第四章
翌朝。
蓮は夜明けと同時に目を覚ました。雨は上がり、街は昨日と同じように静かに動き出している。
だが蓮にとって、もう「普通の一日」など存在しなかった。
澪を救う。
それだけを目的に、今この時間を生きている。
スマートフォンの《24H REPLAY》を開くと、やはり表示は変わらない。
使用履歴:1回
リプレイ可能回数:0回
※例外権限:未検出
「……やっぱり、もう使えない」
蓮は画面を閉じた。
一方、北条は確かに**“何度も使っているように見える”**。
澪の言っていた「DMの文体が同じ」という発言。
そして、蓮がまだ踏み込んでいないルートでも北条が澪に接触している可能性。
蓮は、学校の図書室にある端末で調べ始めた。
《24H REPLAY》という単語を検索しても、表立った情報は出てこない。
だが、英語圏の匿名掲示板のログを漁っていくうちに、いくつかの共通したワードが見つかった。
「24H_REPLAY」
「Memory Lock」
「Exception Access」
「例外アクセス……?」
ある投稿が蓮の目を引いた。
“普通は1回きりのはず。だけど、「記憶保持」が完全な人間は、
アプリの判断で「例外使用者」として登録されることがある”
“その条件は不明。ただし、例外使用者には“何かしらの代償”が必要”
「……代償?」
そのとき、誰かが後ろから声をかけてきた。
「へえ、こんなところで勉強熱心だな。さすがだよ、神谷くん」
蓮は振り返らなくてもわかった。
あの声は――北条 圭介。
「勉強、って感じじゃないけどな。君に関係ありそうな単語を探してただけだよ」
「君って本当に素直だね。もっとオブラートに包んだら?」
北条は隣の椅子に腰を下ろすと、静かに笑った。
どこか“ゲームを楽しんでいる”ような、余裕の笑みだった。
「昨日の夜。来てたよな」
「うん。君が彼女を守ってるのを見て、ちょっと安心したよ。
……まあ、僕が何かしたってわけじゃないけど」
「本当にそうか?」
蓮は北条の目を真っ直ぐに見つめた。
だが、北条は表情を崩さなかった。
「ねえ、蓮くん。
人が“時間を戻したい”って思うのって、いつだと思う?」
「……誰かを救えなかった時だろ」
「それもあるね。けど僕は違った。
僕が《24H REPLAY》を使ったのは、“誰にも知られたくない真実”が
明日には明るみに出るとわかった日だった。
だから、時間を巻き戻した。
“この日だけをやり直せれば”、全部無かったことにできると思った」
「……何を隠してるんだ、お前」
北条は目を伏せた。そして、小さく笑った。
「君と同じさ。誰かを守りたかった。
でもその結果、“誰かを犠牲にすること”を選んだ。
君と僕は、同じアプリを使って、違う結末を選んでるだけ」
蓮はその言葉に、背筋が冷えるのを感じた。
「……君は、澪を“切り捨ててもいい”って思ってるのか?」
「そうじゃない。ただ――
彼女のことを“理解してる”のは、君だけじゃないってことを伝えたかった」
言い終えると、北条は静かに立ち上がった。
「神谷蓮。君が彼女を守りたいと思うのは、本物の感情だ。僕はそれを否定しない。
でも、真実を全部知った時に、それでも同じ言葉が言えるか、楽しみにしてる」
そのまま、北条は図書室を出て行った。
蓮はしばらく動けなかった。
何かが――隠されている。
澪に関する、“蓮がまだ知らない事実”。
そして、北条はその“すべて”を知っている。