店長さんの、長い休日。終
「っ! ユ、ユジざぁああああ!!」
滂沱の涙を流しつつ、何処か以前のスクルドを彷彿とさせる勢いで飛び付いて来たのは、シャムだ。
否、スクルドがずびずび涙と鼻水塗れになっていた夜を知っているのは臨とジムだけで、ユジは知らないが。
抱きつかれたまま、ユジは一瞬肩を揺らした。
ユジの知る限り、要領の良いシャムはまず泣く事が無く、面倒な事は傍から見て腹を抱えて笑う質だ。
それに、甘えたり感情を吐露したりと言う事は“ダサイ”と言い切って、こうも簡単に誰かに泣き付くと言うことも無い。
「ど、こ、い、行って、ノゾムちゃ、アルがぁあああ!」
“ちゃん”付けで誰かを呼んだり、アリソンの事を“アル”と幼い頃の渾名で呼ぶ事も・・・今は無い。
ビービー泣きながら呆気に取られるユジにしがみ着いたまま、シャムが指差した先に居たアリソンが拳でテーブルを殴りつけた。
「うっぜぇな! 直ぐに泣くんじゃねぇよ!! テメそれでも××××付いてんのかぁ?! ああ!!」
野太い声で怒鳴り散らして、メンチを切ったアリソンも通常のアリソンとはかけ離れている。
そりゃ子供の頃は気弱な幼馴染のシャムを引き摺り回して周囲の同年代を仕切るガキ大将だったが、
現在は“可愛い女の子”を目指して容姿だったり服装だったりを気にして頑張っている。
が、短いスカートを気にせず、下着丸出しで片足を立てて酒を煽っていた。
ビィビィ泣き喚くシャムと、柄の悪いアリソンを呆然と見ていたユジが臨に視線を向ける。
「それ剥がしても大丈夫だから。後これ以上に面白いのは、あれ」
あれ、と臨が指差した先ではジムが、俯いている。
ジムは臨と並んでシャム、アリソン、ロバートの保護者的な存在だ。
面倒見が良いと言うよりも、苦労性と言った方がジムには合っている。
臨が来る以前、まだ歳若いオズが風見鶏の傭兵になる前に良くツルんでいた男はそう酒癖は悪くなかった筈だが・・・。
「ジムがどうか・・・」
「っはははははははははははははははは!! ふ、くッぁはははははははははははは!!」
腹を抱えて笑い出したジムに、ギョッとしたユジの肩を臨が叩く。
深酒すると皆こうなるんだ、と笑いを噛み殺しながら言う臨が口角を上げながらジムに視線を向けた。
「すっげーレアだろ? 因みにこの醜態を誰一人として覚えてないからな」
「・・・本当か?」
「冗談言うと思うか?」
堪え切れなかったのかクツクツと喉で笑う臨が、それから。とベッドの下から何かを引き摺り出した。
「これロバート」
うつらうつらと船を漕ぐ茶色の毛玉に、ユジが吹き出した。
前脚の下を掬うように持ち上げられた茶色の中型犬は、抵抗する素振りも見せずにされるがままだ。
メルとスクルドを送り届ける為に部屋を出る以前、
機嫌良く酒を煽っていたシャムは、泣き上戸で口調が幼い。
寝落ちしていたはずのアリソンは、柄が悪いと言うよりも、ジャ○アン系ガキ大将。
普段寡黙なジムは笑い上戸で、ロバートは無意識な変化で爆睡。
因みに犬では無く、狼らしいがどうみても和犬だ。
「なるほど、確かにこりゃ、面白いのぅ」
くつくつ笑う臨から未開封の清酒を受け止ったユジは、シャムに犬・・・ロバートを押し付けて封を切る。
「そう言えば坊主はどうしたんじゃ?」
「ん?」
「ああ、ダグラスじゃ、ダグラス坊」
さっきまで人で溢れていた部屋を見回しても、ダグラスの姿は見えない。
「ああ、トイレ」
「おお、そう言えばさっきドタバタと喧しい足音が聞こえとったな」
ユジと臨が部屋を出てすぐ、アパートの階段を駆け下りる音が響いていた事を思い出したとユジが納得した瞬間、ドアが開き真っ青な顔をしたダグラスがぐったりした様子で帰って着た。
「ダグラスは普通だな」
「つまらんのぅ」
「話が見えないけど、二人ともヒデェ!・・・てか、え? 何、この惨状」
ギャアギャアと喧しい声をBGMに、再び顔を出した・・・否、怒鳴り込んできたカミューを交え、臨とユジは酒が無くなるまで飲み明かし、ダグラスは何度かトイレに懐きながらも酒豪三人に付き合ったようである。
こうして、臨の長い休日がようやく幕を閉じた。
* * *
翌朝、頭を抱える飲み会メンバーに対し、一人ケロッとした様子で味噌汁を振る舞う臨の姿が見られたが、それはまた別の話。
「・・・嬢ちゃん、強いのぅ」
「そりゃどうも」