3.転身の理由
「つまり、リアン王子とリアナ王女は同一人物というわけなのですね……?」
説明を受けてもまだ混乱している。
男女の転身なんて、漫画や小説世界だけの話だと思っていた。
けれど美姫が美丈夫に変わった現場に居合わせてしまった。
カーテン裏にはもう誰もおらず、凝った手品というわけでもないらしい。侍女もそうだと保証した。
(信じがたいけど、さすが異世界……!)
まだ呆然としているクローディアの前に、リアンが座っている。
着替えを終えたリアンは、つややかな黒髪をひと結びにして、小柄な王女姿から一転。しっかりと鍛え上げられた長身は凛々しく、王位継承者としての品格と風格を備えていた。
(ラグナス国の王子と王女が、本当は双子じゃなく、"女神の怒り"によるものだったなんて──……)
はるか昔、かつての王が王妃に対し、横暴を尽くした。
女性特有の体調不良にも、暴言を吐いた。産後の扱いも酷かったらしい。
積もり積もった夫の心無い言葉に、ある日とうとう王妃の怒りが爆発。
王妃の正体は、ラグナスの繁栄のため降臨した女神様だった。
「この辛さ、その身をもって味わうがいい!」
女神の力で王は女性にされ、以来、王家に生まれる子どもは生まれながらの性《主性》と、ふたつめの性《副性》を持つことになったという。
生まれた性とは違う性別に、変わってしまうのだ。
(女神様のお怒りはわかるけど、子孫は不憫かも……)
皮肉なことにそのおかげで代々の王は異性の悩み事に詳しく、共感を持って政治を展開。ゆえにラグナスは男女双方にとって暮らしやすい国として発展した。大国となったゆえんである。
女神が言い残した言葉によると、女性からの感謝が十分に溜まったら、王家は救済されるらしいが──。
ラグナスの発展が女神の目的だったとしたら確かに成功ではあるのだが。国民には幸いでも、罪のない王子、王女たちを犠牲に得た幸せと知ると、どう受け取ればよいのか。
変身は本人の意思でコントロールできないため、表向きを双子とし、その時の性別で公務に応じていたらしい。成年する頃には性が安定するので、双子の片割れは引退と発表されてきた。
事情を知るのはごく一部の側近のみ。控室にいた侍女はそのひとりで、王子が幼い頃から内向きのフォローしてきたと言う。
その侍女はいま、リアンの変化を受けて調整のため席を外している。
部屋にリアンとふたりだけの状況に、クローディアは身を固くした。
(う、さっきまでとは別の緊張があるわ。え、ええと……)
「それは……さぞかしご不便だったことと、お察し申し上げます」
かける言葉が見つからず、クローディアは述べた。
「お気遣い、痛み入ります」
先ほどまでの王女が、王子の姿で礼を言う。深みのある、良い声だ。
「あんなに突然姿が変わるなんて、予測出来なくて大変ですね……」
しみじみと口にしたら、意外な返事が返ってきた。
「いえ、普段は法則があるのです。こんなに急な変化は初めてで……」
「! そうなのですか? どうして急変したのでしょう」
クローディアの疑問に、リアンが言葉を詰まらせる。が、答えてくれた。
「"特定の相手"に反応すると、本来の性に引き戻される、と言われています」
「特定の相手? ではもしや私が何か影響したとか?」
「そうです」
まさかと思いつつ尋ねると、予想外にも肯定される。
(えええ、私が? そんな病原菌みたいな。何が該当したの? 髪や瞳の色とか年齢とか? でも王女様に会ってから、すぐでもなかったのに?)
「ど、どんな条件なのでしょう?」
ゴクリ、唾をのみながら恐る恐る踏み込んでみる。
気を付けたら、もしかしたら避けれることかもしれない。
「それは、その……」
「?」
急に歯切れが悪くなったリアンに不安を覚える。
俯いた彼が、意を決したように口を開いた。
「"特定の相手"とは、恋した相手を指します」
「え?」
「つまり私が、異性としてあなたに強く惹かれてしまったから……。反応が、現れたのだと思います」
顔を上げたリアンの眼差しは真剣で、冗談を言っている様子はない。
彼の瞳に焦がれるような熱が乗っていることを、クローディアは気づいてしまった。
(私はいま、何を聞いたの? 幻聴でなければ、この方は、私に惹かれた、と、そう言ったのでは)
まるで告白されたようなもの。
いや、むしろ告白そのもの?
