店長さんの、城での昼休憩。
「きゃあ!」
着地直後に聞こえた悲鳴と目に入ってきた光景に臨は頬を引き攣らせた。
場所は城内の客間であり、目の前で可愛らしい悲鳴を上げたメイドが怯えた様子で箒に縋り付いていたのだ。
「ああ、丁度良いや。そこの君、二回目の鐘ってもう鳴った?」
「その前に謝れ馬鹿! ・・・っと、驚かせてすみません」
首を傾げたヴァンの頭を反射的に臨は叩き、メイドに頭を下げた。
「い、いえ。こちらこそお見苦しい所を・・・魔研の方と、風見鶏の方ですよ、ね?」
ヴァンのローブと臨のポーチに視線を向けて、あからさまにほっとしたメイドの問いに、臨が首肯を返す。
「そ。ああ、僕ら昼食まだだから食堂行ってから行くねって、使用人頭かクレアか、コリーに伝えておいてー。ああ、タターニャでも良いや」
「へ?! って! ちょっとアナタ!」
言いたい事だけ言って、さっさとドアに向かおうとしたヴァンをメイドが止めた。
城内を勝手に歩かれては困る。と顔にありありと浮かべたメイドと、面倒くさそうな表情を浮かべたヴァンを見比べて臨はまた溜め息を漏らす。
「失礼しました。お手数掛けますが魔研の所長と風見鶏の臨が到着したと、貴女の上司か使用人頭の執事長かパナシェ少将のどなたかと・・・出来ればフォーマス閣下にお伝え頂けますか? 歩き回る事に障りがあるようであれば、私たちはこの部屋から動きませんので」
敬称を変えただけでヴァンが上げた名前と同じメンバーを告げた臨が、ヴァンのローブに付いているフードを引くと、メイドが臨に向けて頭を下げた。
「お気遣い有難う御座います。ただいま確認致しますのでこちらの部屋でお待ち下さい」
失礼します。と、気を持ち直したメイドが退室すると、溜め息を吐いたヴァンは乱暴に寝椅子へ腰を落とした。
「面倒くさいなー、僕の顔も知らないメイドに確認任せたら時間かかるの丸判りじゃん。
大体、城の客室に転移出来るのは許可持ってる人間だけだって知らないのかね」
ここ、泊まる時にいつも僕が使ってる部屋だよー? などとぶちぶち文句を垂れるヴァンに、対面の一人掛けに腰を下ろした臨はやや軽蔑する様な眼差しを向ける。
「お前・・・何様だ」
「次期“賢者サマ”で、現“ショチョー様”ー。それと皇帝陛下と妃殿下と宰相閣下の“御友人”で、ついでにノゾムの後見人」
そうじゃなくて、人として・・・。と思うが、改めて並べ立てられるとトンでもない肩書きを持った人間だ。
だからと言ってその地位と立場に胡坐をかいて傲慢になっても構わない訳ではないのだが、我がままと言うか、我が道を行くと言うか・・・
あえて空気を読まずに自分のペースに巻き込む事を得意とするヴァンに何を言っても無駄だろう。
お腹空いたー。と寝椅子の上でだらだら伸びるヴァンに、呆れた臨は咽喉下まで出かかった苦情を飲み込んで、代わりに溜め息を漏らした。
そう長いこと待つ事も無く、血相を変えたメイドと執事のトップ・・・所謂、使用人頭と先ほどのメイドが現れ、“臨は”その場から開放された。
ではヴァンはと言えば、
使用人頭と共に現れた魔法使いに引き摺られて行った。
ゼノ帝国は、“龍の国”“魔の国”の異名を持つ、魔術魔法に特化した国である。
緊急時、城どころか市街地からも離れた場所に設けられた魔法研究所から行動を起こすには少々難がある為、城と研究所の仲介役として城に滞在する役職があるのだ。
今回ヴァンを回収して行ったのはそんな役職の魔法使いであり、ヴァンが現れなければ所長に就任していたはずの実力者・・・現在魔研のナンバー2だった。
因みにヴァンを回収していった理由は、『報告書類の返事を溜めに溜めたヴァンに、丁度良いから今やらせる』と言う、しようもないものだ。
強制連行されたヴァンと別れた臨は、メイドに案内され、食堂に向かった。
部屋を出る際二つ目の鐘がなったので、食堂は城勤めの者たちや城を訪れていた者たちで込み合っているだろう。
城の大食堂を利用できる業種は幅広い。
