店長さんの、長い休日。5
「坊主!さてはお主甘党じゃな!?」
「え、そんなに甘いか?これ」
「「甘い!」」
力強く頷き、声を揃えた臨とユジに。
ええー。と納得行かないような声を漏らしたダグラスは、ユジに突きつけられたタンブラーを手に取ると一口飲んで首を傾げる。
「や、普通じゃね?」
「・・・・・・紛れも無く甘党じゃな」
ありえん。と口直しにワインを飲みながらブツブツ呟くユジは置いておくとして。
「まあ、つまりな。ダグラスは食材の“甘さ”を引き出すのが得意なんだ・・・多分。
だから何か作るなら意識して甘さを含む食材を少なめにする必要があるんじゃないか?」
それで取りあえずは、やたらと甘い料理になることはないだろう。と、考えを纏めた臨はオムライスの残りに手を付けながらふと思った事を漏らした。
「砂糖とか蜂蜜とか少ないのに甘い菓子なんかを作れたら女性人気は高いだろうな・・・」
世界が変われど女と言う性別を持つ物の永遠のテーマ、ダイエットの強い見方になりそうだ。
それに、店の雰囲気や立地条件とダグラスの性格を考慮すれば甘い物好きの男性も連れるだろう。
甘いもの好きを隠している男は意外と多い。
そんな事を考えていた臨の目の前で、その呟きを聴いていたダグラスがハッとした。
「・・・ノゾムさんユジさん、俺分量変えてちょっと作ってみるんで試食してもらえますか? てか、してください! 取りあえず、パンはベルシ入りの奴あるから比較して貰いたいし、菓子かぁ・・・あ、クッキーなら作れるな、よしゃ! 取りあえずパン! んで、クッキーは今日が駄目なら明日風見鶏持ってくんで!」
口を動かしながら慌ただしく材料を集め出したダグラスに、臨とユジは唖然とした。
取りあえず試食は強制決定したらしい。
二人の同意を得ずに着々と道具と材料を並べるダグラスに、臨は取りあえず当然の疑問を投げてみる。
「試食は良いが、パンだろ? 生地寝かせる間待ってなきゃいけないのか?」
「ああ、まあ嬢ちゃんは本でも読んでたらどうじゃ? 待つならワシゃ寝るが」
羊羹セットを示したユジに、そうだな。と同意しかけた臨は、思い止まる。
「ダグラス、結局明日来るんだよな?」
「そうだな、パン焼き終わるの待ってからだとクッキー焼き始めるの夕方だし、あんま待たせられないじゃん? したらやっぱ明日持ってった方が良いかなーって」
「それ逆にしないか? 明日がパンで、今がクッキー。クッキーは成功したら、明日パンと一緒に持ってくれば宣伝になるし、パンは比較する人数が多い方が良いだろ?」
臨の言葉に、一瞬、手を止めたダグラスが、小麦粉の袋を調理台に落とした。
小麦粉が少し、ぽふっと舞う。
「おおおお! それ良いな! 比較すんなら人数多い方が良いし、クッキーならそんな待たせないし! ってか何で逆にすること思い付かなかったんだ俺!!
そんじゃクッキー作るからちょっと待ってて! ってか、待たなくても夕方頃また来てくれても良いし、なんならノゾムさん家判るから行っても良いし・・・
あ。赤い飛び魚の場所わかんねぇや、あはは!! まあ風見鶏で待ち合わせても良いか! ギルドの場所なら解るし、って待ち合わせすんなら二人に決めてもらった方がいいな! どうする?」
テンションアップのスイッチが入ったのか、これまた長い。
何とか聞き取った言葉を反芻して、臨はユジに視線を向ける。
「嬢ちゃんが決める事じゃな、わしゃただのお付きだからの」
「投げるな、まあ・・・何なら家に来るか? どうせ夕飯賑やかになるだろうし、一人増えても変わらないだろ」
臨の休日は、夕飯をタカりに来る者が多い。
大体の者が手土産持参なので、邪険にはしないが。
「場所は・・・まあ、迎え寄越した方が早いな。って事でユジさん頼むよ」
「人使いが荒いのぅ、まあこれも仕事じゃからな、構わんよ」
やれやれとわざとらしい溜め息を吐くユジと、勝手に話しを纏めて残りのオムライスを攻略に掛かる臨を見てダグラスはニカッと笑った。
「よしゃ! 決まりだな! あ、クッキー以外に何か持ってった方がいいか? そういやこの前店用に良い酒仕入れたんだけど、それ持ってこうか?」
「あー、あー、止めとけ坊主、持って行くなら安くてそこそこのもんにしとくんじゃ。勿体無い」
