店長さんと、少年少女と、店長さんの敵。
やや引き攣った顔で疑問を投げかけてきた坂上君・・・じゃなくて、翔太君に突っ込まれ、思わず常套句を口にしたけど拙いな。
普段、刃物の対処に慣れてる連中ばかり相手にしている所為で、ツッコミ代わりに刃物を投げる事が癖になってる。
怪我人出す前に意識して治さないと、コレは本当に拙い。
内心でそんな事を考えていた臨は、紅茶を飲み干してからナイフを回収するために腰を上げた。
刃物を投げる技術は、こちらの世界に来る前から“何時の間にか”臨が体得していた特技だ。
種類の違うどんな包丁でも、現在臨が携帯している投擲用のナイフであっても。
刃物意外にも片手で投げられる物であれば手にした瞬間に『どう投げればどの軌跡を描いてどこにどの位の威力で当たるか』が臨には解る。
阻まれたり、突風でも吹かない限り予想通りの場所に当たるそれは、恐ろしい事に『何処にどう当てれば“殺せる”』と言う風に臨の頭の中に浮かぶ。
それに気付いた最初の内こそ恐ろしいと思った臨は、その技術を何時身につけたのか思い返そうとしたのだが、結果として言えば思い出せなかった。
感情無く、経験と技術として頭に浮かぶ生き物の殺し方は、実行しなければ無害だ。
思い悩んでいた時に、ふとそう思った臨はそれ以来技術を身に付けた経緯を思い出そうとすることを止めた。
友人連中に誘われて始めたダーツを良い訳にしたのも、その頃からだ。
ナイフを拾い上げポーチの中の定位置に収めると同時に何かをぶつけたか、壁を殴ったのか。
・・・と、思うような短い打撃音が一つ聞こえた後、直ぐにドアが開かれた。
どうやら打撃音は、礼儀も作法も成っていないノックだったようで、返事も待たずにドアを開いたのは憮然とした表情のバグラーチだった。
ナイフを拾う為、ドアに近い位置に居た臨を見るなり舌打ちしたバグラーチに不快さを感じたのは臨だけではなかった様で、背後から翔太と梓の「うわぁ」と言う嫌悪を含んだ小さなユニゾンが聞こえた。
・・・もう、敬称を付けるのも馬鹿らしい。
出会い頭から理由も無く敵意をぶつけられて、更に礼儀もクソも無い傲慢な態度の悪い輩に敬意を払えるほど私は人間が出来て無いんだ。
ついでに、売られた喧嘩を買わない程しおらしくも大人しくも無い。
苛立ちに任せて内心でバグラーチが売り付けた喧嘩を買った臨は、バグラーチを完全に敵と見做した。
『喧嘩は安値で買い叩いて、売る時は5割り増しで叩き返せ』が、臨の母校である私立高校でひっそりと教えられる伝統だ。
とんでもない伝統が在ったもんだが、まだ臨は良い方だ。
基本的に世話焼きで理性がしっかりしている方だから、そう簡単にそれを実戦には移さない。
まあ、一般的には多少短気ではあるが、仲間内では気の長い方であり、良心的な者にカテゴライズされている。
5割り増しで~を即時実行する、無邪気に実行する合法ロリータ(同級生)だったり、実力行使では無く、精神的にそれを行うキャリアウーマンだったり、それを言い訳に“自分が楽しい喧嘩”を煽って行う後輩も居る上に好戦的な輩が多い為だ。
そして。
そんな仲間内では良心的で気長。
現在ギルドでは、修羅場時を除けば危機的状況で心配される様な敵の少ない臨だ。
誰かを敵と見做す事は少ないし、敵視される事も少ない彼女は“久し振り”に、徹底抗戦する事を決めた。
「ノックが聞こえなかったんだが、何の用だ」
低い声と不遜な言葉でバグラーチを迎えた臨に、一瞬ひくりと口角を痙攣させたバグラーチは眉間に皺を濃く深くしてドアを開け放った。
