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「なぁ、馬渕まぶちって覚えてる?」

 オレはトイレから帰ってきた結城ゆうきに早速そう訊いてみると、

「うん、翔子しょうこちゃんでしょ」

 すぐさま当然のように答えが返ってきた。

「どうしたの? 急に翔子ちゃんの話なんて」

 そう言いながら、食べかけの弁当に箸をつけ直す結城。

「あ、いや、今さっきまで馬渕が来ててさ。アイツどんなヤツだったかなぁ、と思って」

 今からほんの少し前、馬渕は“言いたいこと”を言うと、結城と入れ違うように教室から出ていった。

 ――そう、まるでオレが一人になるのを見計らったように。

「えー、中三のとき私たちと同じクラスだったでしょー。覚えてないのー?」

 私は智流(さとる)くんの将来がホントに心配だよ、と相変わらずの母親みたいな一言を付け足す。もちろん、こめかみを押さえる癖を少しオーバーに見せつけることも忘れない。

「いや、覚えてないっつーか、そんなに会話したこともないからさ。ほら、ウチの中学、男子と女子の関係ビミョーだったし」

 まぁいわゆる『女子と仲良く話すなんて男子の恥だ』的なヤツ。今改めて考えると、くだらない思考回路だけど。ホント何だったんだろな、アレ?

 ちなみに当時のオレは結城と幼なじみとして仲良くしてたので、男子的には『恥』サイドの人間だった。

 いや、別にイジメられてたとかじゃないけど。……ホントだよ?

「翔子ちゃんはすごいんだよ。中学のときもそうだったけど、陸上部での走り高跳びの成績が。今なんか二年生なのにエースって呼ばれてるくらいなんだから」

 と、自慢の娘を紹介するように結城は話す。

 ホント、いよいよ母親みたいだ。

 それも、みんなの。

 ……何だろう、なんとなく悔しくというか、ムカつくというか、モヤモヤするというか。

 別に、マザコン属性はないはずなんだけどなぁ、オレ。

「でもね、これは噂なんだけど、今スランプ中って話。記録が伸び悩んでるどころか落ちてく一方で、最近は練習にも参加してないんだって。大変だよねぇ、大会も近いのに」

「へぇ、『噂』で、ね」

 噂。伝説。

 それは“ヤツら”の正体であり、本体だ。

 バカにすれば痛い目に遭う。痛くて、痛くて、痛い目に。

 『痛みを伴わない教訓には意義がない』なんて聞いたことがあるけど、それならオレは“死ぬ”程の意義を知っている。

 裁判なら「意義あり!」と叫べるくらいだ。……いや、字違うけど。

「で、その翔子ちゃんが何しに来たの?」

 そう言って、キレイなタコさんウィンナーの頭部を口にする結城。

 ちなみに余談だが、ウチの母さんは以前、突然イカさんウィンナーなるものに挑戦したことがある。無論、不器用な母さんによる無謀な作品はUMAさんウィンナーになったのだが。

 以上、余談終わり。

 つーか、オレの言葉選び終わり。

「まぁ、ただの世間話だよ。『久しぶり元気だったー?』的な」

 嘘。

 オレの選んだ一番無難な嘘。

 真っ赤で、真っ黒な嘘。

 そんな平和的な話は一切してない。終始危険な――地雷原みたいな話だった。

 智流薄原すすきはらのすべれない話。一歩踏み間違えればアウトというスリリングな展開。

 その前半は年齢制限的な地雷。

 そして、後半はオレ個人に向けた地雷。とても真昼の教室で行われるとは思えない、一種の脅し。

「ふぅん、そうなんだ。そんな話もできるんだ」

 ――智流くんでも。

「ちょい待て。今、聞き捨てならねぇセリフが聞こえたぞ」

「え? そう? きっと空耳だよ。スカイイヤーだよ」

「何だ、そのウサギの品種みたいなのは?」

 耳で空飛ぶのか、そのウサギ?

 そいつは確実に、耳で空飛ぶ象と一緒に『夢の国』で大活躍だな。

「……そういえばさ、このやりとりも久々だよね?」

 と、話の方向転換をする結城。

 なかなかの強引さだが、あえてここで追及することはしない。正直、馬渕の話に戻るのはオレにも良くない展開だ。

 何せ、話の内容を一番聞かれてはならないのは、目の前の結城だ。現状、オレは結城を人質に取られているようなモンだ。

 ――まぁ、人質本人にも脅した当人にも、その意識はないんだけどな。

「なんかさぁ、最近私『昼休みだけに登場する、ご飯ばかり食べてる女』ってイメージが定着しそうで嫌なんだよねぇ」

 この辺りで本格的にイメチェンしといた方がイイのかなぁ、なんて結城は小首を傾げる。

「やめるんだ、結城! そのイメチェンは危険な方向に走る可能性がある!」

 この世界を作っているのは、最低最悪・低俗卑猥なカミサマなんだ。年齢制限の掛かる話が大好物なんだぞ。

 『×××』とか言わされるんだぞ。

 オレはそんな結城、見たくない。

「だから、イメチェンなんてやめるんだ! 今のままでイイ! つーか、今のままがイイ!」

 オレの女子の理想像は塵になるまで粉砕されてもイイから、お前の理想像だけは壊れないでくれ。

「ま、まぁ、智流くんがそこまで言うなら……」

 オレの鬼気迫る説得と口から飛び出すご飯粒に怯み、結城は会話を終了させる。

 その際、どことなく頬が赤くなっていた気もするが、まぁ見間違いだろう。スカイイヤーならぬスカイアイってヤツだ。

 まぁ何にせよ、これで結城のミロのヴィーナスさながらの純白像は守られた。

 今日も世界は平和だ。

 しかし、オレのこの努力を知る者はいない。

 だが、それでイイ。

 正義のヒーローは、いつも人知れず戦うってのが『お約束』だ。

 助けた相手に気付かれなくても、満足なんだ。

 結城は、何も知る必要はない。

 結城は、今のままでイイ。

 オレは、今のままの関係がイイ。

 だからオレは――。



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