第29話 記憶①
場所は、学校の廊下。
視界は少し揺れていた。《《誰かの見えている景色》》のようだ。
やがて教室に入る。
たくさんの生徒が話している。一部座っている人もいる。
視線は机の上へと向き、座ったようだった。
そして中からワークを出し、筆箱からシャーペンを取り出してぱらぱらとページをめくっていた。
……表紙に書いてあった名前は、《《高原英美》》だった。
問題を難なく解いていくのに目を奪われていると、ふと手が止まった。
時計を見る。
やがて手は残念そうに机の上のものをしまい、廊下のほうを控えめに何回も見る。
……男性。恐らく先生がこちらを見ている。
クラスでは、半分以上の生徒が席についている。
しかし、一部まだ話している人もいるようだ。
そちらのほうを視界に入れ、手を机の下で組むのが分かる。
異常なほど強く握っていた。
時計の針が動く。
意を決したように、視線を動かして大きく息を吸うのが聞こえた。
そのときだった。
「はいみんな座ろうー!」
……そう、みんなに呼び掛けたのは、まだ話していた一部の男子のうちの一人だった。
(……は?)
この子の気持ちが痛いほど伝わってくる。
どうしよう。どうかしなきゃ。もう駄目だ。まだできなかった。どうして?
ぱっと廊下の方を見た。
先生が深く満足そうにうなずいていた。その男子が「呼びかけた」という事実しか認めていないようで、こちらに鋭い視線を向けていた。
「…………っ」
ゆっくりと手を離したそこは、深い爪のあとと、強く握ったせいで赤くなっていた。
場面が切り替わる。
テスト返しのようだ。
各自自分の解答などを取っていく。採点用紙だけは先生から渡される。
「高原」
「はい。ありがとうございます。」
思ったよりも軽く、弱々しい声。
しかし、そこには何かの芯が通っているように聞こえた。
それに、ちゃんと返事をして「ありがとうございます」と言っているのはこの子しかいなかった。
採点用紙を裏返しに持ち、席に戻る。
震える手でひっくり返された紙には、点数が書かれてあった。
国語 96点
数学 95点
社会 97点
理科 86点
英語 98点
手の震えがより強くなる。
「えーっと、皆さん、自分の点数を見て嬉しい人も、落ち込んでいる人もいるでしょう。今回、数学と理科はいつもより難しかったそうです。数学の平均が54点、理科の平均が50点でした。次のテストも頑張りましょう。」
そう説明されてもこの子の手の震えは変わらなかった。




