第69話 入居条件
「……ねえ悠人、入居条件つけてみない?404号室に。」
「入居条件?」
ふと英美がそう話しかけてきた。
「うん。なんかさ、みんなこの部屋は普通だって思ってて、反応が全部同じじゃん。飽きてきた。」
「……そっか。」
俺は頭をひねらせた。
「…具体的には?」
「んー……まず、家賃は今まで通り3万でいいでしょ。そんなにお金に困ってるわけじゃなさそうだし。で、あと……」
『「夜12時~4時までは必ず寝室で寝てください」』
「………」
英美の声に何かの声が重なる。でも気付かないふりをした。
僕はWordに打ち込んでいく。
「それで?」
『「もし上の時間帯に寝室から出る用がある場合、絶対に振り向かないでください」』
「…ちなみにさ、その条件の意味って?寝室って………」
「えっとね、まずは12時~4時の時間帯に私は多く現れるでしょ?そうじゃないときもあるけど。振り返るなって言うのは…なんとなく、かな。単に振り返られると後ろにいたくなっちゃうってのもあるし、私がよく過去を振り返って、辛いなって感じることもあるから。」
「うん。」
「寝室は………私が夜、母に寝室でずっと罵られてたのが怖いから。母はよく寝室にいるし…別に入れないことはないんだけど、まああんまり入りたくない。」
「なるほど…。」
英美は立ち上がった。
『「入居後のトラブルは入居者自身で解決してください。入居後のトラブルは口外しないでください。」』
「これは結構大切かもね。適当なことを広められたり、大きな団体が来ると困るから。」
「分かった。」
『「寝室を出て見えてはいけないものと出会ってしまった場合、
諦めてください。」』
「出会う、そして諦める…?」
「諦めてください」
「え?」
「いや……何でもない。」
何でもなくはないだろうと思ったが、特に重要でもないかと思った。
「今思い浮かぶのはこれくらいだけど…あとは悠人が付け足していいよ。」
「了解。ありがとう。」
僕は自分で言葉を付け加えたりして、入居条件の紙を完成させた。そして掲示する。
いつの間にか、レジデンス白夜の住人は、今までの約半分くらいになっていた。次々と来て、そして消えていく404号室の住人を見ながらも、自分には関係がないかと思ったのか何も言わなかった。でもそれで良かった。
404号室に入ってくる人は、入居条件の紙に恐怖や困惑を覚えていたものの、ここら辺では圧倒的に安い家賃に惹かれたようだ。しかし、何を思ったのか3週間を待たず消えていく。
英美に「404号室、見てみて」と言われて訪れてみると、僕は目を疑った。
……もともと置いてあったはずの住人の家具がなくなっている。
英美に聞くと、困ったように首を傾げた。
「私にも分からない。『見えてはいけないもの』が全部吸収しちゃったんじゃない?」
「……そっか。そうかもね。」
いつか僕も吸収されるのだろうか。
部屋を見て回ると、住人のものは一切残っていなかった。
僕のインターホンが壊れたのもちょうどその頃だったように思う。
僕は嬉しかった。英美が傍にいるという痕跡を感じることができて。
一定数の住人がいなくなって、僕はある法則に気付いた。
「……『見えてはいけないもの』と、寝室の外で出会ってしまった人は家具が全部消えて、寝室越しに目が合ってしまった人や姿を見た人は夜逃げをする。」
「おー、言われてみればそうかもしれないね。」
英美が納得したように言った。
「めっちゃ他人事じゃん」
□
ある日、消えた住人の親族だという人が訪ねてきた。
「美歌を返してください!お願いします!本当にお願いします!大切な、大切な一人娘なんです!お願いします!」
美歌とは誰のことだと思った。
ああ、と記憶の片隅に会った記憶を掘り出す。過去の住人か。
「そんなこと言われても……すみません、僕にもなぜお嬢さんが消えてしまったのか分からないので、お力になれないと思います。」
「そんなこと言わないでください!こっちには分かってるんですから!貴方が美歌をっ、美歌をどうにかしてしまったのでしょう!?」
親族は僕がいくら説明しても分かってくれなかった。隣で浮いていた英美が冷めた目をしている。彼女もこんな気持ちだったんだろうな。
「……では、貴方が404号室に住んでみるのはいかかですか?何か分かるかもしれません。あぁ、ご迷惑をおかけすると思うので家賃は必要ありません。」
「……そういうことなら」
もう2度とこの親族の顔を見ることはないんだろうなと思った。
しかし、その予感は外れた。
朝から部屋のチャイムを鳴らされ、ドンドンと扉を叩かれた。これはさすがにひどいんじゃないか?
「……はい」
「ちょっと入りますよ!」
「え、ちょ、困りますって!」
その親族は僕に無断で玄関まで入ってきた。そして後ろ手でドアを閉めると、僕の鼻先に入居条件の紙を突き付けてきた。
「これは何ですか!?騙そうとしたって騙されませんから!」
「……すみません、何のことですか?」
「とぼけないでよ!事前に見ていた入居条件の紙とは全然違うじゃないですか!
数字の番号はおかしいし、妙なクローゼットについて言及されているし、そして塗りつぶされた黒目の絵…!一体何なんです!?」
僕は改めてその紙を見た。隅々まで。
しかし、僕の目には何の異変も見つからない。
(どうしたら分かってもらえるだろうか…)
そんなとき、ふと思い出したのが《《写真》》だった。
以前、英美にカメラを通してみると何も映らなかった。ところどころ黒くて震えたのを覚えている。
僕はその入居条件の紙をスマホのカメラ機能で撮った。
「……ほら、これには特に異変はありません。クローゼットの記載はありますが、それは付け加えたものでして…。」
嘘だった。あとで英美に聞いてみようと思った。
「………そうか。」
親族は微妙な顔をして、謝罪の言葉なく帰っていった。
「…英美。」
「はーい」
「……入居条件の紙がおかしかったらしい。どういうことか分かる?」
「………」
英美は何も話さなかった。
しかし僕が問い詰めると渋々答えてくれた。僕の綺麗な顔には弱いらしい。意味わからん。
「……私と、『見えてはいけないもの』がこっそり加えたの。真実を見極めようとする人には、ヒントをあげようと思って。」
「…どんなことが書かれてるの?クローゼットには何が入ってるの?」
「……ごめん、それは言えない。でもさっきの人が言ったことくらいしか変わってない。
クローゼットには、私に関連があるものを入れといてって『見えてはいけないもの』に言っておいた。だから私には分からない。」
嘘だな。
僕はそう思った。
彼女は後ろめたい嘘があるときに髪を触る。
でも今回はきっとうっすらとしか確信がないのだろう。一応『嘘』にはなっていない。
その親族が来て2日後、部屋にあったものはすべて消えていた。




