*終*
「本心というのは実に厄介なものでね、当の本人すら制御できないことがあるんだよ。だから隠したつもりでも顔や行動に表れたり、それどころか真逆の行動取ってしまったり。ほら、よくあるだろう。好きな子につい意地悪してしまうなんてこと」
昼休み。津々浦第二高校。第一体育倉庫。
「爽やかに『ゴメン。待った?』くらい言ったらどうかと、オレは思うんだが」
「嫌よ。そんなバカみたいな台詞」
と、即断で却下する馬渕。そして続けて、
「そんな台詞を平気で言える人間なんて、バカなチビだけよ」
オレを見下げながら、鼻で笑った。
もちろんそれは身長の関係上仕方ないことで、馬渕に一切の悪意はないことは分かっている。
そして、オレが強く握りしめた拳に一切の殺意がないことも分かってほしい。
「……で、一体何の用だよ? まだ調子悪かったりするのか?」
「いや、大丈夫。むしろ以前より身体が軽いくらい」
今なら空も飛べそうな気がするわ、と皮肉を言ってみる馬渕。
もちろん、その背中に翼はもう存在しない。
昨夜。あの後。
流れ出る涙に比例するように、白い翼はみるみる小さくなっていき、それが完全消滅するのと同時に馬渕は意識を失った。
トランス状態。
急激に“ヤツら”の力を解放すると、無意識の意識で行動し、前後最中の記憶が極めて曖昧になる――という話を、狼男戦の直後にヴィアンから聞いていた。
だから、オレたちは嘘を吐くことに決めた。
『一度でも“僕ら”に関わると、どうしたって引かれやすく――いや、惹かれやすくなる』
結城や魚住さんと違って、馬渕は知らなかったことにはできない。だけど覚えていないことなら、思い出せないようにすることくらいはできる。曖昧な記憶に嘘の情報を上書きすることができる。
だから馬渕が気を失っている内に戦闘の痕跡を隠滅して(ズタズタになった服だけはどうしようもないのでヴィアンにコートを借りた)、目覚めた彼女に至極穏便な『お祓い』で翼を消し去ったと伝えた。
そして今日。
下駄箱に入っていたメモで呼び出され、オレはこの体育倉庫に来ていた。一応、馬渕の体調の確認という意味もあったけど、まぁ、そっちは問題なさそうだな。
とても元気にオレをバカにしてくるし。
「じゃあ何の用だよ? 早く戻って昼飯食いたいんだけど」
「それよ、それ。お昼ご飯のことよ」
と、手に持っていた赤チェックの包みをオレに突き出す馬渕。
「今朝、自分とお父さんのお弁当作ったら予想外におかずが余っちゃってさ、どうせ捨てるんだったらアンタにあげようと思って。ほら、アンタってモテようと努力するけど全て逆効果で、土下座してまで女の子にお弁当を作ってもらおうとして警察に通報されるキャラ設定でしょ?」
「そんな複雑なキャラ設定で生まれた覚えはねぇよ」
ウチの母さんも生んだ覚えはねぇよ。
「ま、とりあえずありがたく恵まれときなさい」
そう言って馬渕が押し付けてきた包みを、オレは反射的に受け取った。
「それじゃ、それだけ」
くるりと反転し、体育倉庫の扉を開く馬渕。しかしその足を前に進めることなく、
「あ。それともう一つ、アンタが女子に一生言われない台詞を恵んであげるわ」
やっぱり背中越しに、こう言った。
「ありがとね」
ちなみに後日談だが、数日後馬渕は学校を休んだ。結城曰く、遠くの誰かに会いに行ったらしい。
そしてこれは完全に余談だが、どんな些細なことでも文句を言ってやろうと、馬渕の弁当を食べたオレはまたしても完敗した。
やっぱりどうにも相性が悪いみたいだ。
――第五話「vs.さみしいケルベロス」に続く。
以上、もどきども第四話「vs.とべないペガサス」でした。
結局、何だかんだの紆余曲折で完結までひどく掛かってしまいました。しかもトータル二万字弱に五ヵ月も……スミマセン。
もし「何、寝てたの? ハァ!?」みたいなお言葉がありましたら、感想に書いて頂けるとありがたい限りです。あ、もちろん普通の感想も心よりお待ちしております。
ではでは、ここまで読んで下さった貴方に最大級の感謝を!