異世界いろはと、『風見鶏』。
剣と魔法の世界である、我らがマギソー。
人間と共に、魔族やモンスターが生きる世。
西の大陸で、多くの人間は大小様々な国をなしており。
海峡を挟み、東の大陸には魔族が同じ様に国を創り息づいていると言う。
魔族とは、圧倒的な力を保持し、外見的にも人間とは大きく異なる。
その多くは謎に包まれては居るが、性質は極めて凶暴であり、吸血鬼や食人鬼に至っては人間を捕食するとも言われている。
故に、人間は魔族を恐れ、古くから幾度と無く魔族に挑んだ。
しかしながら、数多の歴史書を紐解いてみても明確な勝敗について記されたものは無い。
だからこそ、人間は魔族と言う存在に恐怖し、現在でも幾多の冒険者や傭兵、果ては“勇者”が東へと渡るのだ。
そう、誰もが良く知る東の大国・・・魔王の治めるゼノを目指して。
――西大陸全国共通指定図書、シン・シェイミッド著『マギソーの歴史』冒頭より。
さて、西の国々で広く知られる一冊の本。
彼の本に記されている通り、西の大陸に住まう人間達が最も恐れている大国ゼノとはどのような国だろうか。
まずは、本に記された東大陸記述はどんなものかを説明しておこう。
聖なる土地である西大陸と、悪しき土地とされる東大陸を分断する大河をまず越える。
霞む様に薄らと見える東大陸に近付くにつれ、水面は大きく荒れ小船を呑み込む様な大きな波が立つ。
その難関を無事越えたとしても、大きな渦が行く手を阻むであろう。
舟を捨て“転移”魔法で上陸すれば、恐らく無事に魔王の居城がそびえる土地に辿り着く事が出来るだろう。
だが、彼等を迎えるその土地は、その凄惨たる有様で辿り着いた者を迎えるのだ。
悪を司る竜が飛び、中空から焔を大地に吐き捨て地を焦がす。
翼を持つ魔族が強い風を巻き起こす空には晴れる事の無い暗雲が立ち込め、常に夜の様な暗さが大陸を覆う。
その下に広がる大地は竜の焔で焼かれ、生きるものは無く荒れ廃れ。
嘗ての勇者達の骸が打ち捨てられた絶望の土地だ。
草木は萌える事無く、ただ英雄達を嘲笑う岩に覆われるばかりの悲しき土地である。
目指すべき魔王の居城はさも簡単に見つける事が出来るだろう。
何も無い不毛の土地で黒い霧を目指すが良い。
黒い霧がとぐろを巻き、中に護る場所が英雄達の目指すべき魔王の居城。
悪が座る玉座がそこにある。
だが気をつけろ、行く手を阻む者は暗雲の海を泳ぐ者だけではない。
魔獣は勿論の事、地を這う魔族を牙を剥くだろう。
西に現れるものよりも遥かに強靭であろう魔獣や、凶悪な魔族を屠り行くのである。
時に魔族に操られた勇者達と剣を交える事もあるだろう。
その幾多の試練と戦いの日々を過ごす覚悟が無ければ、悪の土地へ行く事はただ己の命を落とす事であると心得よ。
――と、まあ東大陸について書かれたこの本、タイトルなんだっけ? ・・・ああ、『冒険の書』ね。はい、有難う。
話を戻して、この本、『冒険の書』にはそう記されているわけだけど、“現実”の魔都、龍の国ゼノ帝国はどうだろう?
まあ、見ての通りなんだけど。君たちの目から見ての感想を聞く前に、二言三言。
先ず一つ、かの本の著者、シン・シェイミッドと言う者は“童話作家”だ。
二つ、その彼は西大陸の人間達に精霊神の使いとして敬われている、
俗称で『天使』と呼ばれる“白い翼を持つ鳥の獣人”であり、元は東大陸の魔族。
三つ、これはぶっちゃけた話。
現在、西大陸の国々で『東大陸の実情を伝える歴史書』として親しまれているその本は、
数世紀前に書かれた、子供を叱り付ける為の『空想小説』だったりする。
要するに、
「良い子にしてないと東大陸から竜の王様が来て食べられちゃうぞー! ガオー!」
だったり、
「悪い子は東大陸行きの舟に乗せるよ!」
と、悪ガキを恐怖させる為だけに書かれたお話だ。
何がどうして現在歴史書として定着したかは不明だけど、あれは実際そう言う本だったんだよ。
正式なタイトルも全く別の物だったらしいんだけどね、本当にどうしてこうなったんだか。
実際の東大陸は、皆が知っての通り真っ青な空が広がって居るし。
穏やかな風が農作物や自生した植物や木々の葉を揺らす豊かな土地を持っている。
まあ、簡単に言えば精霊に愛された土地だね。
うん、その辺りを突っ込んで説明していくとかなり長くなるから今回は端折って置くよ。
いい加減本題に戻りたいし、時間も足りない。
これからまた長々と世界に住まう生き物に対する生物学やら、云十億だか数百億だかに渡る東大陸の話しなんかしたくない。
そもそも、
「俺はその手の事に関して、純粋な此処の国民より詳しくないしね?」
今までつらつらと語っていた男は、シルバーフレームの眼鏡を押し上げにやりと笑った。
男が笑った事を切欠にした様に、窓の外からカーンカーンと鐘が幾つか鳴り響く。
「あー・・・じゃあ、昼休憩だから今日の講義はここまで!」
「「有難う御座いました教官!」」
龍の国ゼノ帝国首都ドラグニル。
その奥に居を構えた皇帝の住まう城の一室で、10代後半から年齢も性別も様々な“人間”が数人男に向けて頭を下げた。
