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風見鶏の店長さん。  作者: 武蔵(タケクラ)
国の歴史と、風見鶏。
2/43

『風見鶏』の、店長さん。


 まあ当たり前だが、そんな状況での一般客は0だ。

むしろ詰め所であるのに傭兵も長居はしなかった。

 しかし、現在はと言えば・・・


「ノゾムちゃん、あたしオムライスー!」

「ジム! ピラフあがったから、勝手に持ってけ! 後、アリソン! 注文はメモ書いてカウンター!」


 身体のラインにピッタリとそった、布面積の少ないブラックレザーを着こなす15、6程に見える少女――アリソンは、はーい。と明るい返事と共にカウンターにメモを置く。

剥き出しの肩甲骨の間には、蝙蝠のような小さな羽がパタついている。

金色のツインテールを振って笑顔で席に戻るアリソンと入れ替わりで、くすんだ緑色の鱗を持つ三十絡みの男が苦笑しながらピラフの皿に手をかけた。

ベージュの短い髪と軽い皮の鎧とジャケットの間の様な服を着た、如何にも傭兵と言った風体だ。


「今日は当番無しか?」

「遅刻だ、あのアホ! シャム! 待たせた!」


 カウンター席に座る犬歯が目立つ男の前に、トマトパスタの皿を乱暴に置かれる。

くすんだ金髪を後に流すアリソンと同年代の少年、シャムはジムと呼ばれた鱗の男と揃って苦笑を浮かべた。

 パスタ皿はほとんど投げられていたし、皿の中身は片方に片寄っているのだが。

パスタの一本も皿の外に零れていない。


「ノゾムさん、飲みもんは?」

「テメェで注げ!」


 空のグラスを目の前のカウンターに叩きつけられ、シャムの頬が引き攣った。

勘違いホストと下っ端ヤクザを足して割ったような服装を好むシャムが、肩を震わせて小さくなりながらキッチンの中で慌ただしく動く“人間”の指示通り、デカンタや瓶が並ぶカウンターの隅へと向かう姿は少し面白い。

