店長さんと、“勇者制度”講座
臨の定期検診は、月に一度月末に行われる。
『風見鶏』で働き始め、『赤い飛び魚』に住まいを移した臨に課せられた決まりの一つである。
とは言え、正直な話しただの健康診断だ。身体測定と血液検査、魔力測定程度でそう時間の掛かるものでもない。
因みに、マギソーの一月は一律30日であり、一年は360日だ。
1日が24時間なのは変わりないが、一週間は6日間である。
今日も今日とて血液を抜かれ、身長体重と“魔力”の数値を計測された臨は小さく溜め息を吐いた。
苦痛と言うほどでも無いが、月一とは言え体重のデータが残るのは微妙な所だ。
そりゃあ女性である事を忘れられがちだが、臨だって女だ。
体型も体重も気になるし、人に――しかも知人に――知られるのは面白く無い。
「はい、オシマーイ。相っ変わらず数値に変動無くて面白味にかけるね」
検診場所である魔法研究所で、臨の血液検査と魔力測定を終えたヴァンがバインダーを机に投げた。
身長体重は一応女性職員が別室で測定してくれるが、それが終ったらヴァンの研究室で残りの物を測定するのだが、今回もヴァンのお気に召す結果ではなかったようだ。
つまらない。と言う文字がありありと顔に浮かんでいるヴァンの程近くに椅子を運んで座った臨は思わず苦笑した。
「面白く無くて良い、問題が無いなら無いで良いだろうが」
「えー? ・・・ってかさノゾム、ちゃんと食べてる? 体重も魔力も増える気配も無いんだけど」
自分が投げたバインダーを拾って、ペラペラと紙を繰るヴァンが眉根を寄せて唸った。
魔力は世界のあらゆる場所に存在する元素だ、魔素とも言う。
空気、水、土壌に植物とあらゆる物に存在する魔素は、この世界に息づく生物全てが大なり小なり体内に蓄えるものである。
呼吸をすれば酸素と共に肺に至り血液に溶け、この世界で飲食すればそれだけで体内に溜まるものだ。
個人と相性の良い属性の魔素であればより多く体内に溜まり、相性が悪くとも少しは体内に留まる魔素は臨と相性が最悪だった様だ。
臨の体内に吸収された魔素は魔力の欠片となるほども溜まらず、自然に排泄されている様だとヴァンが随分前にぼやいていた。
「魔力は別に良いけど、体重も?」
体重が全く変動しないと言うのはおかしいだろ、とヴァンに訊ねた臨はその言葉の通り、魔力や魔法に興味が湧かなかった。
使えたら便利だろうが、無くとも差して問題ないと臨は割り切っていた。
生活に必要な程度の魔法は“魔具”として普及しているのだ。
誰しもが全ての属性を完璧に使える訳では無いし、壊滅的に一部属性の魔法が使えない者もざらに居る。
そんな者たちが殆どである為、家事に必要不可欠な“魔具”が存在する。
例えば、窯や提灯に火を入れる簡易着火装置であったり、『赤い飛び魚』に存在する風呂の秘密であったり、上下水道の循環やろ過をする装置であったりも“魔具”の一種だ。閑話休題。
ともあれ、体重が変わらないと言うのは可笑しい。
三階に部屋があるお陰で筋肉は増えたし、代謝はきちんとあるのだ。
その日の体調や、検査以前にトイレに行ったかどうかで体重なんて変わって当たり前の代物なのだから、全く変動が無いと言うのはやはり可笑しい。
「ああ、まあ人間の許容範囲内での変化はあるよ?
