5.ダンスの時間
「ラグナスが王太子殿下に、ご挨拶申し上げます」
「なんっ」
ざわっ。
人々の驚きが、会場を揺らした。
賓客としてラグナスの王族が訪れていることは周知されていたが、新年祭に出ていたのはリアナ王女のほうだった。病弱な妹姫のサポートに王子が合流するかも、という触れ込みだったので、参加者たちは初めて彼を見たのだ。
品格ある優美な貴公子の登場に、周囲から感嘆の吐息が漏れる。
憧憬の視線が集まる中、リアンが端麗な声で、さらに会場を沸かせた。
「クローディア・アルドリット伯爵令嬢。パートナーをお探しと聞きました。どうか貴女の手を取る栄誉を、私にお与えください」
リアンが差し出した手に、クローディアの表情が柔らかく緩む。
その甘やかな笑みに、見惚れる男性が多数いたことを気づかないまま、クローディアはリアンに頷いた。
「私で良ければ、喜んで」
ランバートたちの目の前で、リアンの手に自分の手を重ねると、クローディアの視界の隅に、悔しそうに睨むタバサが映った。
思わぬ事態に動揺したランバートが、心の声をそのまま口にする。
「なんでラグナスの王子殿下が、クローディアなんかを……。いつ知り合ったんだ──?」
「なんか? これほど素晴らしい女性はラグナスにもいない。君には彼女の真価がわからなかったようだが」
貴族としてあるまじき態度に、リアンの声は厳しい。
「それと。彼女は哀れな女性なんかじゃない。侮辱するな」
鋭い視線と口調に怯んだランバートが、絡みやすいクローディアにその矛先を向けた。
「はっ。俺に捨てられたお前が、余裕綽々だった理由がわかったぞ! 浮気していたな。今回の婚約破棄はお前の有責だ。伯爵家に慰謝料を請求するからな!」
リアンが前に出る。
「邪推はやめて貰おうか? クローディア嬢と私は、今日初めて出会った。優しく聡明な彼女に惚れ込み口説いたが、"婚約者がいるから"と断られていたんだ。婚約の約束がなくなり巡ってきたチャンスだ。フイにするような愚かな真似はしない」
(! リアン王子ってば、都合よく話を脚色してる)
リアンの背の後ろに庇われながら、彼の滑らかな口上にクローディアの目は丸くなる。
絶妙にクローディア上げをしているが、"婚約者がいるのでは"と先に遠慮したのはリアンだ。
"ランバートから提案されたら破棄を受ける"というクローディアの言葉の後は、それはもう怒涛のように自分を売り込んできたが。
王家の体質上、"愛する相手を見つけたら、全力で連れ帰れ"と教え込まれているらしい。
貴賓室でさんざん口説かれたクローディアは、一生分の恋愛運を使い果たしてしまったのではと思うほどだった。
("銀氷色の瞳と、冬の明け空を思わせる美しい髪"だなんて、初めて言われたわ)
カァァァ。
思い出すと全身が火照る。容姿や能力を褒め倒される経験には慣れてない。
熱くなった頬を冷まそうと、クローディアが手を顔に当てた時、甲高い声が場を裂いた。
「で、殿下は騙されておいでですわ」
タバサだ。
「この国の一斉ダンスで一緒に踊るということは、国の内外に将来のパートナーだと知らせる意味があるんです! その女に乗せられてダンスなされば、クローディア様が殿下の妃候補と見なされてしまいますのよ!?」
「そのどこに問題が? むしろそれを狙っての申し込みだが?」
「え……? だっ……て、クローディアよ? 色気も取り柄もない女で……」
(タバサ、ついに私を人前で呼び捨てね?)
いくら同格の伯爵家とはいえ、淑女として褒められた態度ではない。取り繕えなくなってきているらしい。
そしてリアンはといえば、纏う温度がどんどん冷たくなっていくのを感じる。
「取り柄がない? 希代の発明家をつかまえて、ずいぶんな発言だな」
「発明家?」
「彼女のつくった"カイロ"なる品に、私は感銘を受けたが」
リアンの言葉に反応したのは、周りの貴婦人たちだった。
「カイロを!?」
「彼女が開発したの?」
「わたくし、あれ無しでは冬は過ごせませんわ」
思いのほか、カイロが知られているらしい。
(わ! ほそぼそと商ってた品だけど、これは嬉しいな)
クローディアがほくほくと頬を緩ませると、男性陣からも声が聞こえ始めた。
「うちも妻から頼まれているんだが……。品薄でなかなか手に入らなくてな」
「他の商品も評判が良いと聞きますぞ」
「では、あの女性とお近づきになれば──」
声の方向に、素早くリアンが牽制の視線を走らせる。場合によっては営業妨害だ。
「何よ、何なのよ」
こんなはずじゃなかったとでも言いたげに、タバサが唇を歪める。
「クローディア嬢にはぜひ私と婚約して、ラグナスに来ていただきたいと思っています」
クローディアに顔を近づけ、けれど周りに聞こえる声量でリアンが告げる。
キャアアアと歓声が上がった。
「な、な、こんな、クローディア、お前……!」
もはや意味をなさない言葉を発しながら、口をぱくぱくさせるランバートと、戦慄くタバサを遮って、高らかにラッパが鳴り響いた。
国王夫妻の入場だ。
王が祝宴の挨拶をするのに、貴族が会話を続けられるはずがない。
加えて、ラグナスからの招待客としてリアンが紹介されると、エスコートを受けているクローディアにも同様に視線が注がれた。
「リアン殿が伴っている女性は、どなたかな?」
王の一言でさらにクローディアの名と発明品が会場に伝わると、もはやランバートたちは蚊帳の外へと追いやられ、身を縮めながら隅に隠れるほかなかった。
楽団が楽器を構え、指揮棒が滑らかに振られ始める。
一斉ダンスが幕を開け、王と王妃の踊りに周囲が加わって、ホールは色とりどりの花であふれた。
当然、リアンとクローディアはペアで舞う。
リアンのリードは完璧で、これまでにない踊りやすさに、クローディアは喜びを隠せない。彼女を見つめるリアンもまた端正な顔に極上の笑みを乗せ、目が離せない。麗しいふたりは誰の目にも似合いのカップルに映った。
そこかしこから、賞賛があがる。
「さすがラグナスの王子殿下はダンスも一流ね」
「アルドリット伯爵令嬢は、あんなに美しい女性だったか? 今宵は一段と輝いているな」
「あれはパートナーが良いんだよ。彼女の魅力を引き出そうと、リード側の配慮が行き届いてる」
ダンスに参加せず観客に徹する貴族たちは、足の代わりに口を動かす。
「それもあるだろうが……。気づかなかったな……。見惚れるほど綺麗な令嬢じゃないか。ランバート殿は、どうして彼女との婚約を破棄したんだ?」
「そうだよな。婚約中もいつも別の女性といたし……。勿体ないことをしてたもんだ」
そんな声の中、クローディアたちを気にしながら踊ったランバートとタバサは、ステップも乱れ、散々な様子だ。顔が赤く息も荒いのは、酒のせいか、羞恥のせいか。互いに苛立ちを向けあうギスギスした空気に、目を背ける人々も多かった。
楽団の奏でる優雅な曲が、ホールを満たす。
咲き誇る大輪の花のように。
クローディアはこの日初めて、ダンスが楽しいと実感したのだった。
そして────。
テンプレなのですが、このあたりは外せないかと。ええ!
王様のセリフetc.端折ってしまってごめんなさい(;´∀`);
相変わらずどういう投稿ペースで各話を出していったら良いのか迷いつつ、読んでいただけると嬉しいです♪