臨の背後で「珍しいねぇ」と呟く声と失笑が上がり、「ひぃ!」と小さな悲鳴を上げた二人も居るが臨は気にしない。
フォローは後ですれば良いが、敵に隙を見せたくは無い。
隙を見せる戦い方もあるが、それはそれだ。
喧嘩を買った事を相手に教えるなら全力でやった方が解り易い、と臨は内心で日本人二人にこっそり申し訳なく思いつつもバグラーチに喧嘩を売った。
「ノ、ノゾム様と勇者達は執務室に来るようにとフォーマス閣下よりのお達しです!」
ドアの影に隠れていて見えなかったが、廊下には事務官も居たらしい。
室内が見えて、と言うよりも怒りを露わにする臨が見えて一瞬身を震わせた事務官は、少々ひっくり返った声で一息に告げた。
「そうか、有難う。翔・・・、梓、行く」
「それから、その・・・案内にはバグラーチ少将を、との事で・・・」
「「あ゛?!」」
事務官に笑顔を向けて、振り返ろうとした矢先に聞こえた震えるような事務官の言葉に、
ドスの利いた声が重なった。
臨としては甚だ不本意だが、どうもバグラーチと同じ思いを抱いたらしい。
要するに・・・
「「ギル(マスタング)が居るだろ!?」」
副音声としては、
『何でコイツに(を)案内され(し)なきゃならないんだ』
辺りが妥当だ。
「っ!!あああ案内にギルド長は不向きだと、閣下よりのお申し付けですので異議申し立てはフォーマス閣下へお願いいいたしみゃしゅ!も、申し訳ありません!急ぎの仕事がありますので私はこれで失礼します!!」
“ピ”とも“キュ”とも着かない声を上げ、真っ青になった事務官は、
臨ともバグラーチとも視線を合わさずに言葉を捲くし立てると勢い良く頭を下げ、そそくさと立ち去った。
そんな早足に立ち去・・・否、逃げ去った事務官に対して「ちょっ待て!逃げるなぁあああ!!」と内心で悲鳴を上げた者が二人ほど。
言わずもがな、
この後、バグラーチと臨の険悪コンビの引率が付く翔太と梓の二人だ。
噛んだのはしょうがないと思うけど置いて行かないで欲しかった!!と、後に二人は語る。
お偉いさんの執務室へ行くまでの道程に、警戒とは別物の緊張感は要らないでしょぉおおお!!
だ、そうだ。
「アズサちゃん、少年・・・今、事務の兄ちゃんに無視されたオッサンはどうすれば良いと思う?」
「見張りとして付いて来て下さい!是非!」
「ギルマス居たら空気がライトになるから!緩和剤になるから!是非!」
バグラーチと臨から視線を外したギルベルトの呆れたような声に、翔太と梓が返した声は、
小さいながらもそりゃあもう鬼気迫るような必死なものだったと、後にギルベルトは語った。
コリーの執務室に入室したギスギスした空気を纏ったままの臨とバグラーチを目にしたコリーとヴァンは空気も読まずに吹き出した。
「い、いや。うん。ごめんね、まさか此処まで(予想通り)だと思わなくって・・・マレイラ有難う、仕事に戻ってくれて構わないよ」
「失礼します」
悪戯が成功した子供の様な笑みを眼鏡で隠し、なんとか取り繕ったコリーが告げるとバグラーチは眉間に皺を刻んだまま低く短く答えて踵を返した。
バグラーチがその場を去って、簡単に自己紹介を済ませると書類を数枚とペンやインクを手にしたコリーが応接セットに腰を下ろす。
位置関係としては、
翔太と梓の横にギルベルトが座り、テーブルを挟んでコリーとヴァン。
コリーの後ろにはクレアが立つ形だ。
臨は腰を下ろす事無く紅茶を注文されて備え付けのティーセットに向かっている。
「ノゾムの言葉を疑う訳じゃないけど、君達に二、三質問させてもらうよ」
「って言っても、僕らはノゾム経由でしかそっちの世界を知らないからちょっと情報の刷り合わせ程度だけどねー」