「うん、じゃあ解散・・・の前に! 忘れてた、勇者ダグラス一行は今日で最終日だから明日試験ね」
「「はい!」」
「それじゃ今度こそ解散!」
解説しておけば、この授業は“間違った”東の知識を持ち東大陸に乗り込んできた勇者に対する講習だ。
その辺りの諸事情はまた今度。
解散を言い渡した男が部屋を出ると、部屋の中に残った人間達は思い思いの行動を開始した。
十を越えるか越えないかと言う少人数ではあるが、九割が20代以上の体格の良い者達だ。
そう広くも無い部屋で座学を受けていた彼らは若干の息苦しさを感じていたのか、さっさと部屋を後にする者や首を鳴らす者の姿が見えた。
そんな中、小さな影が一つ、大きな窓を開いた。
「なぁにしてんの?早く行かねぇと昼飯食いっぱぐれるんじゃね?」
「んー、でも。明日“教室”に来れるか判らないもん」
見納め。と、呟いてふにゃりと笑った小さな少女は窓の縁に肘を突いて外の景色を眺めた。窓から吹き込んだ柔らかな風がふわりと少女の髪を優しく揺らす。
「好きだねぇ」
「うん、好きだよ。私この国もこの景色も好き」
知れば知るほどどんどん好きになる。
日向でまどろむ猫の様に目を細めた少女は夢見心地で呟いた。
青く高い空に浮かぶ白い雲より少し下を鳥が飛び、更にその下に広がる活気の溢れる城下町だ。
色とりどりの屋根としっかり舗装された石畳が銀色に日光を反射してキラキラ光る。
洗濯物が風になびいていたり、明るい笑顔を浮かべる国民。笑い声や商店の呼び込みの声、子供が無邪気にはしゃぐ声。
ぐるりと都を囲む高い塀に、魔獣避けの魔法がキラリと時たま輝く。
そんな風景から見受けられるこの都の雰囲気は優しく明るいものでしかなかった。
その光景を作る人々は、肌に鱗が少しばかり輝いていたり、背中に羽を持っていたり。
自分達と変わらない位置に獣の耳があったり、その少し上に角が生えていたり、臀部で尻尾が揺れていたりするけれど。
そこに混じる人間が混ざっていたりもするけれど、魔族も人間も気負う事無く心地良い対人関係を築いている。
少し魔力が強いだけで怯えられたり、少し不思議な色を持って生まれただけで虐げられる事も無い。
「なんか、嬉しいねぇ」
「だよな。・・・って! ほら、飯! もう席埋まってる気がすんだけど」
パシン! と少女の背中を叩いて踵を返した少年の後を、涙目の少女が追う。
部屋を出た直後に少女が盛大にすっ転び、少年の呆れたような笑い声が廊下に響いた。
少女が見渡していた街中を行き交う人々は魔族と一括りにされる獣人や亜人がほとんどだ。大抵、彼らは人間の寿命よりも長い年月を生きる為、個性の下に隠された根底の質は温厚である。
純粋な血を持つ種族で比較すれば寿命に差は生まれるが、最短の寿命を持つ種族であっても人間と比較すれば長生きだ。
とは言え、ここ数年(と言っても、人間からすれば世紀単位)で純粋な種族である獣亜人達は少なくなった為、大まかに外見年齢×10で実年齢を計る事が出来る様になっている。
国を治める者はそうとも限らないが、それはまあ置いておく。
ここで大切な事柄は、少女が見下ろしていた街の実情が人間が住む西大陸の国々とそう大差ないと言うことだ。
勿論、職種も大差は無い。城には、騎士や文官が居て、従事をする執事や侍女もいる。
病院代わりの医療研究所、国防をする魔法研究所、国内の子供であれば誰でも無料で学ぶ事が出来る学校もある。
そして、国営外の商店や物流を取り仕切る商業ギルドと“何でも屋”の様な傭兵ギルド。
傭兵ギルドと聞いてまず思い浮かぶ仕事は、護衛やモンスターの討伐などだろう。
だが、ゼノ帝国の傭兵ギルド『風見鶏』は、それだけに留まらない。
先述の通り、本当に“何でも屋”なのだ。
先ほどの代表的依頼から、ペット探しに、剣術や魔法の家庭教師。
小さな物だと、買い物の荷物持ちやら、子守まで、なんでもごされがモットーだ。
因みに、国営である。国営と言う点では城以外、上で連ねた組織は全て国営である。
まあ、在る意味、城も国が運営しているが、それは兎も角。
そんな一風変わった傭兵ギルド『風見鶏』の雰囲気が、一年程前から前にも増して明るくなったと人々は口にする。
その原因は、傭兵達の詰め所を兼ねた軽食屋にあった。
依頼内容ごとに仕訳されて張り出されたメモ紙が並ぶ壁と、まるで市役所のようなカウンターの間にドアがある。
その奥はギルドに登録された傭兵達の詰め所であり、一般人も気軽に利用出来る軽食屋だ。
名称は特に無いが、『風見鶏』と言えばギルドではなくそちらを示す事が多い。
傭兵ギルドを示す際には『ギルド』、傭兵ギルドの食堂を示すのは『風見鶏』だ。
商業ギルド『長靴をはいた猫』は他の用途が無い為、“商会”や『長靴をはいた猫』と呼ばれる事多いのだが、名称については兎も角。
軽食屋『風見鶏』だが、一年ほど前までは酷かった。
酒は置かずにドリンク以外のメニューは一品。
『早い、安い、9割マズイ』が売りと言う、とんでもない軽食屋だった。
それもそのはずで、調理担当者はギルド側が適当に決めた傭兵が日替わりで行って居たのだ。