皇帝夫妻と、元・勇者様御一行。3
詠唱終了と共に淡く発光した通信石に向け、ヴァンは声を掛けた。
「あ、ノゾム? ちょっと紹介したい人達がいるから今から喚ぶよ」
『は? ちょっと待て! 今、昼飯作ってっから!!
てか、研究所内でほいほい呼び出し使うんじゃねぇよ!
その“呼び出し魔法”最上級だってシューヴァから聞いたぞ!?』
石から聞こえた声は低めで、女ならばハスキーな成人女性、男ならば声変わり前と言った所だろう。
ヴァンの生活態度が丸判りな台詞も聞こえたが、
三人の視線と異世界人の声を無視したヴァンは、術を作動させる最後の言葉を紡ぐ。
「“逆移転”移転対象、ひさまつのぞむ!」
『ちょっ! おい! 誰でも良いから、火頼』
シュッと擦れる音と共に、現れた人間は尻から落ちる。
「む!? 痛っ! ぅおっ!」
落下の衝撃で手にしたフライパンから飛び出した白身魚を、スライディングの要領でキャッチしたその人は、ほっと息を吐いた。
「こんっの、馬鹿野郎! 火を使ってる最中に呼び出すなって何度言わせ・・・る」
ヴァンの頭をフライ返しの柄で殴った後、漸く周囲の様子に気付いたらしく、
食欲を掻き立てる香りをたてるフライパンを手にしたまま、アイザック達三人に目を向けた後、謁見の間を見回している。
「あら、香草焼きね。美味しそう」
「そっちに目が行った?! と言うよりもヴァン、彼は本当に異世界の人間・・・なのか?」
外見も行動も極普通の人間だ。
皮膚や頭髪、目の色は東大陸特有の物だが、雰囲気も言動も極普通の人間にしか見えない。
「いったいなぁ・・・本当だよ、ニホン何て国は無いし、カントー、トーキョ何て地域や街も村も無いでしょ?後、なんだっけ。メアリコ?」
「アメリカな、メキシコと混ぜんな」
「確かに、西の情報でも聞いた事が無いな・・・」
どうやら彼は、ツッコミと共に我に返ったらしい。
服装は緩いパンツとシャツで、腰にエプロンを下げている。
城下の国民とそう変わらない服装だ。
背丈はヴァンよりも、頭半分高い。
「そうか・・・、歓迎するよ少年。私はこの国の」
「「少年?」」
笑い出しそうなヴァンと苦い顔をした彼に、言葉を遮られてアイザックは首を捻った。
「アイザック、俺たちとそう変わらないみたいだし少年は無いんじゃないか?」
「そうよ、成人した紳士に対して失礼だわ」
人間であるコリーとジャスミンのたしなめに、
ヴァンがとうとう吹き出して、彼は溜め息を一つ吐いた。
「申し遅れました。
私は久松臨、臨が名です。
職業は料理人で、生まれて24年の“女”です」
皇帝含め三人が沈黙、ヴァンは爆笑。
奇妙な空気が謁見室に広がり、再び絶叫が上がるかと思われたその時、
再び臨に殴られたヴァンの「痛っ」という声と、ガチャンと陶器が割れる音でその場の空気が変わった。
「っ! クレア?! あ、貴方どこから聞いてたの!」
「そ、そちらの方が現れた辺りからです! 申し訳御座いません!」
足下にクッションが在るところを見ると、声をかけるタイミングを図って一度退出したのだろう。
ジャスミンの問いに、深く頭を下げたクレアを見て、臨は首を捻った。
「騎士?」
「ええ、彼女は私付きの近衛騎士です」
「近衛・・・」
ジャスミンの答えに、臨がはっとしたように顔を上げた。
「と言うと、皇族の方でしょうか?」
「頭の回転は悪くない、か。俺は違うが二人はそうだよ」
そう言ったコリーは、一歩下がってアイザックを促す。
「ああ、俺達の国へようこそ。俺はアイザック・ゼノ・ドラグニル」
「皇帝陛下・・・。御前での無礼な振る舞い、大変失礼いたしました」
右手を出したアイザックの手を取り、握手を終えた臨は頭を下げた。
「あら、礼儀正しい。異世界の人も私達と変わらないのね・・・
でも、此処は公の場ではないし今は楽にしてね」
「だな、うるさいのは今居ないし」
良いもの着てるとは思ったけど、国のトップじゃん!
やべぇ、不敬罪で首が飛ぶんじゃないか?
まあ、フレンドリーだし問題無いか。
・・・などと、臨が考えて居たとは、誰も知らず。
臨が頭を上げると、ジャスミンとコリーがそれぞれ名乗る。
「私はアイザックの妻で、ジャスミン・ゼノ・ドラグニルよ。よろしくね」
「俺は、コリー・フォーマス。一応宰相だけど・・・気にしないで付き合ってもらえたら嬉しいかな? とにかく、よろしく」
皇帝の次が、皇后で宰相と来て、一瞬頬を引き攣らせた臨はフランクな三人に流されるように握手を交わした。
「因みに、コリーは元勇者で、ジャスミンは元神官ね。
僕達三人ともう一人でアイザック倒す為に東に渡って来たわけ」
「へぇ・・・えええ!? それ何の冗談!?」
さらっとヴァンが投下した爆弾発言を、一瞬流しそうになった臨がヴァンに詰め寄る。
その反応がツボだったのか、再び爆笑し始めたヴァンからではなく、臨の後ろから答えは返ってきた。
「冗談じゃないさ。
西じゃ、魔族は人を食い、快楽の為に虐殺する。そんな風に思われているからね」
「魔王がいつ攻めて来るか判らない、だから先に殺してしまえ。
そんな具合で西大陸から、ちまちまと勇者御一行様がやって来るのよ」
コリーの言葉に続いて、ジャスミンが笑顔で実情を語る。
要するに、西大陸の人間が思い描く東大陸のイメージは、ゲームの世界の魔王や魔族のイメージらしい。
「まあ、現実を知って定住するやつが多いんだけどね。僕達みたいに」
ギャップが勇み立ってた志をへし折るのか?と、臨は周囲の言葉に納得してしまった。
何故帰らないのか、と疑問持つ間もなく。
「まあ、私は暮らし易ければ、上が魔王だろうが龍帝だろうが何だろうが気にしませんけど」
「あ、ノゾムさん敬語禁止ー」
語尾が駄目ー。と臨の頬をつつくジャスミンに、男性陣が苦笑した。
何とも和やかな雰囲気になったが、
割ってしまったカップを慎重に集めていたクレアが、臨の言葉に違和感を覚えた。
「あの、恐れ入ります。一つよろしいでしょうか?」
「クレア、どうかしたのか?」
アイザックに発言権を貰い、敬礼したクレアは臨に視線を向ける。
「私には、ノゾム様が故郷にお帰りになりたいと言う様な“意志”が見受けられなかったのですが・・・」
まるで、流されるままの様な態度だった。
クレアは、臨が口にした『暮らし易ければ』と言う言葉に、永住の印象を持ったのだ。
「鋭いですね、正解ですよ。それに、私は帰りたくても恐らく帰れない」
「それは、ヴァンがどうにかするだろう?」
苦笑した臨にアイザックが首を傾げると、臨は「違う」と手を振った。




