店長さんと、騎士と同郷と?
移転魔法で着地した場所は見知らぬ部屋だった。
白い立方体の中の様な広い部屋であるが、窓は無く、床に描かれた緻密な魔方陣が青とも緑とも着かない色で発光している。
天井にも床の物と同じ魔方陣が描かれている意外、光源も家具の類も見当たらない箱の様な空間だった。
後に聞いた話だが、この箱の様な部屋は月龍門の外側にある、移転魔法専用の部屋だそうだ。
着地時に僅かによろけた臨の腕を掴んだまま、魔方陣の上から歩き出したヴァンの頭に臨は拳が振り下す。
「いっ・・・たいなぁ!ぽんぽんぽんぽん殴んないでくれないかな!?この頭、国の宝だよ?!」
「だったらそれ相応の行動を見せろ!人を拉致って拳一つで済んだだけ有り難いと思え!」
「・・・・・・おい」
足を止め、言い争いを始めた二人の耳に、機嫌の悪さを隠さない低音が響く。
言葉を呑んで顔を向ければ、低音の声音に負けず劣らず不機嫌さを剥き出しにした近衛騎士がそこに居た。
青銀の髪を短く刈り込んだ体格の良い三白眼の男は、アイザックよりも“魔王”らしい顔付きの臨とは面識のない男だった。
クレアと同じく近衛騎士であることを示す鎧を身につけたその男は臨よりも頭二つか三つほど背が高い。目算2mといった所だろうか。
その男の立ち姿が故郷の友人達を彷彿とさせて、臨は少しばかり懐かしく思った。
「陛下がお待ちだ、さっさと着いて来い。それとヒサマツ、前掛けを取れ。見苦しい」
「はいはい、ワザワザお出迎えご苦労サマー。行くよ、ノゾム」
「あ、ああ・・・」
臨に一瞥を向け、吐き捨てるような言葉を投げた近衛騎士は踵を返した。
そんな近衛騎士の背に皮肉交じりの声を掛け、固い声で臨に呼びかけたヴァンは一人でさっさと歩き出す。あからさまに敵意の様な雰囲気を醸し出す男に、やや気圧された臨は、慌てて取ったエプロンを畳みながら二人の男に後れて歩き出す。
赤みの強い銅の色をした髪をちょろりと尾の様に括った小柄なヴァンと、
オズやユジと並べたら壮観だろうな、と思うような近衛騎士の男の背中を見比べて臨は思う。
「(何と言うか・・・見事な対極)」
顔の方も対極をなしていると言って良いだろう。
ジュリアとそっくりな、アーモンド形の大きな緑色の眼を持つヴァンはどちらかと言えば女顔。
ペースを合わせる気が無いのかどんどん先に進む近衛騎士は、力強い男顔だ。
そんな所も懐かしい友人達を彷彿とさせるのだが、騎士の中身はどうも彼らとは真逆らしかった。
身長もしっかりとした無駄の無い筋肉がついているだろう体格も、雄々しい強面もあの双子に似通っているが騎士の性格は彼らとは真逆だ。
そんな事を考えている内に辿り着いたのは謁見の間に続く大扉の前だった。
以前、一度部屋を出る時にちらりと見たその大扉は一度見れば忘れられない様な大きさと美しい装飾が施された物だ。
「風見鶏のヒサマツを連れてきた」
「窺っております、中へどうぞ」
大扉の横に控えていた兵士に騎士が声を掛け、ドアが開かれる。
大扉の正面奥に見える壇上に設えられた玉座には正装をしたアイザックが居り、その横には珍しく軍服の様な正装姿のコリーも居る。
そんな二人の前、謁見の間を縦断する赤い絨毯に膝を落とす者は五人。
前で膝を突いている二人は良く見えないが、後列の三人は上官兵士の鎧を身に着けていた。
近衛騎士とヴァンは、五人組の横を抜けると、彼らよりは玉座に近い場所で略式の敬礼の形を取る。
先客である五人の様に膝を突き、利き手を反対の肩に付けて頭を下げるのがこの国の正式な最敬礼だ。
対して、二人の略礼は膝を付けずに行う物である。
頭の下げ方や手の動きは同じだが、騎士や男性は片足を軽く後ろに引く。
ドレス姿の女性は裾を持って軽くお辞儀。
こう言った正式な場では王族以外はしない礼だが、火急の用件がある場合などは例外的に許されている。
・・・と、今この場に居ないジャスミンに叩き込まれた臨は、先客の様に膝を突こうとしてヴァンに止められた。
「略礼で・・・ゼノ帝国国立魔法研究所所長、ヴァン・カレット。再度御前に上がりました」
「・・・ゼノ帝国国立傭兵ギルド『風見鶏』食堂職員、臨・久松。陛下の御前に置きまして略礼にて失礼致します」
小声でヴァンに指示された臨は、普段と変わりなく綿のシャツと厚手のパンツ姿であった為、騎士やヴァン同様に足を引いて頭を下げた。
それを見て何処か満足そうにコリーが小さく笑む。
「ご足労感謝する。カレット所長、パナシェ少将は置いてきたのか?」
「店長を借りる旨を任せて先に戻って参りました」
堅苦しさ残るものの少々砕けた言葉を交わすヴァンとコリーに、「適当だな」と呆れた視線を向けた瞬間。
此処まで先導してきた騎士が、ヴァンの頭越しに鋭い視線を向けて居ることに気付いた。
