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これは呪いのせいなので好かれても困ります

作者: 梶村まよ

 


(どうしてこうなったの?)


 アリシアは今とても困っていた。


「勇者様たちとは思えないお粗末さだな。危ねえから、お前らは私の後ろで戦ってろよ」


 アリシアの言葉に剣士は憤り、神官は心配そうに見つめ、勇者は面白そうにこちらを見ていた。


(違う! 本当はこんなこと言いたいんじゃないの! ごめんなさい!)


 アリシアは内心泣きそうになるが、気持ちに反して口と態度は偉そうだ。


「雑魚で足止めされてる場合じゃないだろ。私が盾になってやるから、さっさと倒すぞ!」


 ついてこい、とアリシアは魔物に向かう。火の魔法を駆使して攻撃していると、神官が防御結界を張り、勇者と剣士が弱った敵にトドメを刺す。


 こうしてアリシアと勇者一行は出会ったのだった。


 ◆◇◆


「お前実力はあるけど、ほんとに口と態度が悪いよな」

「アリシアさんはもう少し女性らしさも身につけた方がいいですよ」


 一緒に旅を始めて結構経つ。最初はギスギスしていた剣士のマルクと神官のセリーヌとも仲良くなってきていた。そんな二人がアリシアに注意する。


(そうですよね! 私もそう思うんです。口が悪いしガサツだし。このままだったらどうしようかと不安なんです。呪いのことは誰にも言えないみたいだし、どうすればいいの?)



 アリシアは勇者たちに出会うまで田舎でのんびり魔法使いをやっていた。怖がりで泣き虫な小心者のアリシアと穏やかな田舎暮らしはとても合っていた。


「アリシアちゃん今日もこれ手伝ってくれる? 毎日悪いね」

「はい、大丈夫ですよ」

「アリシアー、これ今日中に頼まれてくれるか? 急ぎなんだ」

「いいですよ」

「アリシア、さっき頼んだのまだ? 早くして欲しかったんだけど」

「ごめんなさい。すぐやりますね」


 毎日色々と頼まれごとをされるので魔法で解決するが、感謝されるのは必要とされているみたいで嬉しい。人の為に何かをするのは充実感があった。

 畑で必要な分の野菜を作ったり、山に薬草を取りに行ったり。毎日は平穏でアリシアに安心感を与えてくれた。


 そんな毎日が急に変わる。

 いつも通り山に薬草を取りに行くと女性がひとり蹲っていた。心配になり声をかけると体調を崩したと言う。ちょうど持っていた薬草が症状に合うので渡す。ありがとう、と女性が微笑んだ。


「ありがとう、優しいお嬢さん。でもね、私あなたみたいな人大嫌い」

「えっ?」

「だからお礼に呪ってあげる」


 女性はどうやら魔族だったようだ。そんな理不尽な!と思っていると、何か呪いをかけられた。優しい笑顔で女性が言う。


「薬草のお礼に殺すのだけは勘弁してあげるわね」

「ふざけんなよ! 何がお礼だ! 呪いなんかかけやがって!」


 アリシアの口が勝手に動く。しかも口が悪い。魔族と出会ってしまって怖くて逃げたくて仕方ないのに、怒鳴りつけて魔法で攻撃しようと勝手に体が動く。


「ほら、今までよりずっと素敵な人間になったわ」

「そこ動くなよ!」

「これから楽しい人生を過ごしてね」


 くすくすと笑いながら魔族は消えた。


「どうすんだよ、これ……」


 アリシアは途方に暮れてしまった。


 村に帰って誰かに相談しようとしたが、呪いのことは誰にも言えなかった。言おうとすると口が動かなくなる。


 このまま口が悪くガサツな人間として田舎暮らしをしようかと考えていたが、勝手に動く体がそれを許してくれない。

 勇者一行が魔王を倒しに向かっていると聞いた途端にアリシアの体は旅支度を始める。


(えっ? 待って! 待って!)


