店長さんの、長い休日。6
「ああ、そうだ。カミュー今日“は”煩くなるぞ」
「ふざけるな、今日“も”だろうが」
「まあ、そうだな。じゃあ鳥」
「喧嘩売ってるのか、どうせパン粉作るなら鰯か鯵だ」
じゃあ材料もってこい。と謎のやり取りをカミューと交わした臨がユジの腕を一つ叩いて帽子うさぎを出た。
「嬢ちゃん、さっきのありゃ何じゃ?」
「ああ、迷惑料? 代わりの差し入れ・・・だ」
ドアを閉めた瞬間、耳鳴りのような音が聞こえて足を止めた。
臨とユジだけではなく、道を歩く者は魔族も人間も無く揃って足を止め、賑やかだった通りから一瞬音が消える。
個人的に聞こえる耳鳴りならば何の問題も無い、だがこれだけの人数が揃って同じ音を耳にしているとなると・・・
長距離もしくは多人数が同時に転移してくる魔法の着地音だ。
「っ! 勇者が来るぞ!!」
ハッと素早く我に返ったのはユジを含む傭兵達で、直ぐに動けるように身構えると一言で周囲に注意を呼び掛けた。
戦えない一般人を避難させ、城に騎士を呼びに行かせ傭兵達は武器を取る。
今まで笑い話のように勇者一行について語っていたが、
西に渡って直ぐの彼らが及ぼす被害は甚大だ。
魔族と見れば魔法を放ち、剣を奮う。
それが傭兵だろうと一般人だろうとお構いなしだ。
市街地であったり、田畑であったり場所も構わずなので、
素早く行動せねば人だけで無く、物にも被害がでる。
全ては西で培った魔族に対する知識・・・要するに思い込みからくる、正義感や防衛本能による行動だ。
誰かが、「勇者だ!」と叫んだのは臨とユジが帽子うさぎのドアを閉めて直ぐの事で、一瞬対処が遅れた。ユジが荷物ごと、臨を店に押し込もうとしたが、間に合わなかった。
丁度“帽子うさぎ”の斜向かいにシュッと音をたて、四人の人影が現れる。
油断無く目を滑らせた四人組は、珍しい事に一人を除いて全員女だった。
「ちょっと!敵陣のど真ん中じゃない!ああっツいてない!」
ヒステリックに声を上げた女が短い詠唱と共に炎を放つ。
ハリウッド女優の様な女が繰り出した起動の読めない複数の炎の玉の一つが、帽子うさぎのドア・・・臨とユジ目掛けて飛来する。
その火球から臨を庇ったユジは、臨に覆いかぶさる様にして背中に被弾した。
突然の事と、間近で感じる焦げ臭さに臨の体が固まる。
調理の時に嗅ぐ、肉を焼く匂いとは全く違う。
煤臭い、質の悪い油が燃えるような臭い。
息を詰めたユジの向こうから、生々しい剣戟や爆発音が聞こえても、どこか他人ごとのようにしか認識出来ない。
「ユ・・・」
「嬢ちゃん、逃げ・・・」
「アーサー!人間が襲われてる!!」
ユジの指示を掻き消すような少女の悲鳴じみた叫びに、臨の中で何かがミシッと音を立てた。
―――襲われてるって、誰が、誰に?
魔法が抉った路面のブロックがユジの背中を叩く。
火傷を負った箇所に当たったらしく、唸るように呻いたユジはズルリと臨の前から崩れ落ちた。
臨の視界を塞いでいたユジが崩れ落ち、開けた視界に飛び込んで来たのは、剣を振りかざした男が駆けてくる姿だった。
決意と怒りと“誰か”を心配するような眼差しをこちらに向けた男の口が「逃げろ」と動いた瞬間――
臨の中でミシミシと音をたてていた何かがブチンッと切れた。
尻餅をついた自分の前に崩れ落ちているユジを左腕で膝から落とし、片膝を突くようにしてユジを庇うように前に出る。
右手は咄嗟に手近に有った紙袋を掴んでいた。
「何が、逃げ、ろ、だぁああああああ!! 襲ってんのはテメェらだろうが!!」
怒鳴り声と共に臨が投げた袋が、上段に構えて居た男の腹にぶち当たった。
ドンッと重い音がして、男が呻き僅かによろける。
鎧越しとは言え、一升瓶が四本(酒、醤油)と瓶入りの味噌と味醂が入った袋を、腹部にモロに食らった男が振り下ろした剣は、臨の太股を切り裂いた。