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風見鶏の店長さん。  作者: 武蔵(タケクラ)
店長さんと、異世界の日常。
10/43

店長さんの、長い休日。4


 この辺りの地区は、風見鶏を挟んで赤い飛び魚の反対側の地区だ。

つまり、臨もユジも馴染みが薄い。

ユジは赤い飛び魚の住人ではないが、飛び魚の裏にある“緑の盾”に住んでいるので贔屓にしている飯屋は一緒だ。

どうせだから、と風見鶏から離れるように飯屋を探してウロつく事数分。

風見鶏どころか、狐屋からも大分離れた辺りで、漸く看板を見つけた二人は足を止めた。


「何じゃ?此処は」

「飯・・・屋だよな?」


 看板を見つけたは良いが、営業してるのか怪しい雰囲気を漂わせる小さな店に、臨とユジは思わず顔を見合わせた。

他にしようかとも思うが、ここは商店が建ち並ぶ地区の外れだ。

この先は高級住宅地がある為、すでに昼の鐘が一つ鳴った今から来た道を戻って他を探すとなると、混み合う頃合いだろう。


「さて、どうしする?」

「博打じゃのう・・・ま、入るしかなかろうて」


 ニイッと笑ったユジがドアを押すと、ドアベルが鳴る。

薄暗い店内に客の姿は見えないが、きちんと清掃され蜘蛛の巣一つ掛かっていない。


「なんじゃ、閑古鳥以外居らんが普通の店じゃな」


つまらん。とユジが呟いた瞬間、カウンターの中で赤い何かが勢い良く跳ね上がった。


「い! らっしゃぁああせぇええ!!」

「うわ! うっさ!」


大音量でひっくり返った「いらっしゃいませ」を告げた店主らしき青年が慌てた様子でカウンターから駆け出してくる。


「やべ、マジで?! うわ、本気で嬉しいんだけど、お客さん?! どうしよ、客とか初だしマジ泣ける!」

「「初?!」」


 聞き捨てならない言葉に臨がギョッとして上げた声は、思いがけなくユジと重なった。

ひっくり返る様な臨とユジの言葉に、青年はうんうんと大きく頷く。


「初も初! 俺が店出してから初めての客ですよ!! 仲間は薄情で来てくんないし!! あああもう兄さん達神か! お客様は神様とか言うけど、本気であんた達神だよ神!!」


 臨とユジの引きつった顔に気付かず、臨の手をがっちり捉えて上下に振る青年は、ぼろぼろ涙を流しながら喋り続ける。


「立地条件が悪いんだか何だかで人は来ねぇし、仲間に聞きゃあ此処まで来たら風見鶏まで行くだのなんだの言うし。 てか! 俺の飯甘いから食えないってなんだ! って気がするし・・・じゃ、ねぇな! 取りあえず兄さん達好きなとこ座ってくれ! 何でも言ってくれりゃ作るから!!」


 マシンガントーク、と言うよりはトルコ行進曲だ。

後半に行くに連れてどんどん早くなる青年の話しに、気になるワードが幾つか出てきたが臨とユジは勢いに押されてつい頷いてしまった。

多少意味は違うが、これもある種“ツッコミが追いつかない”と言う現象だろう。


「あ、じゃ、じゃあ私はオムライスで」

「わ、ワシはステーキにするかの」


 調理人の手元が見えるカウンター席に座り、(と、言うよりも座らされ)オーダーを告げた二人に青年は輝かんばかりの笑顔を浮かべた。

嬉しそうに調理を始めた青年をよそに、臨は店を見回した。

綺麗な店だとは思ったが、テーブルセットや調理器具は真新しい。

清掃が行き届いているのは当たり前だが、それを差し引いても開店してからそう経って居ない店の様だった。


「なあ、此処開けてからどれぐらいなんだ?」

「2ヶ月かそこら! 東に来たのもその位何だけどさ、定住決めてから直ぐ店出したんだ」

「ってぇ事は、兄ちゃんは御一行かの?」


青年の言葉から簡単に導かれた答えを問うユジに、肉に香草と塩をかけた青年は頷いた。


「そ、俺さ元勇者だったんだけど、実家が酒場だったから店持ちたくて! まあ、酔っ払いのゲロ始末すんのが面倒だから飯屋やってんだけど」


 ケラケラ笑いながら怒涛の勢いで語る青年は、開けっぴろげで少し面白い。

マギソーでは、成功する飯屋の条件の一つとして、会話の面白さがあるので、真新しい西の話題を持つ青年は成功する部類に入るだろう。

だが、まあ言わせて貰うなら。


「減点1だな」

「何が減点?」

「会話は大事だが、これから飯を食う客に向かってゲロ言うな」


食欲が失せるだろうし、そうじゃなかったとしても気分が悪いだろうと笑いを含んで言えば、青年が目を丸くした。


「そっか、悪い! 俺考え無しで喋るからさ。てか、兄さん飯屋か何かやってんの? だったら飯屋の先輩として他に助言ねぇか? あ、俺はダグラスな、ダグラス・シェイミッド。“対の剣”店長、よろしく!」

