第70話 不思議
それからも次々と人が入れ替わっていった。意外と人が来て驚いている。
謎に少し近付いた人もいたが、ほとんどは序盤で終わっていた。
僕が大学を卒業した年、4階に高校生が入居してきた。404号室じゃなくて401号室だが。三澄くんというらしい。
「こんにちは。俺、ホラーとかミステリー、オカルト系がとても好きなんです。
……不思議な雰囲気ですね。」
来た、と思った。謎を明かしてくれる人間が。
しかしその通りにはならなかった。三澄くんはここらへんの大学に行きたいらしく、勉強を頑張っているようだ。
「……三澄くんはさ、404号室のこと、もっと知りたいとか思ってるの?思ってるんじゃない?」
僕は三澄くんにそう聞いたことがあった。
「えー、そんなことないですよ。正直、どうでもいい…って言ったら失礼ですが、あまり興味はないんです。俺に危ない影響がなかったら大丈夫です。
……でも、こんな身近にあんな怖い入居条件の紙があるなら、404号室には何かあるんじゃないかと疑いますね。」
「…そっか。」
三澄くんはたまに僕のところへ勉強を教えてもらいに来た。そこまで心配するほどの学力ではないと思ったけれど、一応見てあげることにした。
「俺、知り合いに霊能力者がいるんですよ。知り合いと言っても、俺のじゃありませんが。」
「誰の?」
「叔父さんか、祖父だったのかは覚えていませんが、どっちかだったはずです。その話を聞いたのは幼い頃だったのですが、父にあの霊能力者さんはすごい、オカルト関係で困ったらその人を頼れ、と言われた覚えがあります。父は転勤族で、俺が小学生のときに単身赴任しましたね。」
「うん。」
「…なんでこんな話をしたのかというと、最近母と連絡していて、懐かしいなぁって思ったからで。」
三澄くんはやがて、びっくりしたような表情で僕を見た。
「……そういえば泉さん、眼帯してらっしゃるんですね。何か事故でも?」
「ははっ、気付くの遅いね。」
その驚いた表情が、英美を連想させた。思わず口元が緩む。
「事故…事故、そうだね。事故だよ。」
「そうなんですか…よく聞かれますよね。なんて言い訳してるんですか?」
言葉の選び方が面白い子だと思った。
僕は目線を下げた。
「……………かっこいいから」
「………ん?」
三澄くんはぽかんとした。そして笑い出した。
「あはははっ!あはっ、かっこ、いいって…はははっ!」
「ちょっと、そんなに笑うことないじゃん。」
俺は自分でも恥ずかしくなってくる。だってこれくらいしか思い浮かばなかったから。事故とか言ったら『ごめんなさい…』『いや、いいよ』とかなるのが気まずいじゃん。
そう言えば入居者に眼帯のことを聞かれたときにそう答えたら英美も肩を震わせてたな。あれはそういう意味だったのか。何も言ってなかったけど。
「はははっ…はぁ、あはっ………泉さん、ちょっと変えましょう。今だけは俺の言葉に従ってください。」
三澄くんが何を言いたのか瞬時に理解できた。
「俺は自分の言い訳、結構気に入ってるんだけどなぁ…」
「気に入ってる!?ははっ!……」
三澄くんがまた笑い出した。
やがて三澄くんは真顔になると、人差し指をさした。
「……そこまで言うなら分かりました。今から、2回。2回までなら、言い訳として『かっこいい』を使っても良いです。でも、次の2回は『事故』って言ってください。その2回が終わった次の2回は、『かっこいい』でも良いです。これを繰り返しましょう。」
つまり、人が2回入れ替わるごとに言い訳も入れ替えるということか。
「分かった。いいよ。」
「よし……」
三澄くんがなぜか達成感を感じていた。
□
「泉さん!俺、大学に合格しました!」
三澄くんが笑顔で駆け寄ってきた。
「そっか!おめでとう!」
「ありがとうございます!」
三澄くんはニヤリと笑った。
「あと、女友達もできました!」
「えぇ、速くない?」
僕は驚いた。
「……あんまり響いてなさそうですね。」
「…つまり、嘘だったってこと?」
「本当ですよ!男友達もできました!何ですか、泉さん。知り合い全然いないのに好きな人いる系ですか?」
「好きな人はいるよ。」
「……えっ!?」
三澄くんが強烈な勢いで飛び跳ねた。
「ちょっ、詳しく!詳しく教えてください!」
「はいはい、もう帰ろうね。」
最近、外に出るとき英美はついてこない。きっと僕の部屋にいるか、はたまた別の場所に行っているのだろう。
僕は三澄くんを追い越し、のんびりと桜を眺めた。