一気に頬が熱くなった。
前世で恋愛経験はなく、今世では親が決めた婚約。よそ見は良くないとランバートに誠意を尽くしたが、邪険にされ、冷めた関係だ。
厳密には、リアンの言葉は告白未満だろう。
だとしても、初めてだった。
戸惑いと喜びが胸を震わせ、じんわりとした誇らしさが全身に広がっていく。
しかし次の瞬間、温もり始めたその気持ちに、冷水をかけられた。
「──っ、申し訳ありません。おそらく一時的な誘発だと思います。こちらで対処いたしますので、どうぞお気になさらないでください」
(私が貰った初めての告白だったのに。取り消されてしまった)
想像以上の打撃。
「……ですよね。しがない小国の伯爵家の娘では、大国の王子殿下に釣り合いません」
そんなことは、自分でもよくわかっている。
自嘲気味に呟くと、即座に強い否定が返ってきた。
「そんなことはない! ……ないのです。ですが……。クローディア様は婚約してらっしゃるのではないですか……? 私が。ラグナスの次期王が望めば、大抵のことは通ってしまう。クローディア様の人生をまるで変えてしまうのです。厚かましく、いきなり"自分を見て欲しい"とは言えません」
相手の立場に立った物言いは、ランバートにはないものだ。そんなところもクローディアには好ましく感じる。
リアンはなおも続けた。
「それに……。私はこんな体質です。女性になったり男に戻ったりするなんて、その……。他の方から見て、気持ち、悪いかと……」
青い顔で消え入るように呟くリアンは、凍え震えていたリアナより寒そうに見えた。
「いいえっ」
知り合って間もないが、短時間の会話でリアナの人柄の良さ、リアンの誠実さはしっかりと伝わってきていた。特異体質を悪用する人物ではない。気味の悪さなど感じなかった。
「殿下、体質は人それぞれです。殿下の魅力を損なう理由にはなりませんわ」
(確かにびっくりしたけど、前世でファンタジーに触れてたせいか抵抗を覚えなかったのよね。こんな良い方が困ってるなんて、むしろ同情しちゃう)
性別を行き来するなんて、さぞ大変だろう。
漫画でも、お湯と水で性別が替わるキャラが右往左往していた。でもどちらの姿も美男美女だったので、眼福だと思っていたのだ。
目の前の王子も。
リアンは涼やかな美丈夫だし、リアナは可憐で愛らしい。クローディアの目には、ふたり(?)が好ましく映る。
何より。
(この方から寄せていただいた想いひとつで、私はこの先も自信をもって生きられそうだもの)
クローディアはランバートを思い返し、強い決意を抱いた。
「確かに私に婚約者はおりますが」
するすると言葉が口をつく。
長年の鬱屈した気持ちを、吐き出すように。
「王子様もお聞きになられた通り、彼は私との破談を望んでいます。そして私も続行を希望していません」
話しながら、気持ちがすっきりとまとまっていく。
「相手は侯爵家の嫡男で、我が家より格上。立場上、私からの縁切りは不可能。けれど向こうが望むなら話は別。私の有責にするわけにはいきませんが、婚約破棄を持ちかけられたら……」
(ああ、私はとっくにランバートを見限っていたのね)
「全力で乗っかろうと思っています」
今日、21日は開運吉日デーらしいのです。一粒万倍日と天赦日と天恩日が重なるんだって。わあ、なんか良さそう! という勢いで投稿してしまった連載(笑)
連載ってどういうペースで更新したら良いのか悩ましい。相変わらず迷いながらの投稿ですが、どうぞよろしくお願い申し上げますヾ(*´∀`*)
(今日は3話分と思っていたのですが、もっと出した方がいいのかどうなのか…。完結は間違いなく平日予定です✧)
そして明日は冬至でゆず湯に入る日~。年に一度の楽しみ♪ ゆずもちゃんと買いました( *´v`*) 今年は多めに浮かべるぞ♪




