第20話 霊能力者
12時になったのを確認して、寝室を出る。
まずは、リビングを見る。
(何も変わらない……)
バルコニーに出てみる。
(冷たい風が気持ちいい……)
そっと手を伸ばしてみる。
(っえ?)
透明なバリアみたいなものを感じた。
……やっぱり、この部屋の住人が逃げられない造りになっている。
(……早く戻ろう)
その時だった。
「………ア…アァ…」
(!!!)
何かの声。
(どうして……?こんなに早く出てきたことはなかったのに……!)
急いで寝室に戻る。
「ア……アァ…アァ…ア…」
(早く寝て考えないようにしよう……)
□
今日は大学が休みだ。
この休みを利用して、私は評判の高い霊能力者に会いに行くことにした。401号室の先輩に教えてもらった。
(バルコニーにバリアみたいなもの有。残りは浴室と寝室。っと)
氷室に報告をし、すぐにスマホをしまう。
霊能者の方と会うことになっている隣町まで、電車を乗り継ぐ。
地図アプリの誘導に沿って歩きながら、生ぬるい風を感じる。
(……無事に生き延べたら良いな……)
やがて目的地につき、インターホンを押す。
「伊波さん?どうぞ」
お茶を出してくれたこの人は、綿原光代さん。本名ではないらしい。霊に関することへの評判が高いと聞く。
………もっとも、あれが霊かどうかは分からないが。
「えっと、伊波さん、お忙しい中遠くから来てくれてありがとう。あのマンションについては霊能者の中でも少し話題に上がることがあって、気になってたの。ごめんなさいね、その人自身を見なければどのような対処をすべきか分からないから。」
「大丈夫です……。ところで、何か分かったことはあるのですか?」
「………とりあえず、お話を聞かせてくれる?危険じゃない範囲で。」
「はい。もともとあのマンションの404号室には私の友人が住んでいたんです。私たちが出会ったのは大学に入ってからだったので……家賃の安さに惹かれたそうです。冗談半分に見せてくれた入居条件の紙や、話してくれた奇怪現象について知った後……彼女はおかしくなって。今では、どこにいるかさえ分かりません。でもっ、私、想うんです。彼女は……あれにおかしくされたって。きっとあれに連れ去られたって。」
「……あれって?」
「……私にも、よく分かりません。近所の人に聞いた、殺された女の子という可能性はありますが…私が見たのは、長い黒髪で、白い服の人でした。さらに、私が見た入居条件の紙には、条件が増えていて、番号もおかしくてっ、それに、最後に、」
「待って。」
綿原さんが言葉を遮った。
「…何だか分からないけれど、それ以上は言わない方が良いわ。」
「………はい。」
「……結論から言うと、伊波さん、私にできることはほとんどないわ。」
「…え?」
「貴方からすごいものの気配は感じる。でも貴方に憑いているわけじゃない。さっき、あれ、について話していると、どんどん気配が強まっていったわ。」
「やっぱり……。私はどうすれば良いんでしょうか?」
「決着をつけるしかないわね。きっとその気配は、貴方がマンションを出ても付きまとう。だから、伊波さん、貴方にはこれを渡しておくわ。」
そう言った綿原さんは、スマホより一回り小さい機械のようなものを渡してくれた。
「これは、本当に危ないときに音が鳴るわ。危険度が高いほど音は大きくなるし、低いとき、まあ危険なことには変わりないのだけど、音は小さくなる。もし少しでも音が鳴ったら、……すぐその場から逃げて。離れて。たとえどんな状況でも」
「……分かりました。ありがとうございます。」
それから私は綿原さんの家を出た。ポケットに入れているその機械は、当たり前だがまだ鳴っていない。
(私、逃げられるのかな……)
思わず暗い思考に陥る。
(っ、いけない。諦めちゃダメなんだから。氷室も協力してくれてるし)
今氷室のことを思い出した。スマホの通知を確認する。
(メッセージ来てる……)
氷室からは、大橋さんが言っていた子の新聞記事を見つけた、とのことだった。
明日、大学で見せる、と。
(明日が、無事に来れば良いな……)
そんなこと、普通の人は思わない。そんな当たり前を意識している自分に、ふふっと笑った。




