修練場の小戦争2
特に面白がりもせず、ただ暇そうに戦うオリヴィアを眺めていた銀髪の部下、
ギディオン・リッキーは横から小さく突付かれて修練場の中心から視線を外した。
「なんだ、ガーティ」
「移動したから報告。“あの人も”だけど要らなかった?」
「ほぉ、そりゃ楽しみだ」
緑色頭を持つグレタ・ガートルードの小さな言葉に、ギディオンは少し前まで複数の人影があった二階の窓に一瞥を向け小さく笑う。
短いやり取りをしたギディオンとグレタが視線を修練場に戻すと、丁度不機嫌そうな表情を隠さない長身の騎士が剣を片手にオリヴィアの元に向かっていた。
青に銀を少々混ぜたような短い髪の大柄な騎士。
リチャード皇子の指示で、修練場に呼び出されたマレイラ・バグラーチは自分の目の前に飛ばされてきた人間を一人、ギャラリーの方に突き飛ばした。
一種小さな戦場の様な修練場に目を向けて眉間のシワをより深くする。
「そこまでだ!止め!」
まだ小さな少女に見えるオリヴィア一人に全く歯の立たない元勇者達と、少しばかり面倒臭そうな、それでも多少は楽しんでいるような複雑な表情を浮かべているオリヴィア。
そんな彼女達に向け、修練場に響き渡るような怒鳴り声を浴びせたバグラーチに、オリヴィアが小さな舌打ちをした。
不機嫌そうな苛々した表情を一瞬浮かべたオリビアは、すぐさまその表情を笑顔に塗り替えた。
「何か御用でしょうか?バグラーチ少将さま」
「止めろ、と言ったんだ。実力が違いすぎる。まだやる気があるのなら俺が相手をする」
剣を抜き、切っ先をオリヴィアに向けたバグラーチに、それを向けられた彼女はまた一つ小さな舌打ちをした。
グレタ・ガートルードが気付いた様に、オリヴィアもまた二階の廊下に居たギャラリー・・・つまりオリバー達が姿を消した事に気付いていた。
姿を消したと言う事は、高い確率で修練場に現れる“はず”だ。
手合わせに引き摺り出せるかはオリヴィアの口先に掛かっていたが、彼との手合わせが出来るか否かの確立が五分となるこのタイミングで現れたバグラーチはオリヴィアからすれば邪魔者でしかなかった。
「・・・お手柔らかに、少将閣下」
よって、バグラーチに向け、己よりも大きな剣を向けたオリヴィアの言葉には僅かな怒りと面倒くささが滲んでいた。
「少々目を離した隙に面白い展開ですわね。そう思いません?オリバー殿下」
「・・・面白い?」
小さく笑うレミーリアの発言に、眉間にシワを寄せたオリバーが不機嫌そうに呟いた。
修練場横の廊下に集っていた野次馬は、オリバーの姿を見るなりパッと場所を開け。
臨を含めた皇太子御一行は特等席でバグラーチと毒花の一騎打ちを観戦している状況だ。
桃色の柔らかそうな髪を一つに括った、少女は己の身よりも大きな大剣を軽々と振り回す。
不満気な表情ではあるが、その動きは踊る様に翻弄するような物だ。
対して、世間一般的に言えば韋丈夫であろうバグラーチは、その経験を物語る様な洗練された動きで大剣を振る。
何も知らなず、姿形だけを取ってみれば大人と子供の対決だ。
しかし、そこに実力を加えてみればみれば、一般人の目から見てもそこで繰り広げられている戦いは猛者の一騎打ちだった。
「すげぇ・・・」
「すっごー・・・真面目系強面大柄男とツンデレ美少女剣士とか胸熱ったぁあ!!」
「ってか、これどうやって止めるの?」
妙なところでテンションが上がったらしい梓の言葉に、黙って彼女の足を踏んだ翔太がふとした疑問を誰にとも無しに呟いた。
「種族的にも立場的にも少将殿だな、こりゃ」
「「種族?」」
ギルベルトの言葉で引っ掛かった部分を鸚鵡返しに訊ねた臨と翔太の声が重なった。
