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*承・続*


 放課後。津々浦つつうら第二高校。第一体育倉庫。

「爽やかに『ゴメン。待った?』くらい言ったらどうかと、私は思うんだけど」

 オレがその大きな扉を閉めるなり、一人待っていた馬渕まぶちはそんなことを言った。

「何でオレがそんなこと言わなきゃならねぇんだよ」

 結城ゆうきにだって言ったことねぇぞ、そんなセリフ。

「言いなよ。いいから」

 ――じゃないと“あのこと”学校中に言いふらす。

「…………」

 ……脅しだ。

 明白過ぎるほど――明るく白い、めまいがしてきそうなくらいシンプルな、脅しだ。

 もしこれが二時間サスペンスなら、間違いなくオレは隙を見て馬渕を殺す展開だ。

 しかし、オレはこんなことで人殺しをするようなキレやすい現代の若者ではない。良かったな馬渕、命拾いしたぞ。

 だがしかし、そんな脅しに簡単に屈するオレでもない。男の中の男を甘く見てもらっては困る。

 だからオレは堂々と、

「……ご、ゴメン。……待った?」

 言い切った。

 人生最高の切れ味で、言い切った。

 かの有名な斬鉄剣にも匹敵するような切れ味だ。

 しかし馬渕は、

「ダメ。やり直し。もっと爽やかに言って」

 無情にも、まさかのテイク2を要求してきた。

 かの有名な斬鉄剣にも斬れなかったコンニャクを斬れと言ってきた。

「もっと、こう……ミントタブレット食べた後に飲む水みたいな爽やかさで言って」

「…………」

 ものすごくスースーする爽やかさだな、それは。

 しかし、スースーだろうがハーハーだろうがヒーヒーフーだろうが、そんなことオレには出来ない。出来ないったら出来ない。

 だからオレは威風堂々と、

「ゴメン。待った?」

 言い切った。

 ついにオレの斬鉄剣はコンニャクを斬り裂いた。

 ついでにオレの大事な何かも斬り裂いた気もするが、まぁ今は考えないことにしよう。

 つーか、何故だろう? スースーする言葉を言ったのに、オレの全身が熱いのは。

 すると、そんな疑問を抱くオレに、

「うわっ。ホントに言ったよ、この男」

 馬渕は極低温の眼差しを向けていた。

 一見すれば軽蔑しているようにも見える行為だが、察しの良いオレにはその真意が手に取るように分かる。

 なるほど。お前はそうやってオレの火照った身体を冷まそうとしてくれてるんだな。

 ありがとう。あぁ、ありがとう。

 だからオレは、今思っている言葉をありのまま、

「テメェが言えって言ったんじゃねぇかよ!」

 怒鳴った。

 まぁ要するに、我慢の限界だった。

「……うるさいなぁ。私が“言いたいこと”我慢してるんだから、アンタは“言いたくないこと”我慢しなさいよ」

 と、耳を塞いでいた両手を離すと、再びの脅しを繰り出す馬渕。

 なるほど。オレには怒鳴る権利もないんだな。

「ていうか、そんなキレやすいなんてカルシウム不足なんじゃない? だから身長も伸びないのよ」

 と、馬渕。

 しかし、ここで再び怒鳴るようなオレではない。何度も言うようだが、甘く見てもらっては困る。

 何故かと問われれば、理由は簡単。

 オレは、器“も”大きい男だからだ。

 断じて、権利を奪われたから怒鳴れないわけではない。

 力のこもる握り拳も、馬渕に殴り掛かるためなんかではない。第一、現代のサムライを自称するオレが、女子にそんなことするはずがない。

 第四話から読み始めた方には、自信を持ってオレはそう力説できる。斬鉄剣の如く言い切れる。

 ……と、そんなオレの話はイイとして。

 脅されている立場として、とりあえず馬渕の話を――要求を、訊くとしよう。

「で、口止めにオレは何をすればイイんだ?」

「んー、そうだなぁ……」

 そう言って見定めるように、見極めるように、見透かすようにオレの全身を上下隈なく見る。

 そして舐め回すように眺めていた視線を、どこか一点に固定すると、

「結局アンタと生徒会長って、どっちが『攻め』でどっちが『受け』なの?」

 と、訊いてきた。

「……何の話だよ、それ?」

 つーか、どこ見てんだよ、お前?

 と、口にしたかったが、すぐにそれは中止した。何せコイツは平然と『×××』と言う女だ。だからこれ以上、この世界の平和を乱させるわけにはいかない。正義のヒーローの戦いは、いつだって孤独なのだ。

 ……って、もしかして『攻め』と『受け』ってそういうことか?

