皇帝夫妻と、元・勇者様御一行。
少しだけ、昔話をしよう。
先にも語ったが、東大陸の実情を目の当たりにし、居着く人間は多い。
なんかのんびりしてるし、魔族は噂と全然違うし。
拍子抜けじゃない?
って言うか、老後こっちの方が暮らし易そう。
「打倒魔王!」を掲げ、高い荒波の海峡を越えて来た人間の8割はそんな事を思い住み着く。
まだ歳若い正義感を持った残りの2割は西に帰り・・・ヴァンやコリーが語ったような末路を辿る者や魔族に反感を持ったまま賊となるものなど様々だが、これは後で語るとしよう。
ゼノ帝国に残る8割の者達が残る理由は先述の物以外に、それぞれ違う。
ある者は、数多の種族が混在している為、一方的に敵視している人間すらウェルカムな懐の深さを持つ魔族に感銘を受けて。
またある者は、時間が有り余っている為、西大陸に比べ進んでいる魔術や医療研究に興味を持って。
あるいは、――異種間で恋をして。
そうして東大陸に、人間が根付いた。
東大陸最西端にして、西大陸からの勇者御一行の上陸数随一の大国、ゼノ帝国にはそんな元勇者様御一行が多く居る。
中でも一番の大出世を果たした勇者一行は、間違い無く勇者コリーの一行だろう。
揃って10代であった為、西では伝説として語り継がれているこのチームは、オーソドックスな4人組だった。
農村出身の勇者、コリー・フォーマス。
しっかり者の神官、ジャスミン・イーリイ。
身の丈以上の武器を奮う女戦士、リオネッタ・ダーダンデ。
小柄な魔法使い、ヴァン・カレット。
荒波に揉まれ、疲弊仕切った彼らは「あら、今回はみんな若いのね」と笑顔出迎え介抱した老夫婦の優しさに触れて。
東大陸の豊かさに圧倒され、志していた何かが折れた。
結果、魔族と切り結ばないまま定住を決めた彼らは戸籍を取り住居を決め、職に就いた。
そして10年が経ち、彼らはそれぞれ大きな飛躍を果たしたのだ。
* * *
箱庭のような場所に造られた花壇。
そこにしゃがみこんだ麦藁帽子に作業服と言う庭師の男目掛けて、執事服に身を包んだ男がすっ飛んで来た。
「陛下! いい加減にして下さい! 謁見の開始時間過ぎてるんですよ!?」
「んー、もう少しぃいいい?!」
執事服の男――コリーが中庭の花壇に張り付く、庭師の男の後ろ襟をしっかりと掴んで歩き出す。
花壇と言うより、あれは家庭菜園だ。
更に、庭師のような20代程のこの男が、西で言う所の“魔王”
・・・つまりゼノ帝国の皇帝であるアイザック・ゼノ・ドラグニルだった。
その皇帝陛下が「速い」だの「痛い」だの喚いて居るが、コリーはその声を聞き流す。
もう直ぐナスが収穫出来そうだなー。何て思いながら。
「湯は張ってありますので泥を落として下さい。
それからお召し物ですが、また作業服に袖を通しやがりましたら奥方様と一緒にぶっ飛ばして差し上げます」
皇帝の私室に、部屋の主を投げ込んだコリーは、怒りで引き攣った笑顔で捲くし立てた。
しかし、何とも奇妙な敬語だ。
「俺、一応皇帝なんだけど・・・」
「だからちゃんとしろって言ってんだよ!!」
クワッ! と凄んだコリーは溜め息と共に、ずり落ちた銀縁眼鏡を押し上げる。
「後3数える内に動かなかった場合、マレイラに頼んで畑に害虫ばら撒きます。はい、いーち、」
蟲の亜人である近衛騎士の名前をあげ、カウントを始めたコリーに、悲鳴を上げたこの国のトップは風呂場へ駆けて行く。
その背中を見送りながら、コリーは小さく苦笑を漏らした。
「あら、またなの?」
「“また”ですよ、妃殿下」
クスクス笑う女性の声に、振り返ったコリーは困ったような笑みを返す。
「貴方も着替えて来なさいよ、皇帝の懐刀が執事の真似事なんて格好がつかないじゃない」
皇后の言葉にコリーは畏まる様子も無く、肩を竦めて、今度は楽しそうに笑う。
妃殿下の傍に“事情”を知らない者が居なかった事で態度を改めて。
「俺はこれでいーの。アイザックからオッケー貰ってるし」
「ちょっとコリー!それズルい!ドレスって動き辛いんだから!」
臣下の砕けた言葉使いや態度を怒るでもなく、
皇后は「私だって動き易い服が着たいのに」と頬を膨らませた。
「それじゃ、アイザックに直談判すれば?」
「そうするわ・・・ところで、そのアイザックだけど遅くない?」
すっかり敬語が抜け落ちたコリーと皇妃がドアに視線を向けた瞬間、
何食わぬ顔でゼノ帝国の皇帝、アイザック・ゼノ・ドラグニルが姿を表した。
庭仕事姿とは打って変わり、帝たる風格をそこはかとなく漂わせた見掛け20代後半から30代前半のアイザックだが、実年齢は悠に1000を越えている。
通常の魔族が外見年齢×10だとすれば、
魔族の中でもぶっちぎりの長寿である龍族であるアイザックは外見年齢×100だ。
それに加えて極度の童顔でもあり、挙げ句は身内の前では、内面も幼い。
「ジャスミン・・・が、居るって事はコリー! 本気で殴る気だったのか?!
俺、どれだけ信用無いんだよ!」
「まあ、アイザックだし」
「そうね、アイザックだし」
酷い! と喚くアイザックの足を踏んだジャスミンが子供の様な皇帝を黙らせ、
三人は揃って謁見の間へと向かった。
さて、もうお分かりだろうが、この国ゼノ帝国は宰相閣下だけでなく、
后妃殿下も人間なのである。