お互い、ギルベルトに向けた視線を一度相手に向けてからまたギルベルトに向ける。
「バグラーチ少将は王蟲の本家筋で、アイリス大佐は花の精霊の分家筋だ。
まあ、あれだな。植物連鎖は俺達の種族間でも関係があるって事よ」
「ふーん・・・虫だったのか」
あの野郎、と口内で小さく呟いた臨が「ゴ○ジェットが欲しい」と思った横で、
翔太が「おーむ?」と思って居たのは当人達しか知りえない事だ。
梓が「目が赤くなって暴走ですね!」と口に出したが翔太に黙らされた。
まあ、これは端に寄せておくとして・・・
それから間も無く、ギルベルトの予想通り勝敗は決した。
苦々しい表情で、「参りました」と告げたオリヴィアに対し
て勝ったバグラーチは何処かスッキリした表情で剣を引いた。
拍手と歓声がその場に響き、オリヴィアに手を貸そうともしないバグラーチに対して舌打ちが二つ響いた。
印象最悪で一方的な喧嘩を買った臨はともかく、
もう一つの出所はバグラーチと同じ立場のクレアだ。
「アイツのあー言うとこ嫌いです。男尊女卑の精神が滲み出てる辺り何世代前の常識持ってるんだ!って感じで」
あれ?と振り返った日本人組とギルベルトに対して、
「学生時代の同窓で、まあ幼馴染みたいな物なんですけどぉ」と、前置きを置いたクレアはぶつぶつと心象を吐露した。
まあ、皇太子殿下の御前だからか声量は抑えられていたが、
根深い怒りは表情から窺えた為、翔太とギルベルトはそれに対して肯定も否定もせずに、聞かなかった事にした。
関わってたらなんかヤバイ気がした、と後に二人は語るがこれは蛇足。
歓喜に沸き立つ野次馬達の中から、最初の一言以来今まで静観していたオリバーが静かに修練場の方へ歩みを進めた。
その少しばかり後をオリバー皇太子付きのメイドであるレミーリアと宰相のコリーが続く。
この場で身分の高い男二人とその“護衛”である女が前に出ると、今まで騒がしかった歓声や拍手の類が嘘の様に静まりかえる。
「・・・良い試合だった」
「「殿下の労い有難く頂戴致します」」
オリバーの短い賞賛の言葉に、バグラーチとオリヴィアは最敬礼をして声を揃えた。
「ついては」
と、言葉を重ねられると、その場の視線が胡散臭い笑みを浮かべる執事服の男に集まる。
「少将並びに大佐のお二方には、次の大精霊祭に置いて剣技を披露して頂きましょうか」
「ああ、良いな。・・・父上に進言しておこう」
コリーの殆ど思い付きだろう言葉に、オリバーがそれは言い考えだとばかりに頷いた。
なんと言うか、その場がその発案と肯定に騒然となったのは仕方ないと思う。
コリーとレミーリアが、ニタリと意地の悪い笑みを浮かべているのに気付いた者がどれ程居たかは解らないが。
少なくとも、オリバーを除いた自分の周囲は気付いただろうな。
そう思った臨は、ふと最敬礼をしていた二人に視線を向ける。
BGMとして祭の実行に携わっているであろう人間が悪態の様な、悲鳴の様な騒がしい声を上げながら動き出した音が聞こえる中。
バグラーチとオリヴィアは最敬礼の状態のまま頭を上げて呆然としていた。
コリーの発言だけならまだしも、オリバーがそれを肯定してしまっては、ほぼ決定事項となってしまうからだろうが・・・。
鳩が豆鉄砲を食らった様な表情のバグラーチに向け、臨は小さく「ザマァ」と鼻で笑った。
その後、暴れて修練場の地面を掘り返していた二名が我に返る前に、コリーが手際の良い指示を出し一同解散。
臨達もさっさとその場から撤収した。
「放置した二人が修練場の片付けはどうにかしてくれるでしょ」
指示が出せない子供じゃないんだし。等とコリーが笑ったのは修練場から離れてからの事だった。