 風見鶏に集う魔族がちょくちょく忘れてしまいそうになる重要事項。

魔族を物ともしない気迫でフライパンを振るこの人物は、まさしく人間だ。

 元より、魔族討伐! と意気込み東へ渡って来た人間が東の実態を知り、居着く事は多々ある。二世三世も少なくはないし、現にギルドにも人間の傭兵は居る。

 だが、カウンター内のこの人間。

ノゾムは、魔法どころか剣も使えない一般人だ。

そもそも、西の人間ですら無い。

 西の人間には少ないイエローに分類される肌を持ち、髪と目は黒に近い茶色。

全体的にあっさりとした顔立ちは、東大陸でも極東に位置する東諸島でしか見かけない特徴だ。

 フルネームは、久松臨。

純日本産の地球人・・・否、異世界人である。

 元々小さなレストランの料理人であった経歴があり、紆余曲折を経て風見鶏の店長として現在働いている。

 因みに、臨が異世界人だと言う事は、当人と極一部の関係者しか知り得ない事情報だ。


 不意に、カウンター正面に位置するドアがドアベルすら鳴らない勢いで開け放たれた。

ギルドを通過するルート以外に、一般人の客が使う外の道から直通のドアだ。

 そのドアを外しかねない勢いで慌ただしく駆け込んで来たのは、人間と同じ位置に犬の様な耳を持つ青年だ。

 犬耳に生え揃う毛もあちこちに跳ねる髪も柴犬の赤に似ている。人間的に言えば明るい茶色。

 彼の登場と共に、食事をしていた傭兵達はピタリと雑談や食事の手を止めると目の前にある皿やグラスを手に、またはテーブルごと一斉に身を引いた。


「店長、遅れて悪い! 家出て直ぐに産気づいた妊婦がっ・・・」


 その周囲の異様な光景に気付かず、駆け込んで来た勢いのままに謝罪と言い訳を捲くしたて始めた青年は、コンっと木を叩く様な音と共に言葉と動作をピタリと止めた。


「テンプレな言い訳は寝癖を直してからにしろよ、ロバート」

「さ、サーセンした! 店長ぉおお!!」


 臨にロバートと呼ばれた犬男は、自分の顔スレスレに突き刺さった調理用ナイフに青ざめ、引き攣った声で改めて謝罪した。

ドア枠に突き刺さった物と、諸々の位置関係からして、それを投げた人物は臨以外に有り得ないのだ。

 自分の予想を上回る臨の機嫌の悪さに、慌ただしくエプロンを取りに店の奥へ向かったロバートの姿に、店内の傭兵達はテーブルや食器を元に戻しながら笑い声をあげた。

『今日はナイフ一本で済んで良かった』などと言う声も聞こえたが、そこは聴かなかった事にしよう。

 ドア付近に突き刺さっていた物を手に、カウンターに寄りかかったアリソンは、調理用ナイフをひらつかせながら悪戯っこのような笑みを浮かべた。


「これ見るとぉ、ノゾムちゃんが戦えないとか嘘っぽーい」

「嘘じゃない、ダーツが得意なだけだ」


 ナイフを返しながら、「そう言う事にしとくけどー」と身を乗り出して笑うアリソンの額を、臨はぺちんと叩いた。


「危ないから乗り出さない」

「ごめーんねー」


 どうやら、本日の給仕兼皿洗い当番が来て、臨の腹の虫は引っ込んだようだ。

未だに機嫌が悪ければ、もう少しキツイ物言いをしただろうし最悪二投目が放たれていただろう。

そもそも殺気が消えた事に店内の傭兵や一般の常連客たちは安堵した。

 臨の機嫌が向上したことに店内の客たちは各々、雑談や食事に戻り、空の皿を下げたり、追加オーダーをする為に席を立ったりと動き出す。

『殺気立っている時のノゾムは、一般人とは思え無いほど怖い』と言うのが、常連の共通認識である。

 ただの人間であるはずの臨に対し、歴戦の傭兵だろうが貴族出身の騎士だろうが頭が上がらないのだから可笑しな話があったもんだ。


「で。ノゾムさん、鳥の血が空なんスけどー」

「シャム、お前飲み過ぎだ・・・ロバート、鳥の血出して来い」

「あいよー」


「俺だけじゃないっすよ!」と抗議するシャムをスルーして、間の抜けた返事と共に、皿洗いをしていたロバートが貯蔵庫に消えた。

 ソフトドリンクのように血液を飲む種族は、シャムと同じ吸血鬼の他、意外と多い。

その為、風見鶏のみならず、東の国ではどこの店でもジュースや紅茶等と並んで瓶詰めされた血液が置かれているのが常識だ。


「吸血鬼ってのは、人間の首に噛み付いて啜るイメージだったんだけどな」

「げ、何スかそれ! んな事しないっすよ!」


 臨の呟きに、顔を歪めたシャムが想像してしまったのか「マジ、キメェ!」等と叫び、近くに居たジムが苦笑を浮かべた。

ジムも比較的血液を好んで飲む種族である、ワニの獣人だ。


「まあ、人間やら同族何てのは雑食だからな。爺さん曰わく、肉も血も臭くてマズイらしい」

「それにぃ、生きてる動物に噛み付くとかマジありえなーい。それ何てチュパカブラ? って感じだしー」


 キャハハと甲高い笑い声をあげたアリソンに、

「何で魔族がUMA(未確認生物)知ってるんだ」と内心でツッコミつつ、臨はオムライスの皿をアリソンの前に出す。


「わーい、オムライス! あたしの? ノゾムちゃん、これあたしの?」

「そ、後これも」


追加で出された小さなサラダに、アリソンが頬を膨らませる。


「トマト嫌ぁーいって言うかぁ、あたし野菜ダメな人ー」


「絶対食べないからー」とゴネるアリソンに、臨は笑う。


「野菜も食べたらプリンな」

「あたし、野菜大好きー」


 一転、語尾にハートを付けるような口調と笑顔で「ノゾムちゃんも好きー」とカウンター席に座ったアリソン。

その調子の良さに対してか、臨の手の打ち方に対してかジムとシャムは小さく「流石」と呟いた。

 言動は見た目以上に幼いが、自分が了承した限り出来るだけ頑張るのがアリソンだ。

食べると言った以上、どれだけ嫌いでもクシ切りのトマト三つを飲み込まなくては! とアリソンは涙目でトマトに挑んでいる。

そんなアリソンの横から臨に声を掛けたジムはホットミルクティーを注文した。

 暖かい飲み物は臨にオーダーしなければ飲めないのだ。

手間が掛かる為、修羅場時の臨には頼み辛い。と、言うよりも鋭い視線と共に頼む前に却下される。

冷たいものであればカウンターに常備されてあるので、それを飲めと身振りで示されて終わりだ。


「店長ー、鳥のねぇんだけど」

「だそうだから、シャム。牛豚羊のどれかで我慢するか、金出すから買ってこい」

「あー・・・んじゃ、後で行ってきゃーす」


 ロバートの報告に肩を落としたシャムを、堂々とパシリにするあたり店主としてどうかと思う。先ほどのホットドリンクについてもそうだ。

 だが、考えてもみれば一年前まで、風見鶏の食堂はセルフサービスだったのだ。

文句を言おうが、問答無用で報奨金から食堂利用料はさっ引かれる。

9割マズイ飯(しかも一品メニュー)だった食堂で、材料さえ有れば何でもござれで美味い飯が食える。

しかも、天引きされる利用料に変動は無い、と来れば。

当然ながら、傭兵達は文句無しでお使いだろうが当番だろうが引き受けるのだ。

 アリソンが何とかトマトを完食すると、ギルド側のドアが開いた。

こちらのドアにベルは無い、が。

ギルド関係者は開ける時にノックをしない。

就任当初の臨が「家か!」とツッコミを入れた程度にはフリーダムな集団だったりする。

まあ、ギルドのメンバーに言わせれば、「気配読めなくて退かない方が悪い」のだそうだ。

 やはりノック無しで空いたドアから顔を出したのは、きっちりと銀色の髪を結い上げた眼鏡の女性で、スーツに似た物を着こなしている。

 こちらの世界で言えば、秘書か学校の教師にありがちな格好だ。

日本で言えば、やはり秘書か、海外を飛び回る様なキャリアウーマン、後はモデル辺りが似合うおしゃれスーツだと言えば何となく想像がつくだろうか。


「ジムさんご指名でーす、あ! ノゾムさん今日のおやつなんですか?」

「プリンだ、メルの分は取っとくから仕事しろ」


 クールな印象とは真逆の口調と表情で、臨がアリソンに差し出すプリンに目を止めたメルは、「やった!」と声を上げてギルド側に引っ込み、その後にジムが続く。

 ドアが閉まった瞬間、今度はドアベルが鳴った。

外からの来客に、「いらっしゃい」を言おうとした臨は苦笑する。


「タイミング良すぎるだろ」

「お、いらっしゃい騎士サマ」

「騎士様って柄でも無いんですけどねぇ・・・ノゾムさんのお任せでお願いします」


 見事な装飾が施された白銀の鎧とマント。腰には純白の鞘に納まるレイピア。

近衛隊の騎士の証しとも言える装束を纏った薄紅色の髪を後頭部で団子状に纏めた美人は、側頭部に一対の角を持っていた。



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