翌日の店長さんと、迎えと風見鶏。
龍帝アイザック・ゼノ・ドラグニルが治める大国、ゼノ帝国の帝都ドラグニル。
西大陸に一番近い国であり、東大陸最西端の勇者御一行の約九割が渡来する国である。
“魔の国”または“龍の国”と呼ばれ、東大陸の五大国に数えられる一つだ。
と、言うのがこの国とこの街に対する私の基礎知識だ。
まあ、日本の首都は東京で、主要機関のほとんどが集まる街。
と言うような説明だがまあ知っておいて損は無いだろう。
閑話休題。
定期報告の諸々を終えた翌日の傭兵ギルド風見鶏では、難とも言えない面倒臭い空気が漂っていた。
その原因は、今日の当番であるオズだ。
筋骨隆々なまだまだ元気な老人、オズは現在『風見鶏』の洗い場でエプロンを掛けて身を小さくしている。
嬉々としてモンスター討伐に向かう、ユジやロバートなど好戦的な面々を渋い顔で見送ったオズに、食堂に居合わせる面々は苦笑を滲ませていた。
「なじょして、今日に限っちおいが当番やっちょ・・・」
「偶々今日当たったんだから文句言うなよ、爺様」
朝から何度目とも知れないやり取りに、臨は苦笑、オズは深い溜め息を漏らした。
と、言うのも、年甲斐も無く戦闘大好きなオズ爺が当番である今日、大掛かりな討伐依頼が入ったのだ。
帝都ドラグニルからやや南にある鉱山の町からの依頼で、
暫く休ませていた坑道に、蟻が住み着いたので根絶やしにして欲しいとの事だった。
この蟻と言うのは、“鉱食蟻”と言う名のモンスターで、主な主食は鉄鉱石や銅鉱石など、人々の生活に必要不可欠な鉱石の類いだ。
臨の知る蟻と変わりない繁殖力で、個体の大きさは働き蟻で大型犬程、兵隊蟻で仔牛程。
働き蟻であっても強靭な顎を持ち、堅い甲殻を持つ蟻だそうだ。
依頼主である町にも傭兵ギルドはあるのだが、帝都のギルド『風見鶏』よりも人数が少ない上に平均年齢が大分高い故に風見鶏に依頼が回ってきたらしい。
それは兎も角。
「ユジも行きゆうし、アル嬢ちゃんやらシャム坊やらも出ちゅうに・・・」
「・・・害虫駆除で其処まで愚痴るなって、爺様」
ぶちぶちと怨みごとを吐きながら乱暴に皿を洗うオズに、八つ当たりされては堪らない。と、討伐に向かわなかった傭兵達も普段やらないようなお手伝い依頼や、採取依頼へ向かい、あっという間に食堂の人口密度が減っていった。
「(誰でも良いから何とかしてくれ、この爺様)」
普段のオズは溌剌として、こうも年寄り臭くは無いのだが。
すっかり拗ねてしまったのか、今日ばかりは愚痴っぽい年寄りの様に振る舞うオズに、臨は内心で辟易とボヤいた。
「こんにちはー!って、あれ?今日は妙に静かですねー」
「っ!いらっしゃいクレア」
「良く来た!」と口を突いて出掛けた言葉を呑み込んで、きょとんと食堂を見回すクレアに、臨は助かった!と言わんばかりに笑顔を向けた。
明らかにほっとした臨と不機嫌たオズを見て、首を傾げたクレアは「まあ良いか」と、戸口に立ったまま臨にへにゃりと笑顔を向けた。
「今日はギルドにお仕事で来たんです。と、言うかノゾムさん宛てなんですけど」
「私に?」
ギルド職員と言う肩書きではあるが、元傭兵は無い臨宛ての依頼など有り得ないのだが、首を捻る臨にクレアは首肯する。
「えーっと、一応国からの依頼で・・・非常に言い辛いんですが、ほぼ勅命なので、拒否権は無い感じです」
「「はぁ?」」
クレアがにこやかに放った言葉に対して、同音で聞き返した臨とオズの声音が含む感情は全くの別物だった。
“ほぼ勅命”と言う事は、アイザックが一枚噛んで居るのは当然で、そうで無くても皇妃のジャスミンか宰相のコリーが絡んで居るのは確定だ。
自分を指定した人物を思い浮かべ、心底嫌そうな臨と、
驚愕を露わに、臨とクレアを見比べるオズの様子にクレアは「ですよねー」と乾いた笑いを浮かべた。
「勅命の意味は解るが、私に命令はお門違いだろ、第一私は一般人だ」
「あーそうじゃ無くてもですねー、実は・・・」
ちょいちょいと手招きされて、カウンターを出た臨にクレアが顔を寄せる。
「ノゾムさんの故郷が関連で確認して頂きたい事が・・・」
「なるほどな、それで呼び出しか」
「そう言うことー」
割り込んできた聞き覚えのある声に、臨とクレアは盛大に引き、ビクッと肩を跳ねさせたオズが皿を割った。
偶々食事に来ていた魔法研究所の数名が溜め息混じりに「家の所長がすみません」なんて謝っているから皿代は移転魔法でいきなり現れたヴァンに請求しよう。
「昨日、ノゾムと入れ違いでブリューゲンの“毒花”が着たんだけど」
「ブリューゲン?毒花?」
なんだそれ、と聞き返せばクレアがきょとんと目を瞬かせた。
オズや風見鶏に残っている傭兵達や客も怪訝そうな視線をノゾムに向けているし、ヴァンは少々呆れ気味だ。
どうやら常識に括られる範囲の話らしい。
「ゼノ帝国傘下、隣国ラウシュ寄りの小国ブリューゲン。植物・妖精系統の亜獣人が多く、ゼノの国民にしては血の気の多い質の者が多く気質はどちらかと言えばラウシュ寄り」
「あー・・・砦の町」
溜め息混じりの声で“ブリューゲン”の特徴をヴァンがあげ、ジャスミンの詰め込み教育の内容を頭の中で漁った臨は漸く思い出した。
砦の様な外観で、町の機能も住民も全て一つの巨大な建物に内包された王国。
ゼノ帝国の一角を担う小国の一つであり、王国と言ってもブリューゲンの領地は砦の町と呼ばれる王都ヒースリザーのみだ。
国主はボイド・ブリューゲン・ヒースリザーとその家族であり、凶暴性が薄いイメージの種族と真逆の気質を持つチグハグな国。
「せーかい、君ねぇ自分が外に出ないからって地名忘れないでよ」
「あ、ああ、悪い。それで毒花ってー・・・」
「ブリューゲンの大佐殿!あーもう、時間切れ!さっさと行くよ」
「え、ちょっ店どうす・・・オズ悪い!頼む!」
このままじゃ埒が明かないと判断したのか、臨の腕を掴んだヴァンが簡易発動の陣を宙に描いて“移転”と声を上げた。
「そう言うわけでノゾムさんお借りします・・・既に事後承諾ですが」
臨とヴァンが姿を消した店内で、クレアの苦笑した声がやけに響いた・・・と、その場に居合わせた傭兵達は後に語った。




