第八章
【User_04が覚醒しました】
蓮のスマホに浮かんだその通知を見た瞬間、
校舎全体が、まるで低い唸り声を上げるように振動した。
「……今の、地鳴り?」
だが、誰も騒いでいない。
まるで、この“異常”は蓮と北条、選ばれた者たちだけに見えているようだった。
「始まったな……」北条が、低く呟いた。
「第四のユーザーが覚醒したってことは、これで“全ての鍵”がそろった」
「鍵?」
「完全な観測者になるための条件だよ。最低でも四人のリプレイヤー、記憶の共鳴、そして“収束点”。
すべてが揃えば……この世界は“選択”を迫られる」
その瞬間、蓮のスマホがまた点滅する。
画面が強制的に切り替わり、《LIVE FEED》と書かれたタブが開く。
映し出されたのは、見覚えのある風景――
歩道橋の上。
そしてそこに立っていたのは、雨宮澪だった。
「澪!?」
映像の中で、澪はスマホを手に、誰かに話しかけていた。
だが、音声はない。
その背後に、一人の影が立つ。
――それは女子生徒だった。
制服姿。長い黒髪。
どこか見覚えがある……いや、記憶の中で何度も見た。
椿玲奈。
「まさか……椿が“User_04”!?」
「違う」北条が低く言った。
「椿はもうこの世にいない。これは、記憶体だ。
だが彼女の意識は、アプリの中に残り、他の誰かに上書きされている」
その時、画面に表示が追加される。
【User_04:雨宮 澪】
蓮の心臓が止まった。
「……うそだ」
「現実だよ」
北条が言った。
「椿の記憶が、澪の中に“流入”したんだ。
蓮、お前がリプレイで未来を変えたあの日を境に、
彼女は《24H REPLAY》と深く繋がってしまった。
たった一度でも“選んだ”という事実が、連鎖を呼ぶんだよ」
映像の中で、澪が歩道橋の縁に手をかける。
「やめろ!!」
蓮は叫んだが、その声は画面の向こうには届かない。
「まだ間に合う」北条が言った。
「彼女に近づけ。接触すれば、記憶の同期が可能になる。
そうすれば、椿の意識から澪を引き離せるかもしれない」
蓮は駆け出した。
夕暮れの校舎を抜け、階段を下り、通学路を逆走するように――
ただ、澪のもとへ。
歩道橋が見えた。
その上で、澪が静かに佇んでいる。
スマホを見つめ、まるで誰かと会話しているように。
蓮が階段を駆け上がった瞬間、澪が振り返った。
その瞳には、涙と共に――“誰か別の意志”が宿っていた。
「蓮くん……あなたも、もう“過去”の人なのよ」
「違う!お前は雨宮澪だ!俺の知ってる、俺が守ってきた――」
「守って……?何を?私を?それとも“記憶”を?」
その時、澪のスマホが音を鳴らす。
《記憶同期を開始します》
蓮のスマホも同時に反応する。
【記憶同期を承認しますか?】
【YES/NO】
選ばされる、またしても。
蓮は歯を食いしばり、画面に触れた。
「俺は、お前を“今”のまま守る。記憶になんか負けさせない」
その瞬間、世界が、弾け飛んだ。
色彩が反転し、過去と現在が絡み合い、無数の“可能性”が脳に流れ込む。
椿の記憶、澪の痛み、北条の絶望、そして蓮自身の怒りと祈り――
全てが混ざり合い、ひとつの答えを求めて収束していく。
【記憶同期 完了】
そして、目の前に立っていたのは――
澪。
だが、その表情は、まるで初めて会った誰かのようだった。
「ねえ。あなたは誰?」