第七章
蓮は画面を見つめたまま、動けずにいた。
【User_01より招待:受け入れますか?】
【YES/NO】
北条の言葉が、頭の中を何度も反響する。
“記憶の共有”
“次の段階に進む”
“後戻りはできない”
(でも……このまま何も知らないままじゃ、澪も、自分自身も守れない)
震える指で、ゆっくりと“YES”を押した――その瞬間。
視界が、裏返った。
***
世界は闇に溶け、その中で無数の断片が閃いた。
ノートに書かれた小さな文字。
誰かの泣き声。
倒れた椿玲奈の姿。
血のように赤い夕日。
そして――北条圭介が、無表情で何かを見下ろしていた。
「これが……“共有”……?」
自分が自分でなくなるような感覚。
けれど、蓮はまだ意識を保っていた。
突然、耳元で誰かの声が囁いた。
「ようこそ、“リプレイの中枢”へ、蓮くん」
画面の向こうに、見知らぬ人物の姿が映った。
長い髪を垂らした女子生徒。
だが、その顔ははっきりとは見えない。
「君は、すでに二つの時間を繋いだ。
ならば、次は――“本来の時間”を知る番だよ」
「……誰だ、お前は」
「私は、User_01」
「……!」
「でもそれは“最初の記憶”という意味。
本当の私は、椿玲奈。
今はもうこの世にいない記憶体だよ」
蓮は、言葉を失った。
「私の願いはただ一つ。
《24H REPLAY》の“連鎖”を止めて、誰かが未来を生きること」
映像が崩れ、蓮の意識は急激に引き戻された。
***
気がつくと、校舎の屋上にいた。
北条が心配そうにのぞき込んでいた。
「……おい、大丈夫か。少しの間、意識が飛んでた」
蓮はふらつきながら立ち上がる。
「椿玲奈が……俺に、語りかけてきた」
北条の顔が曇った。
「……そうか。やっぱり、君も見たか」
「君も?」
「共有は……双方向なんだ。俺も、君の中にある“ループの真実”を垣間見た。
君が、澪を救おうと何度も足掻いていた記憶もな」
蓮は北条を見据えた。
「北条、君の目的は何なんだ。何のためにリプレイを使ってる?」
しばらく沈黙の後、北条は静かに口を開いた。
「俺は……澪を“殺す未来”を知っている」
「……なんだと?」
「そしてその未来を回避するには、アプリの“根本”を壊すしかない。
だがそれには……俺か、お前のどちらかが“完全な観測者”にならなければならないんだ」
蓮の胸に、冷たいものが落ちた。
(完全な観測者……それが“選ばれた者”の最後の姿なのか?)
「選ばれるってことは、誰かの記憶に飲まれることだ。
君は……それに耐えられるか?」
蓮は無言で拳を握りしめた。
(それでも……守りたい。澪を、誰も失わない未来を)
彼の瞳には、もう迷いはなかった。
そして次の瞬間、彼のスマホが再び光を放ち、新たな通知が届いた。
【User_04が覚醒しました】
物語は、さらなる深淵へと進み始める――。