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秋旅レンズ  作者: よしの
7/9

海、そして真実

秋旅レンズ6話目です。よろしくお願いします。

道に沿うように店が立ち並ぶ。にぎやかな空気は、それまでの神社や寺院の荘厳さとは一味違っていた。大仏焼き、コロッケ、団子。様々な食べ物の香りが漂っている。店員の活気のある声とその匂いにつられるように客は店へと入っていく。見下ろすと、床のタイルが幾何学模様を描いていた。道の向こうにはこれまた大きな鳥居が姿を見せている。

 二人は小町通りに来ていた。和樹が土産を買いたい、というので鶴岡八幡宮から一番近くにあったこの場所を選んだのだ。

 「それで、何買うんだ? 」

 「うーん、どうしようかな」

 和樹は悩んでいた。菖蒲に土産を頼まれたが、一体どのようなものを好んでいるのかはわからない。講義の前に花言葉の話をしていたから、花が好きなのだろうか。

 「……女の子って、どんなものが好きだと思う? 」

 その言葉に音は目を白黒させていった。

 「……女の子? お前、まさか彼女か!? 」

 「違うって! 頼まれたから買うの! 」

 「土産を頼まれるって、どんな間柄だよ。やっぱ彼女か」

 「何でそうなるんだよ……。」

 なんとなくそう言われる予感はしていた。旅行先で女子に対する土産を選ぶなんて、和樹にとって人生で初めてのことだ。自分でも戸惑っている。

 「そもそも、霧島さんはただの友達で、その、なんと言うか恋愛とかじゃなくて……」

 「霧島さん……? 」

  そこで音は固まった。しまった、うっかり名を出してしまった。恥ずかしいからなるだけ具体的には話したくなかったのに。そう思う和樹の傍ら、音は黙り込んでいる。

 「あー、霧島さんって言うのが、土産を買う相手なんだよ。なんか知らないけど、鎌倉で買ったものが欲しいらしくて。その、俺が選んだもので構わないからって……音? 」

 その問いかけに音は慌てたようにかぶりを振って笑う。

「あ、いや、その。すごいな、それ! だって、和樹が選んだものなら何でも嬉しいってことだろ? もう両重いじゃん! 」

 「だから何でそんな風に見るんだよ……。ほんとに何もないから」

 「いやあ、わからないなあ。こりゃ和樹の春も近いぞ~? 」

 「やめてくれ」

 音は調子を取り戻したそうだ。先ほどの沈黙には驚いたが、どうせ音のことだ。こちらをからかう言葉でも考えていたのだろう。そう思うことにした。

 「それで、結局何買うんだ? 」

 その問いかけに、和樹は商品を見渡した。飴が入ったヘアゴム、かんざし、金平糖。女子が好みそうなキラキラしたものがそろう中に、ひと際存在感を放つものがあった。和樹はそれを手に取り、音に見せる。

 「これにしようかな」

 「え、お守り? 」

 和樹が手に取ったそれは、小さなお守りだった。カラーバリエーションは豊富で、赤、黄色、青、紫、白がある。その中でも和樹は黄色のものを菖蒲に買おうとしていた。

 「うん。確かに他にもいいものは沢山あるけど、ほら、なんかご利益がありそうじゃん。せっかく渡すならそういうものが良いかなって」

 「和樹、お前イケメンだな……。」 

 音が真顔でそう言うので和樹は顔を赤くして否定する。

 「そういう訳じゃなくて、なんかその、直感? っていうのかな。うん、ピンときた」

 「いいじゃんいいじゃん! じゃあ、それ買ってこう! 」

なぜか和樹よりも楽しそうな音を横目に、会計場所に向かう。その手に握られたお守りは一つではなかった。

 「買えたか? 」

 「ああ」

 「きっと喜んでもらえるよ、霧島さんに」

 「名前覚えんなよ……。」

 そう言いながら和樹はたった今包んでもらった小包を慎重に開ける。

 「え、今開けるの? 」

 そう怪訝そうな顔をする音に、和樹は紫のお守りを差し出した。

 「はい」

 「え? 」

 「お土産。どうせなら音にも買ってやろうかなって思って。ほら、そのお守り、中を開いて願いを書くと叶うらしいんだよ。だから、大事にしろよ」

 当の音はというと、目を輝かせてじっとお守りを見つめている。

 「音? 」

 「……ありがとう! これ、絶対大切にする! やば、めちゃくちゃ嬉しい! 」

 「喜んでもらえて良かったよ」

 まさかここまで気に入ってもらえるとは嬉しい誤算だった。音は金を持っていないので、ついでに買ってやろうという気まぐれがいい方向に作用したようだ。音はまだ喜びをかみしめている。

