、城のメイド知らないか?」
「あら、ノゾムさんエムの事ご存知だったんですね。私の双子の姉ですよー。ところでお客様もいらっしゃってますし、多分急ぎだと思いまーす」
意外とあっさり答えたメルが戸を押さえながら臨を事務所の方に呼ぶ。
アーサーやミラ達は、傭兵や客達が絡んで何やら盛り上がっているから放置してもいいだろう。
取り敢えず、本日の当番であるユジにだけ少し抜ける事を告げて、臨は事務所に姿を消した。




