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ひとりぐらし  作者: 雨宮 叶月
管理人の記憶

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第71話 スノードロップの花びら

「悠人。」


「うん?」


 英美がニコニコしながらこちらに寄ってきた。可愛い。

 しかし、いつもと雰囲気が違っていた。



 窓の外は黒しか見えない時間だった。


「ねえ、悠人、最近はちょっとずつ変わってきてるね。住人。ちょっと有望そうな人、いたでしょ?」


「まあね。」



 三澄くんのことだろうか。



「…だから、私は自分のしたいことに専念しても良い時期かなーって思うの。」


「……どういう意味?」


「悠人、私が修学旅行のときにあげたキーホルダー、大切に取っておいてくれてるんだね。」


「うん、そうだけど……。」



 英美は僕の質問に答えなかった。何か嫌な予感がした。



「嬉しいなぁ。あれはね、私がひとりぼっちで一生懸命選んだものなんだよ。」


「…ひとりぼっち?」


「うん。……悠人、修学旅行の班長に選ばれたって、冬くらいに言ってたよね。」


「…うん。」


「私はね、班長に選ばれなかったんだ。」



 頭を殴られたような思いだった。英美が色々と理不尽な目にあっていたことは知っていたつもりだったが、当時の自分はなんて無責任なのだろうと思った。



「クラスのみんなが、男女それぞれ3人ずつ選んだの。多数決で、タブレットを使って。男子は関係ないから考えないとして、女子で絶対選ばれるのはまず副会長。あとは、合唱のリーダーだった人とかかな、なら私も選ばれる可能性はあるなって思って。」


「………。」


 僕は黙って英美の話を聞いていた。



「投票した日、私の友達と、あんまり話さない男子が私に投票してくれたらしいんだ。私自身生徒会だし、発表とかもしてるからやりたいと思ったのね。

 ………私は一瞬でも期待しちゃいけなかった。」


 英美の顔からふっと笑顔が消える。



「選ばれたのは、まず副会長。このときは生徒会長だったかな。そして、合唱のリーダーだった子、……前期の代議員。」


「前期の代議員?」



「うん。こう言っちゃ失礼だけど、なんで私が選ばれなかったのか分からなかった。今でも分からない。だって、その子は発表しないし、声も私より小さいし、姿勢も私のほうが良いし。でもね、先生の顔を見て思ったの。もしかしたら先生も関わってるのかなって。」


「先生?」


 英美は遠くを眺めた。



「多数決とはいっても、最終的には先生が決めた。選ばれたのはみんな先生のお気に入りの子ばっか。私はもう次生徒会はやらないって決めてたし、先生にとってもリーダーシップは発揮してほしくなかったのかもしれない。

 それでも、悲しかった。虚しかった。同じ生徒会メンバーはみんな班長に選ばれて、ちゃんとしてる人も選ばれて。」



 彼女は一歩前に出た。


「私は生徒会なのに。何をしたって変わらない。人望がないんだ。…小学校の頃もね、班長決めで私だけ選ばれなかったよ。

 給食の時も、私だけ最後まで皿が届かないし。あ、これはいじめじゃなくて単に忘れられてるだけだけど。」


 僕は言葉を探さなかった。彼女が本当に伝えたいことはまだ伝わっていない。


「私は生徒会なのに。みんなからの見下される視線に耐えられなかった。

 …被害妄想でも良いよ。でも私は分かるの。みんな、同じ目をしている。私の母と、あのときの先生の目を。修学旅行が一気に楽しみじゃなくなった。でもそんなことを気にする私も馬鹿みたいだと思った。じゃあなんで私は選ばれなかったのかと思った。」


 英美はこちらをゆっくりと見る。



「だからね、悠人。私はそのとき、絶望してたんだよ。こんな小さなことで、と思うかもしれないけど、今までの小さなことが積み重なって、積み重なって、心がぐらつくんだ。」