 「喜びすぎだろ」

 「だって、和樹が俺にくれたプレゼントだよ! こんなの久しぶり―」

 「久しぶり? 」

 その言葉に音ははっとして、口元に手をやる。はて、これまで和樹は音に一度でもプレゼントを渡しただろうか。全く心当たりがない。もしかして、忘れ物を渡すことをプレゼントと呼んでいるのではないだろうな。

 「……いや、なんでもない。」

 「誰かと間違ってるんじゃないの」

 「はは、そうみたいだ」

 そう言って乾いた笑いをこぼす音に、和樹は何も聞くことが出来なかった。






 由比ヶ浜は鎌倉の代名詞とも言える長さ約八九〇メートルの海岸だ。夏の間は海水浴や花火大会で賑わっているが、秋に入ってシーズンを終えた海にいる人はまばらで、ただ波の音が聞こえていた。旅の最後は絶対ここにする、と音が息巻く中で、和樹の胸中は複雑な感情が渦巻いていた。

 和樹がこの場所に足を踏み言えれるのは四年ぶりだ。当時も、こんな風に涼しくて、少し寒い日だった。海風が容赦なく吹きつける。夕暮れに染まった海があの日と変わらない輝きを放っていることに、和樹の胸は締め付けられる。

 「やっぱり歩くと時間かかるな」

 「まあ、たまにはいいじゃんか。運動だよ、運動」

 「もう今日はこれでもかってくらい歩いてるよ」

 その言葉の通り、小町通りから由比ヶ浜までは歩くと約二〇分かかる。一日歩き回って疲れが出ていた和樹にとっては、中々負担が大きい。それでも歩き続けられたのは、軽々と前を行く音がいたからだ。

 「でも、旅の終わりが海なんて、ロマンチックじゃん? 」

 「……それ、修二が言いそう」

 つい口を突いて出るのは修二の名前だ。そういえば、音の前でちゃんとその名を呼ぶのは初めてだったように思う。

 音は虚を突かれたように目を見開く。

 「……修二? 」

 「ああ、音には言ってなかったな。修二っていうのは、俺の友達。ずっと一緒だったんだ。」 

 「ずっと……。」

 「俺もこの話をするのはずっと避けてきたんだけど……。音なら聞いてくれる気がする。話してもいいか? 」

 秋の日は短い。気が付けば夜がすぐそこに迫っていた。和樹はまるで悼むように空を見上げて言っている。ただ事じゃない雰囲気に、音は覚悟を決めたようだった。

 「……わかった、聞く。」

 

 あの日、和樹と修二は何回目かの海に来ていた。高校生になって学校が離れてから、暇なときはそこを集合場所にして暇をつぶしていたのだ。今日もいつも通りに太陽が沈む。その日は雨も降っていない、普通の日だった。ただ、風が強かったのだ。

 「じゃあ、今日はもう帰ろうか」

 「ああ。また連絡する」

 いつも通りの挨拶を交わす。また夜が来て、朝が来て、制服の違う二人は何度でも巡り合う―。そのはずだった。少なくとも和樹は、そう信じていた。

 「助けて! 」

 幼い声の必死に叫ぶ声が聞こえたのはその時だった。初めは小さな子供がどこかで鬼ごっこでもしているのかと思った。しかし、波の音に交じって大人の悲鳴も聞こえる。ただ事ではない雰囲気を感じ取って修二は言う。

 「大丈夫か、あれ。ちょっと行こうぜ」

 「あ、修二! 」

 そういうや否や修二は声のする方に駆けていく。修二は優しい。助けを求めている人がいれば見過ごすことができない性格だった。そしてこの日、その使命は悲しい形で叶えられる。

