第五章
朝の空は、曇っていた。
昨日と同じようで、どこか違う。
神谷蓮は、その違和感を手の中で確かめるように、スマホの画面を見つめていた。
《24H REPLAY》
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表示は変わらない。けれど――もうこのアプリを使うことはできない。
「一度だけの奇跡」には、限界がある。
残り時間を計るように、蓮の心は静かに早鐘を打っていた。
澪の死まで、あと数時間。
もしくは――
未来が変わっていれば、何も起こらない日になる。
それを確かめる方法は一つ。
この“今日”を、最後まで見届けるしかなかった。
***
放課後。
蓮は澪を見送りもせず、ひとりで校舎を出た。
“何か”が起きるとすれば、それはきっと昨日と同じ時間、同じ場所
――あの歩道橋の近くだ。
そして、澪が“いなくなる”のは深夜から明け方にかけての時間帯。
学校が終わった瞬間から、その未来へとカウントダウンが始まる。
蓮は街の中を歩いた。
視線を鋭くしながら、人の流れ、SNSの動向、そして北条の気配を探す。
だが、何も変わった様子はない。
まるで、全ての不安が“演出された悪夢”だったかのように、世界は静かだ。
それが逆に、怖かった。
(本当に、未来は変えられてるのか……?)
***
日が沈む頃、蓮は澪の家の前まで来ていた。
門の前で迷いながらも、チャイムを鳴らす。
澪が出てきたのは数分後だった。
少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑った。
「どうしたの?こんな時間に」
「……少し、話せる?」
「うん。ちょっと待って。上着取ってくる」
玄関の明かり。秋の夜風。
何もかもが不穏で、なのに何も起きない。
やがて戻ってきた澪は、蓮の隣に立った。
「今日、何か……変だった?」
「んー……いつもより、DMは少なかったかな。
ブロックとか通報とか、ちょっとだけ頑張ってみたの。
そしたら、少しは落ち着いた」
「……そっか」
「蓮がいてくれたからかもね」
蓮はその言葉に、なんとも言えない感情を抱いた。
自分の行動が、確かに“何か”を変えたのかもしれない――
けれど、それを証明する術はない。
そして、その証明が訪れるのは、もっと静かな形でやってくる。
***
深夜0時。
蓮は自室で起きていた。
時間の進行を見届けるために。
澪は――まだ生きている。
午前1時。
SNSを見て回る。澪のアカウントは更新されていない。
だが、荒らしも止んでいる。
静かだった。
午前2時。
街は眠り、音もない。
そして午前4時。
澪が“死んだ時間”が、静かに通り過ぎた。
息を呑みながら、スマホの画面を見つめる。
通知は――何もない。
蓮は、はじめて深く息を吐いた。
「……助かったのか」
未来は、変わったのだ。
たった一度のループで。
***
朝。
澪は元気に登校してきた。
少し眠そうに目をこすりながら、蓮の隣に座る。
「昨日、ありがとうね」
「なんかしたっけ?」
「したよ。ちゃんと、いてくれた」
蓮は、彼女の笑顔に頷き返した。
その瞬間だけは、確かに“平和な日常”が戻ってきていた。
だが――
昼休み、蓮のスマホに一通のDMが届く。
見知らぬアカウント。鍵付き。
『おめでとう。1ループ目、成功だね』
『でも君はまだ、アプリの“本当の使い方”を知らない』
『次は彼女じゃない。君自身だよ、蓮くん』
ディスプレイに浮かぶ黒地の背景。
白い砂時計のマーク。
《24H REPLAY》――まだ、終わっていない。