兵士や騎士、従事や下働き達を始め、城で働く者達は勿論。
遠方からやってきた貴族や他国の使者など様々だ。
この辺りを一緒くたにするのもどうかと思うが、今のところ苦情は出てないそうで、貴族から下働きまで利用出来る仕組みになっているそうだ。
皇帝の側近であるコリーやお偉方の部類に入るヴァン等も利用する為、繋がりを持ちたい貴族も高い矜持を曲げてでも文句は言わないのだと言う。
料金を支払い、カウンターに並べられた料理を好きなだけ取るビュッフェスタイルの食堂なのだが、何度見ても変だ。と臨は思いながら列に並んだ。
目の前はメイドで、後ろはおそらく貴族だと思う・・・爵位はわからないが、服装からしてそう高い身分の者ではないだろう。
そしてその後ろには騎士がいて、更に後ろは冒険者か従事らしき男が並んでいる。
何時もながらに身分の壁が薄っぺら過ぎて、やっぱり妙な食堂だとぼんやり考えていた臨は今更だがここで働いても問題が無かったかも知れないと少しだけ思った。
「あら・・・ねえ! ちょっとそこの貴方・・・えーっと、ギルドの!」
鶏とほうれん草ときのこのキッシュにトマトサラダ、ミネストローネとアイス珈琲をトレーに載せて、賑やかな食堂で空席を探していた臨の斜め後ろから華やかな声がした。
どこか聞き覚えのある声と“ギルドの”と言う呼びかけに、一応ギルドの職員である臨は足を止めて振り返った。
雑談や食事に興じる様々な種族や身分の人々をきょろりと見回して、こちらに向けてひらりと軽く手を振る姿に臨は一瞬どう返事をしたものかと口籠る。
と、言うのも。
「・・・あー・・・ヴァンの妹の」
「ジュリアよ、ジュリア・カレット」
臨に向け、コケティッシュな笑みを浮かべ、手を振って居たのはハリウッド女優・・・ではなく、大人気無い喧嘩をやらかした相手である魔法使いのジュリアだったからだ。
つい先ほどまで一緒に居たヴァンの似てねぇ妹であり、その驚きの事実を除いたとしても一度見たら中々忘れられない様な迫力美人でもある。
空いてるわよ。とジュリアは気軽に空席である向かいの席を示し、少々気不味い気もしたが、ここで断るのもどうかと臨は示された席にトレーを下ろした。
「臨・久松だ・・・何で此処に?」
「研修中だもの、居て当然でしょ?」
会話の糸口を探してそう問えば、ジュリアはあっさりとそう言ってのけた。
研修? え、何の? あ、そう言えば、城に冒険者が居るのは何故だろう。と、首を傾げる臨を気にせず、白身魚とスライスポテトのサラダをつついていたジュリアは溜め息を吐く。
「もう目から鱗の気分よ、西の常識が如何に可笑しい物なのかが良く判るんだから。
こちらの歴史や常識の方が筋が通ってるわ」
察するに、東大陸の常識を叩き込まれているらしい。
と、いう事は“研修”とは要するに、勇者様御一行更生クラスと言ったところだろう。
こちらに来てから・・・と言うか、アイザックやジャスミンたちと知り合ってから似たような事をやった覚えのある臨は内心で納得してフォークを手にとった。
そんな臨の様子を知ってか知らずか、サラダをつつきながらジュリアは一つ溜め息を吐いた。
一瞬、昼休みのOLみたいだな。と思ったが口には出さなかった。
OLって何? と突っ込まれたらオフィスレディの説明からしなければならないし、何か話があって臨を呼び止めたのであろうジュリアの本題から大幅に逸れることになるだろうから。
「ノゾムの言っていた通りだったわね、あの時はごめんなさい」
「・・・ああ、否。別にそれは良いけど」
「本当に? ありがとう! ああ、今は東西比較一般常識が終わって、東大陸の歴史と地理の講習をしてるわ。一週間後の試験で問題無ければ就職ね」
・・・うん、紛れもなく兄妹だ。
自己中心的に話を進めていく辺りに、臨はヴァンとジュリアの血の繋がりを感じた。
きっと臨が一方的に感じている気まずさの原因――ヴァンによって有耶無耶にされた初対面での大人気無い口論――も、こんな感じで自己完結したんだろう。