 オレと大神さんの戦いも、コイツは見ていたってのか?

 くそっ、これはいよいよ誤魔化しようも――

「何って。アンタと生徒会長がBLだって噂、知らないの?」

 陸女なんてその噂で大盛り上がりよ、と馬渕。

 …………。

 ……はっは。はっはっはっはっは。

 何だ、そんなことか。心配して損したぜ。

 てっきりオレは、あの狼男との戦いをコイツに見られていたんだと思っちまったZE。

 まったくもう、オレってばうっかりさん☆

 コイツが言ってるのは、ただのオレと大神さんのBL――

「――って、何だそりゃ!?」

 ツッコんだ。

 モノローグも含めると、ノリツッコミだ。

「そんな噂、どこから発生したんだよ!?」

「どこって……知らないけど、とりあえず学校中の噂だよ」

「が、学校中……だと」

 そんなバカな。

 そんな噂、事実無根。根も葉もなければ、茎も花もない話だ。

「でもさぁ『蒔かぬ種は生えぬ』とも言うよ?」

「…………」

 くそ、コイツはどうやってもオレを窮地に追い込みたいんだな。……まぁ、脅されてる今こそ、窮地なんだけど。

「まぁ、そんな話は後でイイとして――」

 ……後でまたするのかよ、その話。

「私の要求を、言うわね」

「……おう」

 何だ? 金か? あいにく金ならねぇぞ。

 オレの月の小遣いなんてたかが知れてるし。毎年のお年玉も、智流が大人になったら渡すからね、と意味深な笑顔でほとんど母さんに徴収されてるから出せねぇぞ。

「もう一度訊くけど、あのとき、あの公園でアンタたちは一体何してたの?」

「……答えたくない」

 魚住うおずみさんを救うべく、夢の中で戦ってました……なんて言えるわけがない。

 そんなことを言えば、一発でオレは電波さんか、ファンキーな脳みその持ち主扱いされるに違いない。

 それに何より――それを、結城に知られる可能性を作るわけにはいかない。

 結城と馬渕(一応オレも)は中学からの知り合いだ。結城のあの話し方だと、仲が悪い気配もない。

『一度でも“僕ら”に関わると、どうしたって引かれやすく――いや、惹かれやすくなる』

 馬渕が冗談でも『この話』を結城にしてみろ。それがキッカケで結城が『あのこと』を思い出してみろ。

 その先にあるのは――再発。

 サキュバスの――再来。

『特にサキュバスは再発しやすいから、チルチルくんは真実ちゃんをしっかりと傍で見張っておくんだよ』

 別に、吸血鬼“もどき”の言いつけを守ってるわけじゃない。オレが、オレのために、オレ自身の意思で、結城の傍にいるんだ。

 オレの願いは――結城が結城であることだ。

 オレはこの願いを“ヤツら”に頼ることなく、叶えてみせる。

 だから、オレは馬渕の質問に答えたくない――答えるわけには、いかない。

 すると、口を開こうとしないオレの態度を見て、

「あっそ。じゃあイイわ」

 と、馬渕。しかし続けて、

「それじゃ、質問の方向性を変える」

 オレの目を、鋭利な視線で貫いてきた。

「確かアンタんチ神社だったよね? 夢守(ゆめもり)神社だったっけ? それって何? 悪魔とか憑き物っていうの? そういうモンを祓ったりとかも出来るの? 訳の分からないことを、解決出来たりするわけ?」

 疑問符の連打。

 そして、その全てが“ヤツら”につながる質問。

 電波さんでも、ファンキーな脳みその持ち主でもなければ、到底同級生に訊くことのないだろう質問。

「……オレは聖徳太子じゃねぇんだ。質問は一つずつにしてくれ」

 とりあえず冷静に皮肉を言ってみる。しかし動揺は全くといってイイほど収まらず、むしろ揺れが増すばかりだ。

 全身が、熱い。しかし、これは恥ずかしさから来るモノじゃない。今のオレでも、それだけは分かる。

 一体、馬渕翔子しょうこは。

 何を知ってる?

 何まで知ってる?

 何故――知ってる?

「じゃあ、質問を一つに絞るわ」

 そう言って、馬渕はオレの目から視線を外す。いや、少しだけ冷静さを取り戻して見れば、その場でくるりと身体を百八十度回転させていた。

 そして、その背中越しに、皮肉っぽくこう言った。


「もし私が、背中から翼が生えたって言ったら、アンタ笑う?」



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