 アリシアはそのまま村長のところに行くと、勇者の手助けをしてくると言って村を出た。

 村人たちは最近様子がおかしくなったアリシアを心配していたし、旅に出ると私たちが困ると引き止めてくれた。しかしアリシアはそれを振り切って旅に出た。


(ちがうの! 行きたくないの! 勇者と一緒に戦うなんて怖いから嫌なの)


 心で泣いているが、自分ではどうにも出来ない。アリシアは勇者一行に追いつくべく道を急いだ。


 数日後、無事に勇者たちと合流する。そして散々煽ってすったもんだの末仲間になったのだった。



「私の口が悪くて何か迷惑かけたか?」

「かけただろ! すぐに他人に喧嘩売りやがって!」


 危ないだろとマルクが怒るとセリーヌは隣でうんうん頷く。勇者ベルナールはそれを楽しそうに見守っている。


「お前、いつもニヤニヤしてるよな。視線が鬱陶しいんだよ」

「そうかな?」


 アリシアがベルナールに向かって暴言を吐くが、ベルナールは受け流す。この勇者は初めて会った時から、アリシアのことを面白そうに見ている。アリシアに何を言われても怒らず、なんなら次に何をするのか言うのか楽しみにしているようだった。


「私のこと、いつも面白そうに見やがって。見んじゃねえよ」


(ごめんなさい! ごめんなさい! 確かに見られてるのは気になるけど、本当はこんなこと言いたくないんです。本当は呪いの相談したいです)


 心を直接見てもらいたいと思うくらいだ。口に出す言葉も態度もアリシアは受け入れられない。


「見ないのは無理だな。だって俺アリシアのこと好きだし」

「はっ?」


 全員がベルナールに注目した。


「お前冗談言うなよ……」

「冗談じゃないんだけどな。いつもアリシアのこと好きだなって思ってるんだけど」

「やめろよ……」


(やめてー! この私は呪われた私なので、本来の私ではないんです。本当の私は弱虫で田舎に引きこもって、変わりない毎日を送りたいような人間なんです)


 伝えたいのに伝わらない。

 マルクとセリーヌは哀れみの目でベルナールを見ている。もっと他に女性はいるだろうにと考えていそうだ。


「つまんねえこと言ってないで寝るぞ。明日も早いだろ? お前も早く休めよ」

「アリシア、ちょっと待って」


 話を切り上げて部屋に帰ろうとするアリシアをベルナールが止めた。なんだろうと思っていると、ベルナールは女性なら誰もが頬を染めそうな微笑みを浮かべた。


「これからは毎日俺の気持ちを伝えるよ。 アリシアが俺に振り向いてくれる日を楽しみに待ってるから」


(毎日? 毎日好きだとか言われるの? 無理! 無理! 困る!)


 限界なアリシアは、とりあえず何も考えないことにして部屋に戻った。



 ベルナールは有言実行の男だった。あの日口にした通り、毎日アリシアに気持ちを伝えてくる。その度にアリシアは暴言を吐くのだが全然諦めない。マルクとセリーヌはそんな二人を見守ってくれている。


「今日も素敵なアリシア、おはよう」

「お前、普通に挨拶できねえのかよ」

「俺のこと無視出来ないところも好きだよ。俺以外に落とされないでね」


(無視するのは人としてどうかと思うし……。でも出来たら普通に接して欲しいな)


 ベルナールはアリシアを好いているようだが、それは本当のアリシアではない。今のアリシアが好きなら、呪いがとけたアリシアを見ればきっと好きだと言う気持ちも無くなるだろう。そう思うと距離をとるのが正解だと思う。


「私は誰のことも興味ねえよ」

「誰の物にもならないならいいよ」

「お前の物にもだ! 私なんかに構ってる暇ないだろ」

「でもアリシアのことは構いたいし、他の人に取られたくない」


(もう、あんまりそう言うこと言わないで欲しい……)


 それからも毎日ベルナールからの愛の言葉に翻弄されながらも、魔王を倒す旅は続いていく。そうしてアリシアはついに出会った。あの呪いをかけた魔族の女性に。


「お前! ようやく現れたな!」

「あら? あなた、あの時の人間? あなた意外と強かったのねぇ」

「うるせえよ! お前を倒して元の生活に戻りたいんだよ!」

「ふふっ、楽しかったと思うのに元に戻りたいの?」


 アリシアが魔族と話しているのを勇者たちが見ている。アリシアの因縁の相手だと気づいていそうだ。


「私の呪い素敵だったでしょう?」

「呪い?」


 アリシアからは言えなかった呪いについて話そうとする魔族に、ベルナールが反応する。


(そう! 呪いだったのよ。私はこんなに口が悪い女じゃないのよ)