「「に、兄さん・・・」」


 笑いを堪えるユジの頭を殴った臨は一つ溜め息を吐いた。

訂正するのも面倒だし、まあ良いか。と卵を割ったダグラスに名乗る。

因みに、この適当さが臨の性別に対しての認識を混乱させている原因の一つでもある。


「臨だ、ノゾム・ヒサマツ。風見ど」

「ええ! 風見鶏の店長じゃん!? てかスクルドのお隣さん! うっわマジで? ちょー奇遇! あ、俺スクルドとチーム組んでこっち来たんだけどさ、あいつプチ不運じゃん? 迷惑かけてねぇ? てか、ノゾムさんって事は女か、や、マジごめん男だと思った」


 自分の中の情報をすり合わせて答えを出したダグラスは、付け合わせとチキンライスを同時進行で作りながら謝った。

口は滑り易いが、素直だ。馬鹿正直な質なのだろう。


「まあ、私は慣れてるから良いけど、ダグラスの場合、性別の判らない客に対しては会話で名前か性別が判るまでは“お客さん”にした方がいいな」

「そうじゃの、まあ周りからしてみれば面白いんじゃがな!ワシはユジじゃ傭兵をやっとる」


 付け合わせと肉を皿に盛り付けたダグラスは、ふむふむと納得した様子でユジに皿を出す。


「なるほどな! 確かにその方が良いか。はいよ、ユジさんお待たせ! ノゾムさんはもうちっと待っててな」


 卵を焼きに掛かったダグラスの手際は良い部類だ。

 口は滑るが正直だし、話しは面白い。

立地条件は悪いが、これで味が良ければ話し好きの客が付くだろう。

後もうひと押しがあれば更にいいが、それについてはまだ何とも言えない。


「はい、お待たせ! で、水だけで良いなら良いけど、なんか飲む? 飯がメインだけど一応酒もあるぜ」

「後始末が面倒なんじゃ無かったかのぉ?」


 呵々と笑うユジのからかい文句に笑い声が返る。


「それ言われちゃ堪んないけど、まあ飯のお供だし飲み過ぎない程度なら出すって! で? どうする? ユジさんは赤にする?」

「なら貰おうかの」

「ま、いいか。私はアイスティーで」


 はいよ! と威勢の良い返事をしたダグラスがタンブラーを取り出すのを見ながらユジと臨は「頂きます」と声を揃えた。


「あれ、美味いな」

「おう、問題無いんじゃないかの」


 それぞれ口にしたオムライスとステーキは美味かった。

卵の甘味が引き立つオムライスと、肉汁から肉の甘味が感じられる。

 そんな二人の反応に、赤ワインのグラスとアイスティーのタンブラーを置いたダグラスは一つ胸をなで下ろした。


「良かったー、いやさあ、仲間内じゃ俺の作る料理は甘いとかって言う評判で、ちょっと心配だったんだ! 俺味覚変なのかなーって!」

「いや、普通に美味い。・・・前に作った料理は何だ?」

「そんな手の込んだのは作ってねぇけど何だったかなぁ・・・ああ、あれだ。クリームシチュー」


 クリームシチューなら、甘味があって然るべきだ。

ミルクや人参、玉ねぎの甘味が出る為甘い。

そこで、ふと臨はマギソーの料理の“特性”を思いだした。

何かしらの素材や味が引き立ち過ぎる、原因不明の性質。


「砂糖、使ったか?」

「いや? 使ってないってか、普通使わないっしょ、クリームシチューだし」

「だよな・・・」


 頷いてから、臨は唸る。

恐らく、ダグラスは甘味を引き出すのが上手いのだろうと当たりをつけての問いだ。

元から甘味のあるクリームシチューに、間違いや(まず無いだろうが)隠し味として砂糖を加えていたら、仲間が口を揃えて「甘い」と言うのも判る。

じゃあどうして、と唸りながらタンブラーに口を付けた臨は咽た。


「・・・~っだこれ! 甘っ!」

「へ?」

「なんじゃ嬢ちゃん、シロップ入れすぎたんか?」

「・・・否、入れてない」


 ストレート派だから。と断言した臨は、ん? と一つ首を傾げてから、アイスティーを少しだけ口に含んだ。


「ダグラス、これ茶葉イジったか?」

「あ、おう。ちょっとベルシ入れてある。ベルシの味好きだから結構使うんだ、ってかホントにちょっとしか入れてねぇのに良く気付いたな。流石、風見鶏の店長!」


 “ベルシ”とは桜草に似た見た目の植物で、薬草の一種だ。

花と葉は消化器の働きを助ける効果を持ち、胃薬や酔い止めに使われる一般的な薬草で、

味も香りも甘い為、パンに練りこんで使ったりサラダに使ったり、ハーブティーとして使われたり用途は幅広い。


「・・・お前、仲間に出した飯の中にベルシ使わなかったか?」

「ん? あー・・・そう言やパンに入れたな。てかパン食べてから甘いとか言われたんだよ」


 そうだそうだと思い出したダグラスに、臨はそれだ。と納得した。


「で? 嬢ちゃんベルシが何なんじゃ?」

「ダグラスは甘味を引き出すのが得意なんだと思う・・・だから、本来ならちょっと飲んだだけじゃ判断付かないような量のベルシでこれだ」


 これ、とユジにタンブラーを押し付けて飲んでみろと促す。

不思議そうにタンブラーを手に取ったユジは、言われた通りアイスティーを口にして、盛大に噴いた。

まあ、気持ちは解らないでもない。

 飽和濃度の限界を越えてなお、砂糖をぶち込んだ紅茶の味だ。

寧ろ、粘度の高い紅茶風味のシロップといってもいい。


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