 和樹が必死について行った先では、小学生ぐらいの女の子がおぼれていた。岸から少し離れていて、ここからでは連れ戻せない。周囲は異常を察した人間たちでざわついていた。

 「あの、大丈夫ですか! 」

 修二は母親と思しき人物に声を掛けた。当の母親はパニックになりかけていて、ヒステリックな声を上げた。その目は涙に濡れている。

 「娘が、娘が……! あの子、飛んで行った帽子を取りに走って海に入って……! 連れ戻そうとしたけど間に合わなかったの……! どうしよう、どうしよう! 」

 「お母さん、落ち着いて! 今助けを呼びますから! 」  

 修二がそう言った瞬間、先ほどよりも大きな波が女の子をさらった。女の子は叫び声をあげる。何とか無事だが、このままでは時間の問題だろう。

 修二は苛立たし気に叫ぶ。

 「これじゃあ、助けが間に合わない! 」

 「でもどうするんだよ! 」

 そう和樹が言うと、修二は暫し考えてから言った。

 「俺が行く」 

 「は? 」

 「助けが間に合わないなら、俺が助ければいい。大丈夫だよ、俺泳げるし」

 「そういうことじゃないだろ! 危険だって! 大人しく助けを呼んだ方が―」

 「でもそれじゃ間に合わない! 見てみろよ。今日は風が強いから波が高い。このままだとあの子は本当に助からなくなる! 」

 「だからってそんなこと……。」

 修二の言っていることがどれだけ危険か、分からないほど和樹は馬鹿じゃなかった。あの凶暴な波に入っていけば、足元をすくわれることは火を見るよりも明らかだ。修二だってわかっているはずなのに、それでも行くと言っている。

 「それに今このまま見ていて助からなかったら、一生後悔すると思うんだ。だから、行く」

「やめろって、おい、修二! 」

 この時、和樹は修二を殴ってでも止めるべきだった。今ならそう思う。しかし臆病な和樹にはそうする勇気もなかった。修二は和樹の制止を振り切って駆け出す。

 水をかき分けて進んでいくと、女の子がもがいているのが見える。背の高い修二でさえ足がついていないのだ。女の子がおぼれるのも無理ないだろう。

 「お兄ちゃん、助けて! 戻れないの! 」

 そう言ってもがく女の子を抱き留め、落ち着かせるように言う。

「大丈夫。俺と一緒にお母さんのところに戻ろう? 」

 その時だった。

「っ……」

 何かが修二の足に刺さった感覚がした。傷口に海の潮が沁みて痛みが走る。動こうとするしびれが走って、かえって海に足をすくわれる。このままでは、助けるどころか二人とも自滅する。

「お兄ちゃん、大丈夫? 」

 女の子がそう言った。この子は優しい。自分がおぼれそうになっている状況でもなお人のことを心配できるのか。その純粋な瞳に映されるのは、修二が一番誇れる自分の姿だった。

波はさらに高くなる。夜も近づいてきて、風が強くなっている。波の高さは四メートルを超えている。これは駄目だ。修二はそう気が付いていた。助かるとしたらどちらか一人だろう。いや、それすらも分からない。状況に不似合いな冷静さをもって、修二はその時女の子の命と自分の命を天秤にかけた。肩までつかる水が冷たい。水を吸った服は重く、もはや身動きをするので精一杯だった。

 「大丈夫、大丈夫。君は助かるから」

 安心させるように頭をなでて言うと、修二は一気に女の子を押し出した。

 「お兄ちゃん! 」

  天秤は女の子に傾く。どこまでも白い波は修二を飲み込んでいった。

  名を呼ぶ声が聞こえる。これは、和樹の声だ。

 「修二、修二! 」

 「キミ、危ないからやめなさい! 」

 和樹は今すぐにでも海に駆けだしたかった。しかし周りの制止がそうさせてくれない。苛立たし気に振り切ろうとするが、大の大人の力には敵わなかった。

 「離せ! 修二が! 」

 「分からないのか? 今飛び出したら君まで危ないんだぞ! 」

 半ば怒鳴るような声が聞こえる。だが、和樹はもはや自分のことなんてどうでもよかった。

 高い波が修二を飲み込んでいくのが見える。和樹はその光景を一生忘れないだろう。

 周囲の大人がロープや浮き輪を探しているうちに、修二の姿は見えなくなっていく。その表情は、何故だか笑っているような気がした。

 「ごめんな、和樹」

 夕方と夜の境目が溶けて見えなくなっていく。瑠璃色の空が広がっていた。夜はすぐそこだ。今度こそ海は修二を完全に連れて行ってしまった。


 

