6."鉱石姫"の真実
「こ、の、大馬鹿者──!」
ズワース侯爵家の窓ガラスがすべて割れてしまうのではと思う怒声が、ランバートの頭上に落ちた。
新年祭での出来事は、あっという間にランバートの父ズワース侯爵の耳にも入った。
クローディア・アルドリット伯爵令嬢に対する婚約破棄宣言と、一斉ダンスでの顛末を聞いた侯爵は息子を呼び出し、顔を真っ赤にして怒鳴る。
「貴様は何を考えておる! クローディア嬢との婚約を破棄しただと?! よりにもよって宴の最中に……! せめて内密な話であれば揉み消すことも出来たものを、一斉ダンスも踊らずでは、縁が切れたと完全に見做されてしまったではないか!!」
「で、ですが父上。クローディアは以前から面白みのない女で……」
「家同士のつながりを個人の好みで判断するな! これは! 有益な縁談だった! 才溢れるクローディア嬢を手放すなど、"愚者"と罵られても反論できんわ! みすみすラグナスの王子にとられおって! 相手が相手だけに、手出し出来ぬではないかっ」
「そんな。それに父上、伯爵家の娘ならタバサでも──」
「お前のお気に入りのタバサとやらは、何が出来る!? クローディア嬢のようにあまた特許を有し、今後莫大な収益が見込めるような娘なのか?」
「……えっ?」
「間の抜けた声を出すな、痴れ者。まさか貴様、クローディア嬢の価値を知らなかったわけではあるまいな」
「ク、クローディアの価値? ですが、あの女は"鉱石姫"と呼ばれ、"宝石姫"であるタバサに遠く及ばぬ存在ではないですか」
ランバートの言葉に、侯爵は心底呆れた目を向けた。
「"鉱石姫"とは、クローディア嬢が価値のない石くれを、金に換える発明からついた異名だ。鉱石を生まれ変わらせる姫だとな。"懐炉"はじめ、黒鉛からは"鉛筆"と呼ばれる筆記用具や、その他様々な品を作り出した。いずれも世界を変える規模の発明品だ。対する"宝石姫"とは、際限なく宝石を求める、強欲女につけられた嘲りの名」
「なっ──」
頭を殴られたような衝撃を、ランバートは受けた。
(まさか……。宝石姫とは美しさへの賛美でつけられた名ではないのか?)
鉱石姫のほうが評価が高いなど、誰が想像出来よう。
しかし思い当たるフシもある。
タバサには確かに、たくさんの宝飾品を強請られた。
だが認めるわけにはいかない。認めれば、自分のしたことは何だったのだ。
侯爵が言う。
「誰かに唆されでもしたか? "お前には宝石姫のほうが相応しい"と。それは我が家の転覆を狙った者の企みか、真に馬鹿にされたかのどちらかだ」
「!!」
ランバートは息を呑んだ。
飲み仲間から、「宝石姫と似合いだ」と言われ、その気になったのが事の経緯だったから。
(言われてみれば……。宝石姫が引く手あまたなら、タバサはなぜいつもひとりだった?)
宝石姫たる彼女に自分が選ばれたからだと思い、優越感に浸っていた。
(もしや誰も相手にしない女と、くっつけられていた? いいや、そんなはずない)
ランバートは頭を振って、自分の憶測を追い払う。
それよりも。
「転覆とは……、父上……?」
「先代と貴様の母の散財で、我が家は火の車だと何度も言っただろう! 貴様はまるでわかってなかったようだが、苦心して捻じ込んだ縁談を、ふいにしおって……!」
クローディアの持参金と彼女の発明による収益を、侯爵はアテにしていたと言う。
「苦心して? アルドリット伯爵は、娘が侯爵家に嫁げると揉み手状態だったのでは」
ビキキ、と音が立つほどの青筋が、侯爵の額に浮かぶ。
「我が家はやつの親心につけ込んで、縁談を結んだのだ! 伯爵は入り婿で、かつて低い身分で苦労した。娘に同じ思いをさせないため、上位貴族を婚家に望んでいたから、他家を蹴散らし約束を取り付けた。我が家に利の多い婚約だったのだ!」
初めて聞く内容に、ランバートは瞠目する。そんな背景があったなんて。
「もしお前にタバサを勧めた輩がいたとしたら、婚約を壊し、己がクローディア嬢を引きこむつもりだったやもしれん……」
「まさか、そんな……」
"有り得ない"とは言い切れなかった。
あの日、一斉ダンスを控えているのに浴びるほど酒を飲んだのは、友人たちが次々にグラスを渡してきたからで。
確かに婚約は破棄したかった。けれどあの場で、あのタイミングで破棄しなければ、ここまで大事にならず、修復しやすかったはずだ。
なぜあそこで言った?
友達のひとりが、「男を見せろ」と──。
広間で貴族令嬢に瑕疵をつけたところで、顰蹙こそ買い、自分の株は上がらない。今ならそう判断出来るのに。
(くそぉっ。クローディアをフリーにして、横取りするつもりだったのか)
実際に搔っ攫っていったのは、ポッと出のヨソの王子だが。
"鉱石姫"の名が、そんな意味を持っていたなんて、知らなかった。
(まずい。まずいぞ。この失態を挽回しなければ、父上が怖くて顔があげれん──)
必死で頭を回転させる。
そうだ。ラグナスの王都は遠い。
「さ、再婚約を申し出てはいかがでしょう。娘が可愛いのなら、アルドリット伯爵は他国への嫁入りを反対するやも……」
侯爵が大きなため息をついた。
「だとしても我が家は除外されよう。どこの世界に娘を蔑ろにされ、新年祭で婚約破棄を叫んできた相手を婿にと考える親がいる? 貴様はクローディア嬢だけでなく、アルドリット伯爵家の名誉を傷つけ、ズワース家への信頼を失墜させた。いま我が家が貴族社会でどう噂されているか。──家を大きくするどころか潰しかねん貴様に、当主の座は任せられん」
「え?」
「爵位は次男に継がせる」
厳格な声だった。
侯爵の目が冷酷に細められる。
何もわかってなかった息子に失望しながら。
「この家から出ていけ、ランバート。伯爵家から請求される慰謝料には、貴様への財産分与をもってこれにあてる」
膝から崩れ落ちた長男を、侯爵はもう気にかけなかった。
ランバートが友達と思ってた男たちは、友達じゃなかったかも説。
黒鉛に触れていますが、時代的には羽ペンの次は万年筆です。鉛筆はその後。
羊飼いが数数えるのに使ってた黒鉛の棒に、粘土を混ぜて濃淡を調節し、木で挟んだのが鉛筆で、木で挟む前は紙や紐で巻いたり包んでたりしてたそうです。
ここで出しちゃっててよかったのか…(笑) 不都合あればこそっと改稿します(∀`*ゞ);