「それは……」


「悠人の班長になった、っていう嬉しそうな報告を聞いた時、笑顔を浮かべるのに必死だった。私の、悠人を完全に信用しようという気持ちがなくなった。」


「…今、僕にそう言う意味は何?」


「潮時だと思ったから。」


 英美は僕の顔のほうに手を伸ばした。



「私は嘘をついてない。でも……」


 英美はいつもと全然違う目で立ち上がった。僕は呆然とした目で英美を見上げる。



「私の『好き』は偽物だったよ」


「え………」



 僕は聞き返すことができなかった。唇が震える。おかしいな、背筋も冷たい。



「……私はね、もう遅いんだ。もうすぐ『見えてはいけないもの』に浸食されて、同じ1つの存在になる。別に離れちゃうからこんなこと言うわけじゃないけどね?」


 英美が口元に人差し指を当てた。



「……じゃあ、あのとき僕に言ってくれた愛してるも、嘘だったってこと?」


 声が震えた。英美は『あのとき』がいつを指しているのか気付いたようだった。


「嘘じゃないよ。そのときは、本当に愛してた。私が好きって言った時も、そのときは本当に好きだった。…でも、ほかのときは保証できないな。」


「今は?今は、僕のこと好き?」


 僕は何かの救いを求めるように、必死に聞いた。信じたかった。でも信じられないんだろうなと思った。


「………。分かんない。ごめん。」


「………はは」



 こんな終わり方があるだろうか。今までは幸せで、いや彼女は『見えてはいけないもの』と合体するんだっけな。嫌だな。


「……僕はずっと、英美のこと愛してるよ。」

「うん。知ってる。」


 英美は当然というようにそう返した。


「いつしか私が、この世界で一番好きな人間は悠人だって言ったじゃない?あれも嘘じゃないよ。《《人間》》の中では一番好き。

 この世で一番好きなものは、成功だよ!」


 彼女は惚れ惚れとした表情で言った。


「……ただ報われるだけじゃ意味がない。周りの人たちに、たくさんの人に知ってもらわないと、認めてもらえないと!それに……私のすべての不幸は、怪異のせいだなんて、許せない!私の一生懸命生きてきたあの時間は、一体何だったの?」


「………。」



「だから私は、怪異を打ち破る。その意識を乗っ取って、また傷つきながら『高原英美』の絶望を、知らせるんだ。それが、私の夢。別に応援しなくていいよ。」


 彼女は僕に顔を近付けた。



「悠人。私の目を見て。」


 僕は目を彼女と合わせる。


 やはり彼女は美しかった。何がと聞かれたら答えられない。でも何かが、とにかく美しかった。



「悠人、私のこと、ずっと愛してるって言ってたよね。……なら、悠人の最期は私が殺してあげる。そして、そのあとに私も死ぬよ。死ねるかは分かんないけど。」


 彼女はへへっ、と笑った。


 ああ、そうだ。僕は、この笑顔を守りたかったんだ。



 それなのに、いつ、どこで何が変わってしまったのだろう。


 今僕たちが見つめ合っているこの瞬間も、世界は回っている。皮肉なことだ。



「……うん。」


 彼女は手を離した。


「あはっ、また会いに来るね。でもしばらくは会えないと思う。もう、限界だから。

 ……じゃあね、悠人。好きだよ。」


 英美はそう言って消えた。



 僕はよろよろと立ち上がる。


 そっと眼帯を触った。


 片手をぐっと握りしめる。



「……はははっ」



 それでも僕は、貴方が創りたい『今』を守るよ。


 何が変わっても、何かが壊されても。



 貴方が傷ついた時、隣にいるのは僕でありたい。



 英美は『またね』とは言ってくれなかった。でも『好き』と言ってくれた。


 最期には殺しに来てくれる。


 でも、胸が締め付けられるのはなぜだろうか。


 彼女の『好き』を信じていたかった。


 溢れそうな涙を我慢して、僕は彼女がくれたキーホルダーを、そっと、そしてゆっくりと袋に入れた。







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