僕が気になるのは、話し聴く限り週二で酒盛りしてんのに何で肥えないのかって事」
ヴァンに半眼を向けられた臨は、「ああ、なんだ」とほっと胸を撫で下ろした。
「翌日食べる量減らしたり? 後、こっち来てからは運動量増えたし」
「え、何それ初耳。後半の方」
椅子の背もたれにダレて居たヴァンが、パッと身を起こし紙とペンを引き寄せる。
メモを取るのだろうが、何かの書類の裏だが良いのか。
「向こうじゃ、乗り物が有ったから今ほど歩いて無かったんだよ」
「乗り物って、前に言ってたジドーシャだっけ? 馬無し鉄の馬車みたいなやつ?」
マギソーで乗り物と言えば、馬車か馬だ。
ファンタジーの王道であるそれは、王道らしく国や町、村の区間の乗り合い馬車以外では一般人がお世話に成ることが少ない上、街中でお目にかかる事は少ない。
街中で極稀に見かける馬車は、ゼノ帝国傘下の小国や大きな街の領主、他国の地位ある者が登城する時位なものだ。
庶民は都の入り口、通称『護龍の口』と言う外門付近の馬車駅で乗り降りする。
「あー、それの馬バージョン? 同じような原理で動く鉄製で基本一人乗りの乗り物」
「基本って事は最大容量は何人? 後、名称と出来れば絵」
メモを取りながら、使って居ないペンと新しい紙を引き抜いて臨に差し出したヴァンに臨は顔をしかめる。
「ノゾムの画力が壊滅的なのは知ってるから何となくのね」
「うっさい! あー、くそ。最大容量は二人、無理すりゃ三人か・・・ああ、七、八人乗りする曲芸士の団体が居たか。それで、名称は」
慣れない浸けペンで紙に向かいながら、ふと口を噤む。
臨が言っていたのは原付だが、今し方自分がした説明では単車も同じだ。
ついでに言えば雑技団のあれは、原付きじゃなく自転車である。
自動二輪と原動機付き自転車じゃ別物だし、曲芸技の辺りを深く突っ込まれたら自転車までついてくる・・・否? 曲芸のあれは原付だったか? と、まあ記憶が曖昧な部分もあるとなれば説明が面倒くさい。
車の説明で馬鹿みたいに時間を取らされた覚えのある臨は、全てをひっくるめて「バイク」と答えた。
まあ、間違っては居ない。
定期検診の後はこうして、なし崩し的に雑談や情報交換会に変わって行く。
元々、精神状態を計る時間だったのだが、臨の周りで問題が無い事とヴァンがその手の質問が苦手だった事がその項目が消えた大きな要因だ。
「そう言えば勇者ってどう言う選考基準なんだ? 私が知ってる元勇者の全員に共通点が無いんだけど」
一通り説明を終えた臨が、そう言って思い浮かべる顔は三人だ。
黒に見える濃いグレーの髪と銀縁眼鏡の奥で胡散臭く輝く赤紫の瞳。
外面はにこやかで、曲者臭を漂わせる執事姿の宰相だが、
その実、子供臭い悪戯を好むコリー。
明るい赤毛に茶色の輝く様な眼。
特技は息を吐かせぬマシンガントークで、極度の甘党。
コロコロ表情が変わる馬鹿正直なダグラス。
そして、性格は知らないが輝く金髪と碧眼の美形。
所謂王道RPGの正統派勇者や騎士の様なアーサー。
ダグラスはやや下だろうが、明らかに同年代であろう三人の勇者を上げて問えば、やけにあっさりとした声が返ってきた。
「ああ、学校卒業して試験に通った奴だよ」
「は?」
今一瞬、何の話しをしてるのか忘れそうになった。
勇者の話をしていた筈だ。と思いなおした臨がヴァンに何が? と訊ねると、ヴァンは面倒くさそうに頭を掻いた。
「だーかーらー、勇者の学校卒業したら、試験受けてー、合格したら勇者って事。
ああ、ノゾムがアッチで料理人になれたのと同じ様な感じ? ただ勇者は在校中に試験受けられ無いけど」
「・・・つまり、勇者の専門学校があって、勇者免許がある?」
「ま、そんな感じ。細かい所はコリーに訊いてよ。僕、魔法一辺倒だったからガッコの内容知らないし」
専門出の免許制・・・。
もう勇者のイメージ全崩壊だ。