「……あの後女の子は助かったらしい。でも、俺にとってそれは本当にどうでもいい事だった。ひどい奴だって思うだろ? 実際、修二が行かなかったらあの女の子も助からなかったんだろうな。あいつはそういうやつなんだよ。いざという時に自分を鑑みずに行動する。行動できる勇気を持っちゃっているんだ。そんな修二のことを、責められるわけがないだろ」

 そういう和樹の瞳は切なげに陰っていた。音は何も言えずに俯く。

 「俺は、何もできなかった。弱かったんだよ。大人の制止を振り切ることも、自分が助けに行くこともできなかった。半分は俺のせいなんじゃないかって思ってる」

 「そんなことない! 」

 音は思わず叫んでいた。どうしてそんな悲しいことを言うのだろう。どうして、そんなに自分を責めるのだろう。そんな顔をしてほしくなかった。笑ってほしかった。

 和樹の顔が夜の闇に溶けて段々とその輪郭をおぼろげにしていく。その声だけが、鮮明に聞こえていた。

 「修二の遺体はまだ見つかってないんだ。警察の捜査も打ち切られた。それで、特別失踪宣言が出された。」

 「宣言……? 」

 「死亡の可能性が高い出来事の後の一年間行方が分からなかったら、法律の上で死んだことにされる。修二もそうなった。」

  その日は曇っていた。修二の捜索はまだ続いている。きっと見つかるだろう。そう思っていた。

一本の電話がかかってきた。それは、警察からの電話だった。電話の向こうの声は淡々と告げた。

 「高野修二さんに、特別失踪宣言が出されました。」

信じられなかった。信じたくなかった。特別失踪? だって、まだ分からない。生きているかもしれないじゃないか。見つかっていないだけで、その後助かっているかもしれない。何かの事情があって帰ってこられないだけなのではないか。特別失踪なんて、誰かが勝手に言い出しただけだ。そうだ、まだ捜索は続けられる。そんなわずかな希望は、その後の一言で無残に断ち切られる。

 「捜索は打ち切られました。」

めまいがした。天井と床の境目が分からなくなる。捜索が打ち切られた? 誰も、探していないっていうことか? 一年だ。たった一年しか経っていないのに。交番にある探し人の張り紙だって、もう十年以上貼られているというのに? 和樹にとって捜索は最後の希望だ。生きているかもしれないなどという無謀な希望を唯一繋いでいた希望だ。それが、再び会うどころか、もう、探すこともできないなんて。

 「和樹君、ごめんね。辛い思いさせて。修二と友達でいてくれてありがとう」

 修二の母親は、そのよく似た目元を歪ませて泣いていた。どうして謝るのだろう。むしろ和樹の方が謝りたいのに。

 静かに電話を切ると、言葉にならない思いがこみ上げてくる。

 「うわあああああああ!」 

 その叫びは誰にも届かないままこだました。


和樹は苦しげに語る。空は気づけば夕暮れのオレンジを飲み込み、深い群青に染まっていた。

 「俺がもっとちゃんとしていれば、もっと何かできていれば、違ったのかな。そういう後悔だけが俺の中にある。せめて忘れないように、って思ってても、あの瞬間以外の記憶が埋め尽くされるんだよ。俺はそれが怖い。修二との思い出が、あの日に塗りつぶされそうで」

 「和樹……」

 「修二は今もあの海に独りぼっちだ。冷たい、寒い海の底に。それを考えるとやるせなくて、叫びたくなる。せめて、俺も一緒にいてあげられればって。それで海に入ろうとしたこともあった。」

