店長さんの、長い休日。9
「はーい、そこまで」
「何だか僕らの仕事無くなってない?」
軽く手を叩く音と呑気な仲裁の声。
次いで聞こえた「もう帰っていいかな。」と言わんばかりの声に、喧々囂々の口論をしていた臨はキッ! と視線を向けた。
「遅い! 後、今回の事で良く判った!! お前らが惰性で帰らないから“勇者”が後を絶たねぇんじゃねぇか!!」
少しばかり怒りが引いて来たのか、ポーチからナイフを引き抜いて投げたノゾムに、
騎士団を率いて現れた小柄な魔法使いと執事服の男は小さく肩を竦めて見せた。
空を切るナイフを軽く避けた男達の後ろで騎士達が悲鳴をあげた。
それはともかく・・・
「人間・・・?」
「そうだよ、後輩」
呆然と呟いたアーサーの声に、執事服の男は小さく笑ってシルバーフレームの眼鏡を押し上げた。
近くの店の中に居る人間達とは違い、あからさまに値の張る布を使った執事服の男はアーサーを真っ直ぐと見る。
隣の小柄な魔法使いはどうか解らないが、小隊とは言え騎士団を自由に使える権力があるだろう“人間”の男にアーサーは内心混乱した。
「で、ノゾム。そう言われても、俺達はもうこっちで簡単に止められない定職についてるし、案外惰性で帰らない訳でもないんだよ」
「そ、僕らが帰った所で、勇者制度は無くならないしね」
東へ渡った勇者が全く帰らない訳じゃない。
東で事実を知り、報告に戻った勇者は“逃げ出した”やら“操られている”と難癖をつけられ、処刑される。
そうした事実は歴史に残らず、東へ渡った美談のみが残される。
魔王を倒したと、嘘を吐く者も極稀に居るが、
英雄となった後、魔族の犯罪者やモンスターの群れが現れると英雄の称号を抹消され、『卑怯者』として歴史的に名が残る。
そんな実情を淡々と、もっと砕けた言葉で告げた男達に臨は眉間に皺を寄せた。
「んだそれ・・・イタチごっこじゃないか」
「それが現実だよ、ノゾム。高々4人程度の人間が万の群集から“常識”を取り払うなんて無理なんだよ」
微苦笑を浮かべた執事に、今まで口論や成り行きを静観していた女格闘家が悲鳴のような声をあげた。
「じゃ、じゃあ! 今までこっちに来た勇者達は生きてるわけ?! だったらあたし達は何なのよ!!」
「王族が安心するための、ぶっちゃけた話し“生け贄”だろうねぇ」
鼻で笑った魔法使いの答えに格闘家は、言葉を無くしてその場にへたり込んだ。
「まあ、詳しい説明や君達の今後についての話しは俺がするよ。
俺はゼノ帝国宰相、“元勇者”のコリー・フォーマス」
そう名乗り、笑った執事服の男が、チラッと小柄な魔法使いに視線を向ける。
「はいはい、僕はこの国の国立魔法研究所、所長。元これの同行者でヴァン・カレット。
取りあえず四人は騎士と一緒にコリーに着いてって」
小柄な魔法使いの軽くやる気のない言葉に、魔法使いの女――ジュリアは目を見開く。
他の三人も、驚きを隠さずにジュリアとヴァンを見比べた。
「兄・・・さん?」
小柄なヴァンとハリウッド女優体系のジュリアは、全く似ていない。
だが、アーモンド型のエメラルドの様な目だけはそっくりで確かに二人は兄妹なのだろう。
感動の再会に、ポロッと涙を零したジュリアは、何故か臨に縋りついた。
多分近くに居たからだとは思うが、先ほどまで口論してた見知らぬ相手に対して「良かったな」などと声を掛けられる程、臨はお人好しではない。
口論どころかジュリアは臨や周囲のこの国の住民達に対して無差別攻撃を仕掛ける程度には敵意を持っていたのだ。
慰めろと言う方が無理がある。
かと言って、振り払う程空気が読めなくは無いのでジュリアに縋りつかれたまま、微妙な顔をした。
どうしたものか。と、臨が思案を始めた瞬間、
「は?・・・・・・・・・あ、もしかしてジュリー? うーわ、昔から僕よかデカかったけど何か腹立つ感じになったね。取り敢えず久し振りー」
感動の再会を、兄自らがぶち壊した。
音がしそうなほど、目に見えてジュリアが硬直し、
そんなジュリアが肩に縋りついている臨は盛大に頬を引き攣らせる。
「ヴァン、お前・・・空気読めよ」
「・・・・・・そう言えば、こう言う人だったわ」
何で仇討ちなんて思ったのかしら。
そう低い声で呟くジュリアに臨は小さく、乾いた笑い声をあげるしかなかった。
* * *
コリーとヴァンが、半数の騎士達と勇者アーサーの一行を引き連れ城へ去った後。
残された半数の騎士達と、避難していた一般人や、集まった傭兵たちは瓦礫を片付け始めた。
片付けの人員でお祭り騒ぎに成りながらも、皆慣れた手つきで瓦礫を運ぶ。
怪我人は幸いにも軽傷者ばかりで、自ら医療研究所に向かったそうだ。
一番重傷だったユジは、神官のミラによって完治しているので、片付けの手伝いに回っている。
傷は完治していても背中の服は焼け落ちたままである為、背中丸出しのままではあるが。
そしてユジの次に大きな怪我を負っていたのは臨だが、臨も完治済みだ。
ただ・・・
「あ゛ー・・・、気持ち悪ー」
「貧血だな、流血しながら怒鳴り散らしていれば当たり前だ」
「痛・・・」
流血具合を見ていた傭兵たちに、帽子うさぎに担ぎ込まれた臨は、現在椅子を並べて横になっている。
あっさり診断を下し、頭を叩いたカミューに、言い返す元気もない。
吐き気と戦いながら、臨は『今、生理来たらアウト』などと思って居た。
口には出さなかったが。
「ノゾムちゃん、スープ飲めるかい?」
「頂きます・・・」
飲める状況でもないが、血が足りない分補わないとならない。
本来なら気絶しても可笑しくない程の大出血だったのだが、臨は奇跡的に意識は保っていた。
エミリーに手を借りながら起き上がった臨は、マグカップでスープを飲みながら自分の仕出かした事を思い出して頭を抱える。
「あー・・・、無事だと良いなぁ・・・」
「店長ー、外の荷物店長の? 瓶全滅してるやつ」
ひょいっと顔だけ店内に入れたロバートの言葉に、臨は机に頭を落とした。
ゴッと響いた鈍い音に寝転けているオーナー以外が、ぎょっとする。
かなりの喧しさだった筈だが、起きないって、凄いな。と臨は現実逃避を図る。
まあ、失敗したが。