ニヤッと笑ってダグラスを止めたユジに臨も頷く。
「飲めりゃ良い奴ばっかり集まるからな、ユジさんの言う通りだ。持ってくるなら、自分用の皿とフォーク持って来い」
後、タンブラー。と付け加えた臨がオムライスを食べ終えた。
一人銅15枚(大体1500円)を支払い、臨とユジはダグラスの店“対の剣”を後にする。
有難う御座いましたの代わりに「そんじゃ、また後で!」と満面の笑みで送り出された臨とユジは呆気に取られた後、盛大に笑った。
初の客だと嬉し泣きで迎え入れたのは誰だ、と問いただしたく成る程にフレンドリー過ぎる送り出しだ。
日本の接客マナーでは確実に首を切られるレベルの送り出しだが、温厚な人種が集うこの国では好まれる質だろう。
「それじゃ、もう一度帰るか」
「そうじゃのぉ・・・したら、荷物を置いたらワシは風見鶏に一度戻るとするか」
「っの、前に! ユジさん家にパンある?」
忘れてた! と、額を叩いた臨がユジに視線を向ければ、パン? とユジは首を傾げた。
「暫く焼いておらんからなぁ・・・大体、独り身の男に聞くのが間違いじゃろう」
「そっか、悪い。じゃあ、帰る前に帽子うさぎに寄らせてくれないか?」
不思議そうな顔をしつつも臨の言葉に「構わん」と答えたユジに礼を言い、臨は歩き出す。
『パンは家で焼く物』が常識のマギソーにはパン粉がない。
正確には、売り物として出回って居ないのだ。
フライは田舎料理、もしくは家庭料理にカテゴライズされており、メジャーな揚げ物はフリッター。
臨の作るグラタンは、表面にパン粉を掛けて焦げ目をつける物である。
焼き加減の目安にもなるのでパン粉は必要不可欠だった。
「あっれぇ? 今日は早くなぁい? ま、良いやぁノゾムさんユジさんごらぁーいてぇーん! いらーっしゃぁい」
昼を少し過ぎた時間にも関わらず、既にへべれけなオーナーが「けひょひょ」と笑いながら手を振った。
相変わらずカウンターの一角は酒臭い。
「オーナー! 頼むから少しは働いてくれ・・・っと、いらっしゃい」
昨晩駆け回っていたヘイゼルに変わって、神経質そうな銀髪の男がムスッとした顔で臨とユジを迎えた。
帽子うさぎの昼番ウェイター兼、会計係兼、人事担当のカミューと言うこの男は、臨の真下の部屋に住んでいる、俗に“天使”と呼ばれる鳥の獣人だ。
特別美しかったり、慈悲深かったりするわけではなく、
鳩やら白鳥やら、白い鳥の獣人が主にそう呼ばれている。
「珍しいな、お前が昼にほっつき歩いて居るとは・・・席ならオーナーの隣しか空いてないぞ」
「おい、私が休んでちゃ悪い様な言い種だな。席は良い、エミリーさんに用があるんだ」
機嫌の悪そうな言葉の応酬に周囲の人々が、ギクリと身を固めるも当人同士はどこ吹く風だ。
口論が勃発しそうなやり取りは日常的な物らしく、臨もカミューも気にしていない。
周囲の心臓に悪いやり取りを切り上げ、店の出入り口付近にユジを残したまま、臨はさっさとカウンターへ向かう。
慌ただしく料理を続けながら、苦笑したエミリーは、恰幅のいいおばさんだった。
帽子うさぎで昼間のキッチン担当だ。
「あんた達ね、もう少し仲良くしなさいな。それで用ってなにかしら?」
「仲良いいつもりなんだけどな、ああ。パンあるかな? 昨日の余りものが良いんだけど」
僅かにきょとんとした物の、少し待ってね。と調理を一段落させたエミリーは貯蔵庫に姿を消した。
「はい、有ったわよ。今日は田舎料理でも作るのかしら?」
「まあ、そんな所だな」
表面がカチカチになっているパンを5つ、紙袋に詰めてもらう。
値段は残りものと言う事もあるので、格安だった。
何度か言ったがパンは自家製が当たり前のものではあるが、先ほどユジが言っていた様に料理をしない者がパンだけ焼くわけでもない。
その救済措置として、殆どの飲食店がパンを売っている。
最も、余ったら売る程度の認識で、客側も食事と共にパンを大目に頼み、パンだけ持ち帰るのが常識だ。
臨のように、食事をせずにパンだけ買いに来るのは稀である。
「本当にパンだけ買うんじゃの」
「家のパンはスクルドが全部食っちまったし、焼きたてのパンじゃ意味が無いからな」
と、ユジに返した臨は、自宅分のパンのストックも焼かなければならない事に気が付いた。