 「それは絶対に駄目だ! 」

 音の叫びに、和樹は諦めをはらんだ笑みを見せる。

 「わかってるよ。俺が行ったって、修二はそんなこと望んでいないんだろうなって。きっと、怒って俺のこと追い返すんだろうなって。でも、それならどうすればいい? ずっと忘れられないまま生き続ければいい? 海に塗りつぶされた記憶しか抱えられないまま、どうやって悼むんだ? 幸せになる資格なんて俺にはないんじゃないか? そうやって自問自答を繰り返しているうちに四年も経った。でも四年しか経ってない。それでも答えが出ないんだよ。これから先、十年、二十年と生きていく中で見つかるとも思えない。」

 思い和樹の語りに、音は何も言えなくなっていた。

 人の記憶は残酷だ。楽しい記憶よりも悲しい記憶の方が強く残るようにできている。そしてそれは、苦しい気持ちに呼応するように、何度でもその人を苦しめる。

「あいつは優しかった。優しすぎたんだ。普通出来ないよな、自分も海に飛び込むだなんて。インターネットを見てみたら、みんな好き勝手言いやがるんだよ。荒れた海に入るなんて馬鹿だ、自業自得だ。どうなるかわかってただろって。そんな言葉を見てたら俺の方が死にたくなったよ。修二は何も考えてないわけじゃない。ただ、女の子を助けに行くことがあの時修二にとって最善だったってだけなのに。報道を見ても、そのことは少しも語られていなかった。皆、荒れた海には近づくな、助けに行こうとするなって注意喚起するばかり。それが正しいんだろうけれど、もっと修二の決断に寄り添ってほしかった。その想いを知ってほしかった。それってそんなにおかしなことか? 」

和樹は問いかけていた。社会や人間にではない。自分自身に。

実際、海は恐ろしい場所だ。毎年その波にさらわれて命を落とす人間がいる。それを理解していたからあの時止めようとした。だが、その後の修二の決断を間違っているとも言いたくなかった。正しいとか、間違いなんかのくくりで決めたくなかった。だが、それは危険なことなのだろう。命がかかる場面で私情を挟むことは、そのまま死に直結する。それも分かっているのだ。

 「俺は今でもずっと修二がどこかにいると思っている。別にあてがある訳じゃない。ただ、そう思いたいんだよ。メールが来るかもしれない。ふらっとアイリスに来るかもしれない。だから俺はずっとあの席を空けてる。」

 音は静かに聞いていた。

 「そしたら音が来たから驚いたよ。初めは修二が名前を変えてやってきたのかと思った。そんなはずないのにな。それでも、音が忘れ物を繰り返して、こうして話をしていくうちに、重ねずにはいられなくなった。似てるんだよ、お前と修二」

 「……だって、それは」

 その後に何を言おうとしたのだろう。しかし言葉にすることもできなくて、言葉は曖昧な輪郭を持ったまま空に落ちていく。

 「だから旅に誘われた時も、不思議と行く気になった。まるであの時みたいだったからさ。楽しかったよ、お前との旅。まあ、結局自分は見つからないままだけどな」

 そう言って微笑む和樹の顔を、音はまっすぐ見られなかった。

 「そういえば、音は見つかったのか? 」

 「え? 」

 「忘れ物」

 和樹にはまだその忘れ物が何なのかがわかっていない。ただ、自分と同じようにこの旅を通してなにか感じるものがあったら嬉しい、と思っていた。

「……そうだな。見つかった、と思う」

 「そうか」

 音は少し前に出る。そこは無限にも思える海だった。ここに、修二は眠っている。そう思うとなんだか恐ろしいような、切ないような気がする。胸の中に一抹の郷愁を感じていた。

 和樹はその光景を見て、自分がどう思ったのか分かっていない。ただ、残したかった。この刹那とも思える瞬間を、手元に残したかった。

 和樹は鞄に手を伸ばす。ほとんど衝動に近いそれに抗えないまま、カメラを取り出す。顔の前に構えて、ボタンを押し込む。

 —絶対に写真を撮らないこと。

 気づけばそこには、音の姿はなかった。



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