店長さんの、長い休日。11
「もう直ぐ出来るから皿とフォーク持って来い、此処の住人は椅子二つ」
指示に賑やかトリオが元気な声を上げて、部屋を去る。
あの三人が自分の倍以上は軽く超えた年齢だと言う事を、臨は都合良く忘れる事にした。
「貧血だと聞いたが、具合は?」
「ま、見ての通りだ。ああ、多分スクルドも来るな、割れない皿にしとけ」
笑って見せた臨に納得して、ジムも部屋へ帰って行った。
三階の階段横の部屋に住むシャムが一番に戻って来て、次点は向かいのジム。
椅子を二脚だけ持って来たので、皿などはまた取りに戻るつもりなのだろう。
三番手はロバートかと思いきや、キャハハと甲高い笑い声を上げ、腹を抱えたアリソンだった。
「い、今! 下でロバさん雪崩っ! 悲鳴がっ! ふゃははははは!!」
「だから片付けろって何度も・・・」
思い出し笑いでケタケタ笑うアリソンの言葉から察するに、椅子を持ち出そうとして積んであった物を崩したらしい。
溜め息を吐いたジムと想像が付いて呆れた臨を余所に、アリソンとシャムが腹を抱えて笑う。
「おお、賑やかじゃな」
椅子を運び入れるため、開きっぱなしになっていたドアから入って来たユジに、いらっしゃいだのお疲れだのと声がかかる。
「おっじゃましまー! お、ユジさんの言った通り焼きすぎの心配無さそうだな! 初めましてー! 俺はダグラスね、ここから結構離れたとこで『対の剣』って飯屋の店長やってんの。今日はクッキー焼いて来たからノゾムさんも他の人も味の感想頼むよ!」
ちょいっとユジの背後から姿を表したダグラスのマシンガントークに、アリソン達がきょとんとしたのは一瞬で、手土産のクッキーにアリソンとシャムはおお! と目を輝かせた。
「そう言えばお土産忘れてた! あたしノゾムちゃんが好きな林檎“ジュース”持って来たのー!」
皿やタンブラーを入れて来た小さなバスケットを開いて、林檎酒のボトルを取り出す。
「酒じゃん! まあ俺もそうっスけどワイン持って来たんで! あ、後ノゾムさんに“差し入れ”」
紙袋からワインを二本取り出したシャムがどす黒い赤色の錠剤を臨に手渡した。
その土留め色の錠剤は、血液の精製を促す増血剤だ。
貧血の際に処方される物だが、血液を好む種族の為のお菓子のようなものでもある。
シャムから受け取って直ぐ錠剤を飲み下した臨を確認してから、小さく頷いたジムが黙って部屋を出た。
ジムと入れ替わりに入って来たロバートが、ユジにお疲れーと声をかけてガチャガチャと音をたてる袋から瓶を取り出す。
「俺もとりあえず酒持って来たから店長食って良い!?」
「食ってよし! ジムには言ったが多分スクルドも来るから多少残して置けよ?」
麦酒を10本近く持って来たロバートが、一人に付き一本づつボトルを配ったところでジムが戻って来る。
ユジとジムの手土産は清酒と焼酎で、それに一番喜んだのは臨だ。
先ほどの騒動で楽しみにしていた物を駄目にしたのだから仕方ない。
それぞれがダグラスに軽く自己紹介をしてから飲み食いを開始した。
少し遅れて蜂蜜酒を手土産にメルが現れ、次に来たのは臨の予想通りスクルドだ。
アリソンとは違い、正真正銘の林檎ジュースを手土産にしたスクルドは、一度どこかで転んだのか鼻の頭を擦りむいている。
指摘すると照れ笑いしながら、治癒魔法を鼻にかけたスクルドは、部屋の隅でニヤニヤと自分を見る男に気づいてギョッとした。
「な、何でダグラスが此処に居るんですか!?」
「なんでってノゾムさんに誘われたからだし、てかスクルド久しぶり? 1ヶ月振りだよな! 相変わらず小さいし、プチ不運も変わって無さそうで何よりだ!!」
ケタケタ笑うダグラスに肩を叩かれて、たたらを踏んだスクルドは何で? と臨に視線を向ける。
「まあ、巡り合わせか?」
「偶然の産物じゃな」
「ま! そう言うこった!」
臨とユジが、なあ? と顔を見合わせると、ダグラスはスクルドの背中をばしんと叩いて笑った。
臨の部屋に入り浸る者が大方揃ったところで酒の回り始めた者から徐々に賑やかになってくる。
醤油と味噌、味醂、それから鯵と鰯を手にカミューが顔を出したり、数人の出入りはあった者の酒宴は遅くまで続いた。
そして、手土産として持ち込まれた酒と、臨の部屋にあった酒を粗方飲み尽くした深夜。
風見鶏でも屈指の賑やかメンバーが揃えば、それは明るい酒の席だろうと誰もが想像するだろう。
まあ、最初はその想像で間違って居ない。
それが決まって一変するのは、大概、臨が追加の肴を作り、寝落ちしたスクルド、もしくはメルを部屋に放り込んで来た後だ。
この日は二人とも居たため、ユジは二階の住人であるメルを、臨は小柄なスクルドを部屋に運んだ。
メルを部屋に運びこんだ後、三階へと戻ったユジは首を傾げた。
隣室であるスクルドをとっくに運び終えた筈の臨が、何故か部屋の前で待機しているのだ。
臨はアルコール耐性の高い人間だ。
日本に居た頃、臨の周囲には酒好きのザル人間が揃って居た為か、否が応でも鍛えられた結果と言ってもいい。
姿に見合わないパティシエとそいつに顔は一緒なのに似てない美容師と言う双子、病名を渾名として付けて回る目付きの悪い看護士、そいつの上司で残念なイケメンの称号を欲しいままにしているヘタレな小児科医。
脱サラして飲み屋を始めた幼馴染と常に10cmヒールを履いて仕事の為に世界を駆け回るツンデレキャリアウーマンに、猛獣に目の色変えて動物園の飼育係辺りがザルやらワクだ。
つまり底なしの酒豪。
職業と良い性格と良い色物の集まりだが高校時代からの悪友だ。
それから・・・それ、から?
あれ、誰だっけ。と、頭に浮かんだ男の姿に臨は首を傾げた。
「嬢ちゃん、入らんのか?」
「ん? ああ、ユジさん初めてだから。体験して貰おうかと思って」
ふと浮かんだ“誰か”を思い出すのをやめた臨は、ユジに向かってニンマリとほくそ笑んだ。
体験? と首を捻りながらも、ユジは臨の部屋のドアを開き・・・絶句した。