 ようやく皆に知ってもらえることにアリシアは安堵する。


「そう。その子にかけた呪い」

「アリシアに呪いをかけてたのか?」

「ええ、あんまりに良い子だったから呪いたくなったの」


 アリシアは良い子だったと聞いてマルクとセリーヌが驚いている。ベルナールは何かを考えているようだった。


「強気で言いたい放題楽しかったでしょう? 嫌なことは嫌って言えて、怒った時にも我慢しなくて良くて。私たちのように自由だったでしょう?」

「余計なことしやがって。何が自由だよ。迷惑だったんだよ」

「でもね、無理に気持ちを歪める呪いじゃないの。あなたが思っていないことは言ってないし、していないのよ? だから、あなたはあなただったのよ」


(そんな……。私、本当はそんな人間だったんだ……。今まで言いたくなかったことも、やりたくなかったことも全部実は思ってたことだったんだ……)


 魔族の話を聞いてアリシアはショックを受ける。そんなアリシアを庇うようにベルナールが前に出た。


「アリシア、魔族の言葉なんて聞かなくていい」

「どけよ。私が倒すんだよ。危ないから邪魔すんな」

「俺が倒すから安心して」

 

 アリシアを安心させるように微笑んでベルナールは魔族に向かう。


 ベルナールは強かった。

 アリシアたちもベルナールを補助して立ち回るけれど、ベルナールの速さについて行くのが精一杯だ。


(ベルナール、怒ってるみたい)


 そうして魔族は倒され、アリシアから呪いが消えた。



「呪いがとけた……」

「アリシア、大丈夫か? お前呪われてたんだな」

「体調悪くない? 気付いてあげられなくてごめんね」


 マルクとセリーヌが心配そうにアリシアに声をかけてくれる。ベルナールが近寄ってくる。


「アリシア、気分はどう? 何かおかしなところはない?」

「あ、あの。私、今までごめんなさい」

「アリシア?」

「無理に押しかけてお邪魔でしたよね。迷惑ばかりかけて、ごめんなさい」


 泣きそうになるアリシアにベルナールは、少し休もうと言いアリシアの肩に手を置いて移動を促した。


 宿の部屋に入り、ひとりになりアリシアは考える。


(私、もうここにいられないよね。だって怖がりだし魔族と戦うなんて無理。足手纏いになっちゃう)


 今までのアリシアも本当は心の奥で思っていた通りの言動をしていたと言われても、受け入れるのには時間がかかる。


(ここから離れよう)


 そう思いアリシアは置き手紙に三人への別れの言葉を書き、夜陰に紛れ宿を離れたのだった。



(夢みたいな日々だったな。みんな優しくて、楽しかったし寂しいな。ベルナールにもう会えないのかな)


 毎日聞いていた愛の言葉がなくなるのは寂しいと思いながらアリシアは歩く。夜が明けたらどこかで馬車に乗り村へ向かおうと考えてトボトボ歩く。


(私ベルナールのこと結構好きだったんだなぁ。変な人だけど優しい人だったし、好きだったんだなぁ)


 もう会えないことに泣きそうになりながらアリシアは歩いている。


(魔族との戦い、怖かったけど頑張れたんだよね。私でもみんなの力になれて嬉しかったし、意外となんとかなると思ったことも多かったなぁ)


