皇帝夫妻と、元・勇者様御一行。2
謁見の間の奥、高い位置に据えられた玉座にアイザック、ジャスミンが揃って腰を据え。
執事服のままであるコリーが玉座の近くに控えると、ドアの前に控えていた兵士が謁見に来たもの達を順繰りに呼び入れて行く。
兵士が、どこそこの誰であるかを読み上げる。
呼び入れられた者は、季節の挨拶をし、名乗ると長々と代わり映えの無い報告を行う。
近隣の鉱山で銀脈が出た。だの、今年は農作物が豊作、だの。
何組の勇者が来て、どれだけの被害で・・・モンスターの群れがどうたら。
そんな報告を受けながら、シャンと背筋を伸ばすアイザックに先程までゴネていた雰囲気はない。
賢君たる覇気を持って、労りの言葉や的確な指示を出すアイザックの「何と優れた皇帝だろう」と、誰しもが思う姿をチラ見した、元勇者のコリーと元神官のジャスミンは内心を読み取り溜め息を噛み殺した。
「「(絶対、飽きてる)」」
テキパキと指示を出すのは、早く趣味の家庭菜園へ戻りたいからだろう。
二人が内心で声を揃えた瞬間、アイザックが「次の者!」と指示を出す。
「最後の謁見者です。
国立魔法研究所所長・・・」
「ああ、良いよそう言う面倒なの。久しぶりだねぇ、セレブトリオ」
兵士が訪問者の名前を読み上げるのを遮って、
ズカズカと入場した小柄な魔法使いは礼儀知らずな態度で片手をあげた。
いくら魔法研究所の所長と言えど、皇帝に対しての無礼な態度に近衛兵が前に出た、のだが。
小柄な魔法使いは特に周囲を気にした素振りも見せずに進み、いよいよ騎士達が剣に手を掛けた瞬間、鋭い一喝が響いた。
「お前達下がれ!」
その声を放ったのは誰であろう、皇帝のアイザックだ。
騎士達が剣の柄から手を離したのを確認したアイザックは満面の笑みを浮かべて玉座を飛び出した。
その場の騎士達が唖然とした次の瞬間、コリーはアイザックを追うように歩みを進める。
「ヴァン! 式典以来じゃないか!」
魔法使いを歓迎するアイザックの様子に苦笑したコリーは、アイザック同様に笑顔を浮かべて魔法使いへ歩み寄った。
「陛下、空気読んで下さいよ・・・って、まぁいいか。本当に久しぶりだし」
「あー、はいはい。僕が悪かったよ。
それで、先に書類は上がってると思うけどさ、クソ爺が隠居して僕が所長になったから一応その報告ね。
と、もう一つ相談があるんだけど」
コリーは苦笑しながら、小柄な魔法使い――ヴァンの肩を叩いた。
「お、なんだ? あ、立ち話も難だな移動するか?」
「ああ、もうその辺の床で良いんじゃないか?」
周りを気にすることなく砕けた口調で喋る男三人を、騎士は呆気に取られた様子で見ていた。
彼らがただの男であれば問題はないが(否、場所に些か問題はあるが)、国のツートップと“賢者”の地位が約束されている魔法使いだ。
「もう良いわ、護衛は必要ないから下がりなさい」
「妃殿下・・・しかし」
「大丈夫、彼は旧友なの」
言い淀む兵士達に、ジャスミンはそれから。と言葉を続ける。
「クレア、ここにお茶とお菓子を持って来て下さらない? ああ、出来ればクッションも」
「か、かしこまりました」
玉座まで続く赤い絨毯に、車座を書いて座る三人を楽しげに見て、自分付きの近衛騎士に声を掛けたジャスミンは玉座を駆け下りた。
「二人ともズルイわ!ほら、アイザックちょっと詰めて!私が座れないじゃない」
アイザックとヴァンの間に割って入ったジャスミンに、コリーがひっそり笑う。
一番の出世をしたと言うのに彼女は全く変わっていなかった事に安堵して。
「それで? 相談ってのは」
「あー・・・うん」
ちょっと耳貸して。と乗り出したヴァンに、三人が頭を寄せる。
「3日位前なんだけどね。
僕が禁術の本読んでたら、部下が精霊使役と移転と術式強化とか諸々暴発させちゃって」
「「は?」」
ヴァンのやっちゃった。的な表情に、アイザックとコリーが間抜けな顔をする。
精霊使役は文字通り、精霊の力を借りる最上位の魔法の総称だ。
“移転魔法”は点と点で行う移動魔法である。
移動する対象の質量や数によって魔力の消費量が変わるため、
難易度は、中級から上級魔法の間だ。
“術式強化”は、いわゆる威力底上げ魔法である。
ドーピングとも言う。
「暴発なら良くあるじゃない。でも、それと読書は関係ないでしょ」
「コリーとジャスミンは知ってるだろうけど。僕、集中すると音読するじゃない?」
テへ、と可愛い子ぶるヴァンから三人が引いた。
物理的にも、精神的にも。
三十路間近の野郎のぶりっこなんて、見たくもない。
例えそれが小柄で女顔のヴァンであったとしても。
「ま、要するに術式詠唱してたみたいなんだよね」
「・・・って、事は?」
恐る恐る訊ねたコリーに、ヴァンは笑顔を向けて爆弾を投下する。
「異世界から人間、喚んじゃった」
語尾にハートマークが付きそうな笑いを含んだ口調。
それを聞いた三人は、一瞬の沈黙の後、悲鳴と非難が入り混じった叫び声をあげた。
「ちょ、ヴァン何してんの!!」
「てか、おま! か、返して来なさい!!」
「異世界人って何!? どんな生態かわからないし怖いじゃない!!」
ぎゃいぎゃい喚く三人の言葉を、ヴァンは「大丈夫、大丈夫」と受け流す。
「ほんっとーに、普通の人間だから。
てか返して来なさいってアイザック、捨てわんこじゃ在るまいし」
ケラケラと笑うヴァンの次の行動を推測したジャスミンは、小さくぼやいた。
「近衛兵下げたのまずかったかしら・・・」と。
「って言うか、見せた方が早いし喚ぶね」
「喚ぶって、また召喚する気か!」
そもそも、召喚術は何を呼び出すか判らない不安定な魔法だ。
故に禁術扱いであり、難易度は最上級魔法を5つ同時に扱うような物である。
良くて未知の生物召喚、下手を打てば帝都が吹っ飛ぶ暴発を招く。
魔族の中で最高の魔力を持つ種族でも無謀ともいえる召喚術を、事故とは言え、異世界から生き物を呼び出せた事は奇跡に近い。
「ああ、召喚はしないよ。
もー、喚んじゃったのは無限少数レベルの奇跡だもん。
しかも、事故だったからどうやったのか判んなくて帰せなくてさ。
今、研究所で家政婦してるから逆移転で呼び出すだけ」
事情説明をするだけして、詠唱を始めたヴァンに安堵した三人だが、
コリーとアイザックはヴァンの言葉に引っかかる物を感じた。
「家政婦?」
「その前に逆移転って・・・」
「よーし、んじゃ喚ぶね」
詠唱を終えたヴァンが、ローブのポケットから緑色の石を出した。
東の魔術に精通したものならば誰しもが知る、通信石だ。
ティアドロップ型に加工された半透明の緑色の石に金色の魔方陣が彫り込まれている。
小さな町であれば一つ買える程度の値段を持つ、希少な魔道具と言っても良い。
それをほいほい私用で使うな、とは三人とも言えなかった。