ぞわりと肌が粟立ち冷たい汗が掌に滲む。
コリーの声によって男の視線が逸れるまで数十秒、敵意の滲む目に睨まれていた臨は視線が逸れると同時に息を呑み、掌に掻いた汗をこっそり拭う。
ああ、なんだ“久し振り”だな。と思った臨は敵意と殺気を向けた男を敵だとすんなり認識した。
後に、そう判断した事に疑問を抱くのだが、それはそれだ。
今は現状のどこか緊迫した空気に呑まれ、臨は前を向いた。
「バグラーチ少将、ノゾムとそこの二人を別室に案内してやってくれ。枷は外すように」
「閣下、恐れながら申し上げます。枷を外す事は少々・・・賛成しかねます」
低い声で反論を唱えた近衛騎士――バグラーチ少将に、今まで黙っていたアイザックが口を開いた。
「すまんマレイラ、私の提案だ。異例の勇者達と言えど、まだ幼い者達が重い枷をハメている姿は目に痛い。ましてや一方は女児だ、些か心苦しくてな」
「出過ぎた真似を致しました、陛下の御心のままに」
今度は肩膝を突いて深々と頭を下げたバグラーチ少将は、サッと立ち上がると部下であろう騎士たちに視線を送る。
居たのか。と臨が僅かに驚いている目の前で、ドアの向こうから彼らよりも身分が下である兵士が姿を現し二人の少年少女の元に向かう。
兵士の手を借り、重い鎖の音をたてて立ち上がった黒髪の少年とムラのある茶髪の少女の顔が見えた瞬間、バグラーチ少将の声が掛かった。
「では私は此れで、御前失礼致します。・・・ヒサマツ、来い」
「ああ。・・・陛下、閣下、失礼致します」
確かにアレは確認が必要な顔だ。
少女の方は蒼白といって良いほど顔色が悪いが服装が怪しいし、茶色の髪は素人が染めた様なムラがある。
少女よりは顔色の良い少年は日本人の様な顔立ちとイエローに近い肌に黒髪と黒目だ。
同郷とはまだ言い切れないが、確認する必要はあるだろう。
何処か少女を心配する様な表情で、足取りの怪しい少女をエスコートする兵士と少年を促す兵士の後ろを歩きながら臨は眉根を少し寄せた。
バグラーチ少将を先頭に、拘束具の着いた推定日本人の少年少女とそれを補助する兵士達と臨が廊下に出ると静かに大扉が閉まった。
「お前ら!ガキ共から枷を外してやれ。・・・ガキのお守りならコイツを呼ぶまでも無いだろうにッ!何を考えてるんだあんの執事モドキ!」
相変わらず他に合わせようとせず、荒い足取りで歩くバグラーチ少将が、兵士に指示を出すと吼えた。
うーわコイツ、クチわっりぃ・・・
そんな事を咽喉の奥で呟いた臨はバグラーチ少将の背中に一瞥を投げて、内心で盛大に舌を打った。
口の悪さに掛けては臨の方が酷いと指摘する者はこの場に居ないし、気付かれもしなかったが酷い棚上げだ。
腹の中で悪態を付く臨に、その場の誰もが気付かず、足取りと同じように荒い動作で使用人部屋の一つを開け放ったバグラーチ少将は顎だけで入るように示した事で奇妙な一行の行進は終った。
「間もなくクレアがギルドマスターを連れてくる、それまで一人で何とかしろ。俺はそれまで外で待つ」
そう言う御指示だ。と鼻で笑ったバグラーチ少将が、子供達に付いていた拘束具を持つ兵士達と部屋を出た。
訂正、部屋を出たのは兵士達だけだ。
少将は片足すらこの部屋には踏み込まなかった。
「・・・まあ、その方が好都合だな」
カウチに腰を下ろす10代の日本人(仮)二人に視線を向けて、臨は小さく呟いた。
厚い布地の黒いジャケットの中に、皮製の胸当てとシャツを着た黒髪の少年はまだ良い。
顔に浮かぶ疲労は色濃いが、まだ喋る余裕がありそうだ。
だが、少女の方に問題がある。
一目で具合が悪いと判る紫の唇で顔色は蒼白だ。
力なく垂れた腕の先にある爪まで白い上に、座ることすら辛いのか少年の方に力なく寄りかかっている。
服装はマギ・・・この世界では、珍しい濃い緑チェック柄の丈の短いプリーツスカートとブラウスの胸元に下がる赤いリボン。
少年と同じく皮製の胸当てを身につけては居るが、足元は紺のハイソックスとスニーカーだった。
胸当て以外は汚れて草臥れている様に見えるが、臨の目には学生服の様に見える。
「少年、回復魔法は?」
「・・・使えます、けど」
「なら彼女に掛けてやってくれ」
恐る恐ると言った風に答えた少年に、私は魔法が使えないから助かる。と笑った臨はティーセットに向かった。
背後で小さく聞こえた中級の回復魔法の言葉を聞きながら、自分の分はストレート、疲弊している彼らの分には砂糖とミルクをぶち込んだ紅茶を淹れる。
警戒されているなら同じものの方が良いか、と途中で気付き自分のカップにもミルクを注いで臨はテーブルに戻る。
「さて、自己紹介しようか」
テーブルを挟んで二人の対面に座った臨は紅茶を差し出してから安心させるように小さく笑った。
(切り出しはこれで良いと思うけど・・・さて、どうやって聞き出そうか)