 初めは怖くて泣きそうだったアリシアだけれど段々麻痺してきたのか慣れてきたのか、最近では心の中でも魔族に対しての恐怖心が薄れてきていた。


 もしかしたら、このままみんなと一緒に行けたかもしれない。戦えたかもしれないと考えていた時に、後ろから声をかけられた。


「アリシア、そろそろ戻らない?」

「えっ? ベルナール?」


 ベルナールがアリシアについてきている。全然気付かなかったと驚くアリシアを、いつも通りベルナールは楽しそうに見ている。


「色々考えてるみたいだけど、難しく考えなくていいよ。ほら、俺たちと魔王倒しに行こう?」

「でも、魔族怖いし、邪魔になると思うし……」

「邪魔なわけないよ。アリシアが強いって知ってるし」

「あんな自分がいるって知ったのも嫌だったし、みんなに酷いこと言ってるのも嫌だった」

「そう? 俺は酷いなんて思ってないよ。アリシアのことが好きだって毎日伝えてただろ?」

「だって、あれは!」


 とうとうアリシアの目に涙が浮かぶ。


(だってあれは、普段の私とは、今の私とは違うもん。ベルナールはあっちの私が好きなんでしょ)


「あの魔族も言ってただろ? アリシアはアリシアだって」

「でも、今の私はあんなこと出来ない。ベルナールは口が悪くて気が強い私のことが好きなんでしょ?」

「うーん、あのアリシアも今のアリシアも同じだと思うけど。どっちも好きだし」

「ベルナールは大人しい私も気の強い私も好きなの?」

「どっちのアリシアも好きだよ。俺のそばで自由にしてくれてたら楽しいし。俺たちに会う前のアリシアってどんな感じ? アリシアは最初に会った時からずっと優しいから、昔から優しかったのかな」


 あのアリシアを優しいと思っていたなんて、と驚く。そう言えば昔と今のアリシアはだいぶ違うかもしれない。旅に出る前のアリシアなら、こんな夜中にひとりで道を歩くなんて怖くて出来なかった。人に反論したことだってなかった。


「……わかった。魔王を倒しに行くのは怖いけど頑張ってみる」

「良かった」

「でも、怖くて途中で逃げ出すかもしれないよ?」

「アリシアなら大丈夫だよ」


 何の根拠があってかベルナールが言いきっている。ベルナールが手を差し出す。アリシアはその大きな手をとり、彼と手を繋いで来た道を一緒に戻っていった。


「おっ! アリシア。帰ってきたか」

「もう! ひとりで出て行ったら危ないでしょ」

「二人ともごめんなさい」


 二人はアリシアが帰ってきたことを喜んでくれている。心配して怒ってくれることも嬉しかった。


(帰ってきて良かった。みんな優しくて幸せだ)



 それからも勇者一行の旅は続く。


「この街で休憩にしようか」

「そうだね」


 ベルナールの言葉に頷いて、アリシアは必要な物を買おうとあたりを見まわして店を探す。


「あー、疲れたよなぁ」

「本当に。強かったですよね」


 マルクとセリーヌもようやくの休憩にホッとしている。


「あれっ?」


 アリシアの視線の先に男がいる。その男は不自然な動きをしている。そして、女性の鞄から財布を取り出して逃げた。


「待ちなさい!」


 大声で呼びかけてアリシアは走り出す。魔法で男の足止めをして捕まえた。腕を捻りあげていると、ベルナールたちも駆けつけた。


「アリシア、腕が折れるよ?」

「お前少しは手加減してやれよ」

「怪我してない?」


 ベルナールが男を引き取って、騒ぎを聞きつけた警備兵に渡す。


「アリシアが昔は気弱で泣き虫だったなんて信じられないね」

「私もそう思う」


 ベルナールが楽しそうに言うので、アリシアは同意する。

 アリシアは今のアリシアが好きだ。そしてベルナールも今のアリシアを好きでいてくれる。


「ベルナール、ありがとう」

「急にどうしたの?」

「なんだか幸せだなって思って」

「それは良かった」


(これからも旅は続くし、大変なことも色々あるだろうけど……)


「私、頑張るね」

「ん? アリシアはずっと頑張ってるよね? 無理しなくていいよ」

「魔王を倒した後も一緒にいてね」

「もちろん! 俺の育った村で一緒に暮らそうよ。良い人ばかりだし楽しいと思うよ」


(ベルナールの育った村か。それは素敵な生活になりそう!)


 アリシアは嬉しくて笑う。

 そんなアリシアを見てベルナールも微笑んだ。




ありがとうございました



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