第31話 記憶③
恐らく夜だ。
寝室のベッドの上。
俺が知っている寝室より広い。
「この馬鹿が、お前に心臓があるわけない!国公立に入れるわけがない。あの子とか頭いい人はみんな90点以上、いや95点以上なんだから。」
母親が声を荒げる。だいぶうるさい。
「…分かってる。私は全てが馬鹿でゴミ以下。あの子は天才、優秀で東大行けると思う。そう、私には価値がないよ。」
「ようやく分かったの?自分がなんでもできると思ってるからこんなことに」
「っそんなこと思ってない!」
「黙れ!隣の人が迷惑でしょ!?」
「…じゃあ、眠らせてよ。私に話しかけないで、時間見てよ…。」
そう言うと母親は黙った。しかし、数分後にはまた罵る言葉が聞こえてくる。
父親は見て見ぬふり。母親は寝たのか、ようやく静まった夜中、布団を被り、手で顔を拭う。
「…っ、はぁっ、っ、ふぅっ、ぐすっ、ぅ、どうして?どうすれば良かったの?っ」
涙が止まらない。声を出さない、大人みたいな泣き方。小声でつぶやく言葉は、重い。
俺は声を殺して泣き続ける彼女を見ているしかできなかった。
その時だった。
…視界が黒く、そして赤く染まる。
そして……
………血まみれの顔と、大きい黒目が、口を「ア」の形にしてこちらを見ていた。
「ぅわっ、あ、…………………………!」
恐怖で声も出ない。
ガタガタと震えていると、ふっと消えた。
□
「う、…………!」
目が覚める。
見上げると、目の前にはクローゼット。戻ってきたようだ。
俺ははっと息をのむ。
(そうだ、時間……!)
慌てて腕時計に目をやる。
(……1分くらいしか進んでいない……)
驚きつつも、俺は思う。
まだ、覚悟が足りていない。
(もっと、知らなければならないことがたくさんある)
俺はよろよろと立ち、大学へ向かうために玄関のドアを開けた。
天気は曇り。しかし、太陽の光が強くて曇りだとは思えない明るさだ。
俺は木下さんから教えてもらった同級生のうちの一人、鶴野さんに待ち合わせのメッセージを送った。