コリーとヴァンが肩書きも一緒に名乗った為、少々緊張気味の翔太と梓が二人の言葉に臨を振り返った。
ヴァンの指示でまたしても紅茶を淹れる事になった臨は手を休めることなく「大丈夫」と一つ頷く。
「ヴァンは私をこっちに連れてきた原因で、コリーとクレアはヴァン経由、ギルは私の立場上な私と“あちら”について、知ってるんだ。後、アイザ・・・じゃなくて、皇帝陛下と皇妃殿下も」
「まあそんなところだね、って訳で君達どうやってこっちに来たの?それと向こうでの職業も教えてくれる?」
コリーが本当に聞きたい事は前者だ。
後半は形式上の質問か、ヴァンの好奇心だろう。
「あ、もし聞かれる心配してるなら、城内の部屋はどこも防音魔法掛けてあるから心配無いからねー」
ノックと返答だけは別だけど。と翔太と梓に告げたヴァンがローブのポケットから手帳を取り出してページを捲る。
「じゃあ、あたしから。職業って言うか学生、女子高生やってました。こっちに来たのは、遺跡の魔方陣に召喚されて」
「ふーん?ちょっと訊きたい事は有るけど後にしようか。じゃあ、ラケル君は?」
マギソーでの名前で名乗っていた翔太に視線を向けたヴァンに、一瞬翔太は視線を泳がせた。
マギソーに来てから今まで、梓が現れるまで誰にも言わずに隠し続けていた事を、いきなり複数人に打ち明けろと言うのは中々難しい物がある。
臨に打ち明けた時とは状況が違いすぎると言うのも翔太を口篭もらせる一因だ。
それに、オマケの様に扱われている肩書きが無駄にVIP揃いだった事も。
梓が騒がず緊張からかでっかい猫を被って小さくなっているのも翔太の口を硬くする原因でもある。
クレアは美人でコリーとヴァンは梓の食指が動きそうな顔立ちをしているのに、何に萎縮しているのかわからないが、梓が静かだと余計に言い辛い。
「俺は・・・その・・・」
「クウァッシュ・ラケルってこっちの名前だよね?確かバーナードの公爵と婿入りした家がそんな感じの名前だった筈だし。マギソーで大体の人の名と似た語感の名前はノゾムの・・・ってか君達の世界にもあるって聞いたけど、ニホンの人にはそう言う名前はかなり少ないって聞いてるよ?
って事は偽名?それとも何処かの養子になったとか?ああ、本名の方も教えてくれる?」
口を噤んで下を向いた翔太に、空気を読んだ訳ではなく、ただ単純に気になったヴァンが捲くし立てる。
「あ、僕のミルク入れてー」なんて、臨に注文をつけている辺り、本当に自分が知りたいから聞いただけなのだろう。
「え?何々?アズサちゃんも少年もノゾムちゃんと同じとこの出身だったわけ?オッサン初耳だわそれ」
何で言ってくれなかったのよ、と体ごと振り返って臨に苦情を言うギルベルトに、「ギル知らなかったの?だっさー。」とヴァンが笑い、ギルベルトとヴァンの間でちょっとした口論が始まる。
七人分の紅茶をどう運ぼうかとトレーの有無を尋ねる臨に、クレアが手伝いを申し出て、
そう言えばお菓子あったかも。とコリーがカウチから立ち上がる。
一瞬でも真面目な雰囲気を醸し出していた執務室の空気は、跡形もなく姿を消していた。
「え、ええ!?ちょ、こんなんで良いの!?異世界人が~とかって空気がこんな軽くて良いの?!」
「んー?別にノゾムと同じ所の子だったら危険はなさそうだし、別に良いかなって。あ、君達ナッツ大丈夫?あ、って言うかクッキーで良い?」
クッキーしかないや。と棚を漁るコリーの暢気な言葉に、腰を浮かせて反論・・・と言うか、ツッコミを入れた梓はへろへろとソファーに再び落ち着いた。




